街へ!
あれれ〜おかしいぞ〜
一ヶ月開いてる〜
「くれぐれもはぐれないようにしてくださいね」
「はーい」
イネスの心配そうな顔に、3人は元気に返事をする。
とりあえず今日は下見のようなものだ。積極的に迷子になって単独行動を起こすつもりはない。
左右前後を護衛に囲まれ、街を歩く。
街の人々は何事かと道をあけ、集団を遠巻きに見ていた。
「これじゃない感」
「予想はしてた」
「よくあることよ。小説の世界ではね」
従者が過保護だと、こうなるものだ。
「でもあんまり見えないわね」
「そうだねぇ」
歩きながら屈強な護衛たちの間を覗き見る。
屋台や朝市のような、簡易な店構えがこの国のセオリーらしい。
見たこともない葉物や果実が売っている。
今着ているより幾分も質素な服が並べられた店。
3人からすれば怪しげとしかいえない、壺が置かれた店。
子どもも靴磨きや店番などをしているらしい。
「お腹すく匂いがする!」
那毬が目を輝かせた。
「那毬様はお食事が好きでいらっしゃいますね」
イネスが苦笑する。那毬は昔からよく食べる方だった。
「イネスさん、食べたい!アレ!」
腹を満たしつつ、現地の人間と接してみたい。
どちらかと言えば後者が目的だ。
「ですが……」
イネスは少し迷った顔をする。毒でも盛られる心配でもしているのだろう。
「良いんじゃないか?街へ遊びに来た時の醍醐味だろう。買い食い」
過保護っぷりにケイが笑いながら言った。
「わかりました。では買って来させましょう」
「私も行く!」
子どもらしく元気に手を挙げて、那毬が言う。
「お金払うー」
駄々をこねて見る。案外あっさりと許可が下りた。
護衛2人に囲まれて、那毬はいい匂いのする食べ物を買う。売買の仕方は元いた世界と変わらなかった。
薄い茶色の金属片を代金として支払う。これがこの世界の硬貨らしい。
「では神子様、参りましょうか」
イネスが何気なく言った言葉に、店主が反応する。
「神子様であらせられましたか!」
驚いたその声は、街の雑踏の中でもよく響いた。
イネスが一瞬苦い顔をする。
「あぁ。お忍びだ。騒がないように」
「あ、はい。失礼いたしました」
店主は、すぐに声を落とす。
ばいばい、と手を振って店を離れるまで、男は頭を下げたままだった。
「神子様……」
聞いていた周囲の人々が小声で囁く。
その目には畏敬や期待と…不安が映っていた。
「今度の神子様は……きっと」
「3人とも…?」
「王都で召喚したと言う話だったが」
誰が発した言葉かはわからない。だからイネスも護衛も、面と向かって口を噤めとはいえなかった。
咳払いをする。
周囲が静かになった。
「行きましょう、神子様」
「はーい」
先ほどより少し早足で、その場を離れる。
去り際、留の耳にかすかに声が聞こえた。
「ーー魔女にならなければいいが」
その言葉は、留以外、誰も聞いていなかったようだ。
「魔女…ねぇ」
このファンタジーの塊の世界で、未だ耳にしたことがなかった単語だった。
「留さん、なんか悪い顔してるよ?」
「失礼な!」
その後3人は、何事もなくハインケル邸に戻ることとなる。