違和感
「ケイ師匠」
ケイとの魔術の鍛錬の時間。
声をかけたのは那毬だった。
「なんだ」
「今回の討伐の件、何か知らないですか」
「あぁ、それか」
鍛錬の手を休め、ケイが思案する。
「あんまり知らん」
実は、ケイもそこまでは詳しく知らなかった。
神子の二人とほとんど同じ情報しか与えられていない。
それがむしろ、不自然なほど。
「突如降って湧いた話だ。イネスなら他に知っていることもあるだろうが」
神子たちが立ち入った話をするのは得策ではないだろう。
「俺は今回王都奪還の方で駆り出されるから、同行もしないしな」
「そうなんですか」
那毬と誠は考えこむ。
「何かあったか」
「いえ……」
この違和感の理由を探りたい。
けれど、それをうまく言葉にはできなかった。
「情報収集は重要だろ」
誠が答えた。
「いい心がけだな」
ケイはにい、と笑う。
「そうだな」
一つ、気になることはある。
そう、ケイは言った。
「気になること?」
「魔王と神子関連の文献は俺も割と読んだ」
それこそ、一部の人間しか閲覧できないような、禁書の類も。
「だがその中で、魔物が集落を『占拠』したという記録はなかった」
「え?」
「どういうことだ」
那毬と誠が首をかしげる。
「魔物は、狂暴だ。初期に生まれる魔物は特に。だが、知能は低い。森をさまよい、行きずりの人間を殺す。せいぜいそんなところだろう」
ケイは二人を見下ろした。
「ここで気になること、だ」
ケイは黙った。
この男は答えを簡単に与えるほど甘くはない。
自分で考えろ、というのだろう。
「つまり」
那毬が言った。
「今回の行動は、魔物として違和感がある」
「まぁ、そうだな」
「わざわざ集落に留まるっていうのも、変か。獲物がいないのに留まっている意味はない」
「新しい獲物を探すはず」
「となると……」
どういうことだ?
ただ単に個の、魔物自身のイレギュラーが発生したのか、それとも。
「魔王の目覚めが早まっている、とか」
「あぁ、実はもう魔物は何匹も生まれていて、ある程度知能を持った魔物が生まれる段階にきている、とか」
可能性は十分にある。
なにせ、魔王たちのことは、文献で知る以外に方法がない。
情報はいつだって不十分だ。
「いずれにせよ、楽観視は出来んな」
簡単に死んでくれるなよ。
ケイが言う。
本音だろう。
神子たちがいなければ、彼は演目を見られない。
きっと彼は、世界に退屈してしまう。
「死ぬ気はないわよ」
当然、ケイのためではないが。
二人とも、死ぬつもりはさらさらなかった。
「またって、約束したからね」