箱の中で3
「さて、と」
世も更け、ランプの灯りが部屋を照らす。
「箱よ」
那毬が箱を展開した。
部屋の中にまた、巨大な箱が現れた。
「じゃあ、作戦会議といきましょうか」
箱という閉ざされた空間の中で、三人は顔を付き合わせた。
「紙とペンを拝借してきたわ」
「留さん、いつの間に…」
「さぁ?」
留は肩をすくめ、明後日の方をみる。
「この世界についてわかったこと、が主な議題ってとこかしら」
「そうね」
初日の夜、彼女たちが一番に欲したのは情報だった。
何を判断しようにも、この世界のことがまるでわからない。誰を信用し、何を疑えばいいのか。何もわからなかった。そこで彼女たちはまず、情報を集めることを最優先に行動することに決めた。
「ハインケル卿は意外だったわ」
「たしかに」
「私の置かれた状況って、やっぱ結構ハードよねー」
今日のことを振り返り、ため息をつく。
「神子でもこれだけ態度に差が出るとはな」
「基本的には、あの…えぇっとザイン?の態度を基準として行動することにするわ」
「それに越したことは無いな」
冷たい目、無機質な声。
歓迎されない三番目の神子。それが留の立場。
「文字が……読めたのには驚いたわ」
「言葉が出通じるなら予想は出来るだろう」
「そもそもなぜ言葉が通じるのかが不思議でならない」
「たまたま言語が同じ…な訳ないよな」
「通ってきたときに頭に細工でもされたのかしら」
「怖いな、それは」
「それは彼らのメリットにならないと思うのよね」
那毬がいう。
「文字が読めてしまえば、余計な知識をつけさせる可能性がある。それなら読めないままの方が好都合なことは多いはず」
「文字が読めないデメリットも大きい。断じることはできんな」
「心当たりでも?」
「仮説よ。推察、いえ、想像」
留の問いに那毬が答える。
「この世界には、そもそも外国語の概念がない」
「ほう」
「別の言語を話すものがいないとしたら、外国語なんて概念が生まれない」
「面白い話だ」
「概念としてないからね、この世界に来る時にその、合致しない部分が矯正されたんじゃないか…と」
「私たちは日本語を話しているつもりが、自動翻訳されて相手に伝わっている状態、って感じかしら」
「そうねぇ…バベルの塔が、この世界には建設されなかった、ってことじゃない?」
「はぁ?」
誠が首を傾げる。
「昔話よ。私たちのいた世界も、かつては同一の言語しかなかった。けれど天に届くような塔を作ろうとしたから、神の怒りに触れてね。そうして、別々の言語を話すようになった、というわけよ」
「へぇ」
どう考えようが憶測にしかならない。とりあえず、読めるとわかった時点での対策が必要だ。
「図書室、結構充実してたわね」
「人前ではあまり小難しい本は読めないわ、怪しまれる」
「夜間、忍び込むしかないわね」
「どうやって…っていうのは愚問ね」
那毬は2人を見て苦笑する。
かたやどんな鍵でも開け閉めできる鍵の神子。
かたやどんな場所にも出入り口を作れる門の神子。
方法などいくらでもありそうだ。
「もういけるようになったわよ」
留が親指を立てた。
「なんか正直さー、留さんの力って俺の力の上位互換じゃね?」
「あら。私は門を閉めれても、鍵をかけることはできないのよ。いずれは出てきてしまうもの」
「でも便利だー」
ベッドに寝転んで天井をみる。
「……とりあえず文献は読めそうだ。情報収集は捗るかも知れんな」
「えぇ、ざっとタイトル見たら、結構役立ちそうなものが多かったわ。地図とか、生物図鑑とか」
「医学書ほとんどなかったな」
「目の付け所がお医者さん」
「…蘭学者は、いなさそうだ」
「人体解剖図」
「そうそれ」
「そうか。人の形して喋るから人だと思ってたけど、根本から違う生物の可能性もあるのか」
「人間の定義には当てはまってるがな」
「二足歩行してーってヤツね」
「歴史の授業懐かしい」
「学校とかあるのかしら」
「そもそも文明的にどんな発達遂げてるんだ?」
「ぱっと見中世ヨーロッパ」
「中世ヨーロッパに水が流れるトイレがあってたまるか」
そう。この世界のトイレは、多少様式が違うものの、水が流れるトイレなのだ。
ついでに水道水のような仕組みもある。
「医学も解剖ではなく、別の方向に進んでいるだけ、の可能性があるわね」
「?」
「私たちの世界では、満身創痍になったらどんな治療する?この世界の医療はメスや薬ではなく、別の方法にに頼っているだけなのかも」
例えば、ケイの使う疲労回復の魔法。
「そもそも解剖する必要がなかった、と」
「そう。私たちの世界が科学を発展させてきたように、この世界のは魔法や他のものを発展させてきた、と考えてもいいのでは?」
「異世界って、奥が深いな…」
那毬と留の思考に、誠はまだついていけない。
彼女たちには、そういった本やアニメを見ていた、という一日の長がある。
「しっかし、大人になってから異世界ってやめてほしいわ」
「なんでだ?」
誠がうんざりした顔をした2人に尋ねる。
「考えること多すぎ!」
「あぁー!あれもこれも気になるー!」
彼女たちには彼女たちの悩みや葛藤があるようだった。