30.ひねくれ者の“正しさ”
ジュリアン・ドーレス・オルディアは王宮の一角を与えられ、急務がなければそこで生活している。その内装は絢爛豪華であり、それでいて上品。飾り付けられた室内からは王宮侍女たちの手腕が伺えた。
(流石は王宮。使用人の質も数も最高ってわけか……)
王族ということを置いてもずいぶんと豪奢な調度品たちだ。ジュリアンの母、ジョセフィーヌ妃の実家であるドーレス公爵家の財力が知れる。
優雅な佇まいの侍女たちに案内されながらシャルロッテは室内をそれとなく観察していた。この世界に生まれてもう十三年は経っているわけだが、前世の記憶のせいで貴族の世界にはどうも慣れきらない。
「あら、来てくれたのね。シャルロッテ」
「!」
突然後ろからかけられた声に内心驚きつつも優雅に振り返る。後ろに佇んでいたのはジョセフィーヌ妃だった。
ぱちりと大きく、目尻の下がった優しげなその顔はジュリアンにはあまり似ていないように見えるが、瞳の色は瓜二つである。
「お久しぶりです、王妃様。私の誕生パーティ以来ですね」
「まあ、遠慮なくお義母様って呼んでくれて良いのよ? 貴方はいずれ、私の娘になるのだから」
(このままなら……ね)
乙女ゲームのことを知っているシャルロッテはその言葉へ曖昧に笑って誤魔化した。いずれ主人公に奪ってもらおうとしているわけなのだから、余計なことは言えない。
「ジュリアンなら奥で待っているはずよ。あの子ったら、魔法の修行だーなんて言ってシャルロッテを放って行ってしまうのだもの。もう少し我儘を言っても良いのよ?」
「いいえ、こうやって埋め合わせをしてくださるだけでも成長なさっていますから」
「ふふ、違いないわ」
(まあ十中八九ジョセフィーヌ妃に言われたから呼んだんだろうけど)
相変わらず絶望的に女性の扱いが下手である。というよりはシャルロッテの事を女性と認識しているか、という所から怪しい。実際ゲーム本編では恋人である主人公をベッタベタに甘やかしていたのだから。不器用なのはゲームの時から変わらないが(そこがプレイヤーのお姉さま方のハートをくすぐっていたし)、“私”としては全く好みではない。つくづく、マティスフィアとは真逆の兄だ。
「殿下、シャルロッテ様がいらっしゃいました」
「入れ」
連れてこられた応接室は真新しい造りとなっていた。大きなガラスの窓が陽の光をふんだんに取り込み、中庭の様子が一望できる。美しいカルミアの花が広がる中庭は相変わらず見事だ。それを眺めながら、広々としたその部屋でひとり椅子に座って手足を組んでいるジュリアンはその美貌も相まって、絵画のようであった。
「お待たせして申し訳ありません、ジュリアン様」
「待たせたのは俺の方だ。半年近く、すまなかったな。……ほら、座ってくれ」
示された椅子へ座り、使用人に押してもらう。ありがとう、と微笑むと若い使用人はなんだかはにかんでササッと後ろへ下がっていった。紅茶の準備だろうか、仕事が早くて素晴らしいことだ。
「……女性の扱いが少し上手になりましたね?」
「ぐ、やはりまだ足りないか……」
「いえいえ、充分だと思いますよ?」
昔に比べれば大した成長だ。この調子で学園では主人公を全力で口説いてほしい。
「オドラン領はいかがでした? ずいぶん長い間ご滞在でしたけど」
世間話のつもりで出したオドラン領の名に、ジュリアンは思い切り顔を歪めた。不機嫌そうなその表情に、シャルロッテはぱちぱちと目を瞬かせて見つめる。
「……話に違わぬ、酷い所だった」
「それは……領土が荒れているという意味で?」
「いや……あそこは東方民族との諍いでいつも荒れている。土地が荒れてしまうことを責める訳にはいかない」
では何を。そう問われジュリアンは目を伏せたまま口を開いた。
「……領主一家が不在だった」
「は?」
「当主、その妻、その娘に至るまでひとりとして、事故で首の回らぬ現場にいなかったのだ!」
(えーマジかよ……)
思わずシャルロッテは素で唖然としてしまった。
領地を使用人に任せて自身は王都でゆるりと、という貴族は少なくない。というよりは、大半がそうしている。そうしている事は決して責められることではないし、専門家を雇って領地を回した方がよっぽど上手く管理が出来ることさえあるのもまた事実だ。
