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1話…手紙と再会

「リヒター、例の件なんだが朝の9時からで良かったか?」


騎士団本部でキャロル・リヒターはスリジエ騎士団長に話しかけられる。

先日、兄のヒナミ・リヒターの婚約者であるカナン・フェルナーから届いた手紙。

今日はその話し合いをすることになっている。


「問題ありません。兄たちもそんなに早くからは来られないと思います」


キャロルの実家であるリヒター男爵家から騎士団本部があるここまで2日かかる。

それに加え、手紙の返信が届くまでの時間、読む時間、往路にかかる時間……。全部合わせて考えると9時でも早いくらいだ。


「そうか。正午までかかるか?」

「……兄たち次第ですが……、どうしてでしょう?」

「軍との話し合いがある。今度、国境防衛のためにうちからも手配することになった。5つある国境防衛基地所属の代表である軍人数人がこの本部に来る。お前は責任者では無いが、外部から人が来ることには変わりない。外部からやって来て万が一トラブルが……、なんてことがあってはお前も困るだろう」

「そうですね。分かりました」

「あ、それと。第二国境防衛基地から来る少佐だが、かなり癖のある人物だと軍では話題の人物らしい。くれぐれも怒らすなよ」


キャロルはスリジエ騎士団長に礼をし、会話を終える。

……会わなければいい話ではないか?

癖のある人物……。全く想像がつかない。

そもそもどうしてこの騎士団本部で打ち合わせをする必要があるのか。

この王都にも第一国境防衛基地があるはずでは。

話し合いのほとんどが軍人なら、基地内でやればいいものを。

そう進言しようにも、キャロルは責任者ではないし、今日初めて聞いたことだ。


スリジエ騎士団長が部屋から出ると、キャロルの同僚であるアントスとホアが話しかけてくる。


「リヒター、騎士団長と何話してたんだよ」

「……人払いの件だ」

「人払いねぇ……。女遊びも出来ないほど億劫な話か?」


ピタッとキャロルの動きが止まる。

……どうして分かったんだろう。


「おっ、当たり?」

「……」


キャロルが何も反応せずにいると、ホアが自慢げに言う。


「香水だよ。団服に女物の香水の残り香が前まであったんだ。けど、1週間ほどそれが無い」

「……」


迂闊だった。

今度から香水をつけている女はやめておこう。

……いや、今度はあるのか?

手紙の内容を思い出して考える。

……無いだろうな。

なんなら、この騎士団を本日付けで辞めることになるかもしれないのに。

……さすがに引継ぎ期間があるから当分先か?


話し合いまでまだ時間がある。

部屋に戻ってもすることが無い。

結局キャロルは騎士団本部の入口近くの壁にもたれて、ヒナミたちを待つことにした。


*


10時を少し過ぎて、ヒナミとカナンが騎士団本部の入口に現れる。


……ヒナミが疲れた顔をしている。

いつもの楽観的な顔をしていない。

それもカナンが暗い顔をして歩いているせいだろう。


「社交界ぶりだな、キャロル」

「ああ……」

「……お時間つくってくださり、ありがとうございます」


畏まったカナンの態度に、キャロルは自分の目を疑った。

ヒナミもカナンの態度に対し、心配そうな顔をしている。

……こいつは誰だ。

手紙の時でも丁寧すぎる文章で違和感しか無かったが、目の前のカナンがまるで偽物のように感じる。

いつもなら、「キャロル久しぶりー!」と、本当に男爵家令嬢かと疑うほどの口調なのに。

……これから話し合う内容を考えたら、このくらいで当然か。


「……とりあえず、入れば?ちゃんと人払い頼んでるし」

「人払い?」


ヒナミが首を傾げて言う。


「……何?お前、ヒナミには伝えてないの?」


ここまでどうやってヒナミを連れて来たんだ?

