8.お引越し!
「ようこそいらっしゃいました、シャルロッテ様。私はこの学園の寮を取り仕切っております、マリーと申します。何かございましたら、どうぞ遠慮なくお申し付けください」
「面をお上げになって、マリー寮長。私はただの一生徒。その礼は私ではなくジュリアン様方になさって」
最上の礼を取ろうとする寮長を制し、むしろゆったりと礼をする。身分の差はもちろんあるが、ここでは寮長と生徒。シャルロッテの方が礼を尽くすべきなのだ。
……しかし、この少しふとましい寮長は身分を気にするたちらしい。なんだかそわそわと視線を泳がせている。
「シャルロッテ様には女性寮最高級のお部屋を御用意しております。もちろん、使用人の方々も住み込めますよう部屋が併設してありますのでそちらをお使い下さい。食事は学園付きの侍女がその都度運びますのでこちらでお召し上がりください」
「…………まあ。お気遣いありがとう。とても立派なお部屋ね」
部屋どころかちょっとした邸にしか見えない寮へ通され意識が遠のきかける。入学前に、高位の貴族は使用人の数の問題や窃盗(肝の座った低位の貴族がたまにやらかすらしい)を防ぐため、別の寮へ通されるとは聞いていた。だが小さいとはいえ邸が与えられるとは誰が想像するだろうか。しかも男子寮のクロードとさえ別なのだ。生徒が生徒を寮に連れ込んだらどうするつもりなのだろう。
「……そういえば、食事は食堂があるのではなくて?」
「いえ! あちらは主に低位の生徒や使用人たちの食事の場でございます。フリーレン侯爵様からは十分すぎる程の謝礼を頂いておりますので、食堂などに通う必要などありませんよ」
「あら、そうだったの」
納得、のような素振りを見せつつ、シャルロッテは内心残念に思っていた。「夜バラ」において食堂は“私”のお気に入りの場所だった。イベントが好き……ではなく、食事のスチルが豊富な上めちゃくちゃ美味しそうだったからだ。ファンたちの間で「深夜にできない」「公式飯テロ」「夜バラの食事再現してみました!」などの反応が飛び交ったその食事を実際に食べることが出来ればと思ったのだが……。
「お嬢様、お嬢様」
「ん。少々失礼しますわ、寮長」
軽く断ってエメに耳を貸すと小声で「……どこかでアリバイを作って差し上げますから、その時まで食堂は我慢してくださいね」と囁かれた。さすがシャルロッテの侍女である。我慢してくれと諌める辺りシャルロッテのことをよく分かっている。
「うん、ありがとう。……失礼しましたわ、寮長。どうぞ説明を続けて」
「は。こちらは応接間となっておりまして……」
さも、別のことを報告されたかのように取り繕い、寮長を促す。これから寝起きする場所の確認は大切だ。出来れば早く騎士団のみんなも中に入れて確認がしたいので、寮長へお帰りいただきたい。その一心でシャルロッテは微笑み続けた。
「よーし荷解き開始!」
「はー、量が多いですね」
「まあ、やりがいがあるってもんですよ」
口を動かしつつそれ以上にテキパキと手を動かして、侍女たちが寮をシャルロッテの部屋へと変えていく。持ち込む家具があるなら常設の物と変え、服飾をドレス部屋へ運んでいく。取り替えられた家具は別の部屋に運ばれて他の用途に誂えられるようだ。本当に有能な侍女たちである。
「お、ここが繋がってんのか。こりゃ思ったより過ごしやすいなぁ、先輩」
「流石は国が運営する学園……あ、侍女の皆さんの荷物は俺たちが運び込んで置いたので」
「ありがとうございます、フェリクス」
「……エメも先輩も、最近俺に冷たくないか」
拗ねるジョンに、日頃の行いを考えろとでも言いたげな表情の二人。直情的で適当なジョンの被害は、大体どんなに巡っても彼らに当たってくる。それでもなんだかんだと仕事以外でも共にいるのだから、仲は良いのだろう。
「あ、そうそう。手が空いたから、ジョンと学園の地理を確認しようと思うんだが、手伝わなくて大丈夫か?」
「えっ! 私も! 私も行く!」
シャルルになるチャンス! と、手を挙げてアピールしていると、ジョンが「来るか?」と言わんばかりに微笑んだ。しかしその間にエメが立ちはだかる。
「部屋の準備中にいなくなる主がどこにいるんですか! もう少し大人しくしていてください!」
「う……」
「お、お嬢様、また今度行きましょう。ね?」
「いいじゃねーか少しくらい」
「「ジョンは黙ってろ/てください」」
(揃った……)
テキパキと働く侍女たちや他の騎士たちに微笑ましく笑われながら、シャルロッテの入寮一日目は過ぎていった。
「あのう……こちらはシャルロッテ様のお部屋でお間違いありませんか?」
「はい。なにかお届けでしたら私が預かりますが」
「どうぞ宜しくお願いします。夜分遅くに申し訳ありません」
邸の扉を守る騎士は侍女から手紙を受け取り、裏を返す。そこには女性らしい美しい字で「御招待」と書かれていた。




