取引
ハインケル邸、訓練場の一角。
3人はそこで、ケイと対峙していた。
「そうな警戒するな、神子様方」
軽薄そうに笑いながら、ケイは両手を挙げた。まるで、戦う意思がないと言わんばかりの行動だ。
「そういうの、どこでも同じ動作なのかしらね」
口を開いたのは留だ。
子どもを装う口調ではない。
「少なくともこの世界では、敵意を持っていないという意味だな」
ご丁寧にも、ケイはそう答えた。
「……いつからだ?」
誠が訊く。
「神子様方が馬車を降りて悪巧みをしている時から」
ケイが笑う。
「ほぼ始めからじゃない……!」
「いや、だがいい判断だったと思うぞ?問題は根本からの能天気さと、この世界の魔術を知らなかったことだな」
「この事実は……あなたの他に誰が知っているの?」
相変わらず笑みを浮かべてばかりのケイに、今度は那毬が訊いた。
そう、そこが問題だ。
「誰も」
ケイが笑みを深める。
「誰も知らない」
その言葉に、3人は安堵する反面疑問が浮かぶ。
なぜ、どうして。
彼はこの世界の人間だ。国の、王の、神の意向に沿う人間のはずだ。
そうであるならば、彼はこの知り得た情報を、他者と共有すべきではないのか?
だが、彼はこうも言っている。
ーー楽しませろ
と。
ならば。
「……愉快犯、は違うか。快楽主義者ってヤツかしら」
「ほう、初めて聞く言葉だ。神子様方方の世界の言葉か?いい響きだな。快楽主義、そう、まさにそういうものだな、俺は」
留の言葉が気に入ったのか、ケイは何度もその言葉を繰り返す。
「つまり…?」
留に2人の視線が向けられる。
「基本的に、楽しんでる間は敵ではない。…と思う。……味方とも言えないけど」
確かに、目の前の男が味方だとは思えなかった。
「魔王側のスパイって線も捨てきれないんじゃない?」
「そんなの真っ先に殺されるんじゃ」
「多少なり泳がせて人間の様子見っていうのもあるかなぁ」
「いっそのこと、秘密を知っているのが彼1人なら…」
「今殺すのは無理だろうなぁ」
殺してしまうというのも…そう物騒なことを考え出した彼らの言葉は、ケイ自身の言葉で遮られる。
「神子と言えどまだ弱い。それに」
殺すには惜しいんじゃないのか?
余裕な態度の彼は、そんなことを言い始める。
「中立的な立場での情報は欲しくないか?生きる術をどう磨く?子どものふりをしているからこそ情報が得にくいだろう。本来のお前たちは何が知りたい?何が欲しい?それらに応えることができるのは誰だ?」
捲し立てるように言われる言葉はもっともなことばかりだ。
「取引…そう、取引というのはどうだ?」
思いついたようにケイがいう。
「神子様方、あんたたちは俺を楽しませる。足掻いて、もがいて、その姿を見せるといい。その代わり、俺はあんたたちの知りたい情報や、欲しいものを提供しよう。どうだ?悪くないだろう?」
楽しそうなケイの言葉に、3人は考える余地もなく。
喉から手が出るほど欲しい情報が山ほどある。
手に入れたいものがある。
彼は信用に値する人間ではないだろうが、利用するには、取引を行うには適う人間ではないのか?
彼らは彼らの思惑を持って。
ケイの提案に頷いたのだった。