それでは何のために貴族があるのか。答えは簡単だ。責任の所在を作るためである。実際、使用人が管理に失敗したとしても責任を取らされるのは貴族の方だ。それをわかっているから、重要な領地を持つ者たちは自ら指揮を執るし、当然王家は執れる者を重用する。普段はのほほんと王都で過ごしている貴族も、大事が起きた時には慌てて領地に飛び帰って行くものだが。
今回のオドラン領の砦事故は、従業員の民にまで被害の出ている“大事”だ。しかも領地自体が重要な侯爵家の当主が、今現場にいないのは無責任極まりないと言わざるを得ない。
「ま、まあ娘だけ居ても困りますけど……それ、復興進んでいます?」
「管理人が寝ずに現場を回していた。それもあってか猫の手も借りたい状態だったらしくてな。比較的簡単に俺を受け入れてくれたぞ」
「怪我の功名ですねぇ……」
呆れてそれしか言えない。こうしている間にも事故に巻き込まれた人々は苦しんでいるかもしれないというのに。
……とはいえ、シャルロッテにも出来ることは無い。出来る限りの援助をフリーレン家は行っている。これ以上下手に首を突っ込めば領土を逸脱した越権行為になりかねない。
「父上にもハッキリとオドラン侯爵の怠惰を報告したというのに……! 大した罰もなく領へ帰すなど」
「別に違法ではありませんからね。せいぜい注意程度でしょう。それに、もう領地へ帰られたわけですし」
「だから良いという話ではないだろう! 然るべき処罰を受けさせるのが正しさではないのか!」
「正しいか正しくないかの話をしている訳では無いのです。殿下」
敢えて使った“殿下”という言葉にジュリアンはビクリと動きを止めた。紅茶に口付け、ゆっくり飲み込んでから流し目で彼を射抜く。
今、オドラン侯爵を大々的に裁いだらどうなるだろうか。もちろん今回の件は違法でもなんでもないので裁くことは難しいのだが。だからもし、そうなったら。一番にしわ寄せが来るのは誰だろうか。
(そこまで考えることは出来ない、か。相変わらずだ)
素直で正義漢。そんな彼がどうして前世の“私”は気に食わなかったのか。理由はそこにある。
思い出すのはとあるスチル。シャルロッテに操られていたジュリアンが主人公によって自分の過ちに気が付き、懺悔するシーン。ここでジュリアンルートが確定するので割と重要なイベントだ。
『俺は誓う。今後一切、アイツの悪事を許さないし見逃さない』
学園内にある小さな教会で主人公を立会人に、彼は神々へ誓う。その拳に確固たる意思を握りしめながら。
『俺は俺の持ちうる全てを持って、これ以上の悪を許さない____!』
(素晴らしい正義感だと思いますよ、ええ)
ただひねくれ者の“私”にはそれは不快に映った。その後の行動も込みで。
彼はその誓いの通り、シャルロッテを追い詰める。彼の持つ力……第一王子としての力をフル活用して。ゲーム的には悪を許さない彼の姿勢は勧善懲悪的で良かったのだろう。だがそのような越権行為や横紙破りを「正義のため」「これが正しさだ」などと宣うのはいただけない。
……シャルロッテに復讐したいなら、そう言えば良いのだ。その権利はジュリアンに確かにあるだろう。だが、言わなかった。そういうところがあるので、ヒーローというのは実に気に食わない。
「正しさが全てを救ってくれるわけではないのですよ。優先すべきはオドラン領に住む民たちでしょう」
百歩譲って、シャルロッテの悪事故にジュリアンがああなってしまったならば、今から矯正することは出来る。だが変わったシャルロッテが傍にいてもこの様子なのだ。ジュリアンの正義感は環境から得た人格ではなく、生まれつき持った性格と見て良いだろう。ならば出来ることはそっと距離を置くくらいだ。
「……俺が、間違っているというのか?」
「今回の件に関しては、そう思いますよ」
ジュリアンの視線が突き刺さる。とても痛いが、この前ルイーゼにもう少し厳しくしろと言われたばかりなのだ。甘やかすわけにはいかない。
「……このお話はお終いにしましょう? ほら、用意していただいたお茶が冷めてしまいます」
「ああ……そうだな」
少し息の詰まるお茶会で飲んだ最高級の紅茶は、場違いな程に美味だった。




