コロシアム2
獣は三人から一度距離をとった。
「留さん、大丈夫か?」
「まぁ、なんとか」
服にかすってバランスを崩しただけだ。かすり傷もない。
「無茶して!」
「それはこっちのセリフよ」
那毬の言葉に、留も少し怒ったように返す。
「……まぁでも、ありがと」
一拍の後、思い直して留は礼を言った。
「どうしたの急に、気持ち悪い」
「失礼ね。いつ死んでもおかしくないから言っておこうと思っただけよ」
「あー、なるほど」
「お前ら暢気だな」
獣を目の前に怒ったり納得したり、妙に緊張感がない。
「ごめんごめん。ところで能力が使えるようになったみたいだけど?」
「……そうみたいね。ご丁寧に使い方まで頭に叩き込まれたみたい」
「だな。だが、方針は同じだ」
「りょーかい」
「しかしどうしようね。アラームはうまくいったみたいだけど」
スマートフォンで設定したアラームは、絶妙のタイミングで期待通りの効果を発揮してくれた。
だが、次の作戦、次の次の作戦がうまくいくとは限らない。
「命を投げ捨てるのだけはやめてね」
「はいはい。私だって、二度とごめんだわ」
「一番リスキーなことしてるの、留さんな気がするけどな」
「そう?」
普通、獣の口の中にナイフを突っ込むことができるだろうか。ミスしたら、腕ごと噛みちぎられていただろう。彼女はなにか…リスクを恐れないのとはちがう、自分を軽視しているような感が否めない。那毬の行動もそうだ。互いが互いのためなら、命を投げ出せるとでも言うのだろうか。
誠はこの世界に来てから二人を知った。だから、彼女たちがどれほどの関係なのかは知るところではない。けれどどこか、異様な気がした。
「さぁ、おしゃべりしてる間に来たわよ!」
口にナイフを刺したままの状態で、獣が三人に向かってきた。
「相手が四つん這いの状態なら、首に刃物が届く!立たせるな!」
「今度は私がおとりだ!二人は散って!」
ナイフを失った留は、棒を構えて獣を迎え撃つ格好だ。
「チョー怖い…」
正面からくる獣の威圧感に、足が震える。けれど。
「死なせるわけには、行かないもんね」
那毬も、誠も、そして自身も、死ぬわけにはいかない。死なせるわけにはいかない。
コロシアムにつく前、ケイに教えてもらった言葉を思い出す。
那毬はケイに、簡単な魔術を教えてほしいと頼んでいたようだった。
そしてケイは、魔術の素養がわずかでも見られた二人、那毬と留に簡単な魔術の呪文を教えてくれた。そうして、持つべき武器も。
それが、この棒だった。魔術の発動を助ける杖。
「さぁ、あと少し……」
十分にひきつけたところで呪文を叫ぶ。
「咲き誇れ!大火!」
イメージは、打ち上げられる花火だった。実際には、小さな火の玉が杖の先に現れただけだ。
獣が立ち上がって腕を振り上げる。
同時に、火の玉が音と一緒にはじけた。
またしても響いた大音と、熱い炎の塊に、獣はひるんだ。
「トーチトワリングっていうの、ちょっとだけやっててね」
まだ火の燃え盛る杖を、留は振り回す。
「火自体は怖くないんだなー。あなたは、どう?」
そういうと、獣の眼前に炎を振り下ろす。
予想通り、獣は炎から逃げようとする。
逃げに転じた獣に、追い打ちをかけるのは那毬と誠だ。
二人同時に、背後から足を狙う。
正確には、あるであろう足の腱だ。
誠の剣は、幸運にも、それをとらえたらしい。
力任せに引くと、獣が膝をついた。
那毬は獣の足には届いたが、刃が短いせいか腱までには至っていないようだった。素早く杖をナイフに添わせる。
「咲き誇れ、大火!」
小さくできた傷口から入り込んだ炎は、獣の足を内側からずたずたに引き裂いた。
獣は完全に両足をついた。
腕を振り回し、暴れまわっている。
三人は距離を置いた。
「投擲、自信ある?」
「得意だぞ」
「じゃあ、はい」
留がブラックジャックを誠に渡す。
「顔面にあたるか、払いのけられるかするでしょうけど、そこに那毬と私が出るわ」
「後は、スマホの出番」
「止めは、頼んだわよ」
二人はじりじりと獣に近づく。
ブラックジャックが、誠の手から放たれた。
威力は期待できないが、必ず、獣はリアクションをとる。そこからが勝負だ。
ブラックジャックを払いのける獣。
そこへ、スマートフォンをかざした二人が近づく。
フラッシュライトを眼球にかざす。
未だかつて経験したことがないだろう、明るさの光。
獣は目を覆った。
「畳み掛けるわよ!」
「咲き誇れ、大火!」
二人はもう一度魔術を行使する。
そして。
「うおおぉぉ!」
誠が渾身の力で、空いた首へとその剣を突き刺した。