カナンは下を向いたまま答える。


「だって、……ヒナミ1人じゃ正しく理解してくれるか分からないから」

「……えっ?」


……なるほど。

ヒナミの理解力だと1回話をしただけでは理解が難しいと判断したのか。

確かにあの内容は、何度も説明するには気分が重すぎる内容だ。

それでも、一応婚約者なのだから説明義務はカナンにあるだろう。

……ここで言っても仕方が無い。

キャロルはため息を1つつく。


「……手紙にもそう書いていたな」

「当事者であるキャロルには直接聞いてもらった方がいいし、私だって言う回数は少ない方がいい」

「……何、どういうこと?当事者……?」

「……」


ヒナミ1人だけ話についていけていない。

2時間以内に終わるのか……?

内容が内容だ。部屋に入らなければ、話が進まない。


「せっかく人払いするよう頼んであるんだ。とりあえず、中に入って」


カナンがとぼとぼと着いてくる。

ヒナミはそれを心配そうにチラチラと見るだけだ。

会話しろ、会話を!

キャロルは、地元で行われた前回の社交界を思い出す。

2人は婚約をしたばかりで、ヒナミはカナンに対して敬語が取れず、緊張のあまりおかしな言動を繰り返していた。

そんなヒナミが、一緒に来たんだ。それも成長……。

……いや、甘すぎだな。


席につくと、ヒナミがカナンの顔色を伺いながら尋ねた。


「えーと……、どうしたの?カナン。キャロルにまで話を聞いてもらうほど、大切なこと?」

「……」


呼び捨てになっているし、敬語が取れてる……。

……感動する方がおかしいな。


ヒナミが問いかけても肝心のカナンに返事は無い。

目を伏したまま、どう切り出そうか迷っている様子だ。


無言のまま、十数分待っただろうか。

ヒナミも話を急かさない。

カナンに甘いのは相変わらずか。

しかしキャロルは、カナンが嫌いだ。こんな奴のために休みが1日潰れてしまうなんて考えたくもない。

キャロルは深くため息をつき、カナンから届いた手紙をヒナミに渡す。


「読んで」

「えっ、何これ。手紙……?」

「ちょっと!」


カナンが立ち上がる。

キャロルはカナンを睨みつけるようにして言った。


「何。お前がなかなか切り出さないのが悪いんだろ。俺だって暇じゃないんだ。嫌なら手紙をヒナミから奪ってさっさと話すんだな」

「……」


キャロルに言われ、カナンは座った。

少し、震えているように見えた。


「えーと……、読んでもいい?」


ヒナミはカナンに訊き、カナンが頷いたのを見てから手紙を読み始める。

読み進めていたヒナミが、手紙から視線を上げる。


「カナン、どういうこと」


ビクッとカナンの身体は震える。


「最後まで読め、最後まで!」


ヒナミは手紙をめくっていなかった。

つまりまだ最初の1枚。数行程度しか読んでいない。

たった数行程度読んだだけで話をしようとするな。

全文読まなければ、キャロルまで話に加わる意図が伝わらないのだから。

キャロルが一喝すると、ヒナミは数秒迷う素振りを見せたが、また手紙を読み始めた。


*


『キャロル・リヒター様。

日頃より、国のため騎士団でのお勤め、お疲れ様です。

いきなり大嫌いな私から手紙が来て、破ろうと思ったのではないですか?

破らずに読んでくれてありがとうございます。


率直に書きます。

私、カナン・フェルナーは、子を孕める身体ではありません。


正確には全く可能性が無いわけではありません。

ただ、可能性は限りなく低いと診断されています。

そう診断されたのは、私が9歳の春の社交界の日でした。

診断後、仲良かったお姉様の突然の婚姻。優しかったお父様の蔑むような目。今まで我儘だとは言われていたのですが、「出来損ない」と言われたのは初めてでした。

お母様たちや、お兄様たち、お姉様たちからも嫌われたように感じました。


そんな事情を知らずに、ヒナミは私なんかのことを「ずっと見てる」――好きだと言ってくれました。

ヒナミのまっすぐな言葉に、私はどんなに救われたか、とても言葉では言い表せません。


そして弟のノエル様の結婚をきっかけに、公爵家や伯爵家と僅かながら縁が出来たリヒター家と繋がりを持つため、ヒナミとの婚約が許されました。

正直、私なんかでもまだお父様の役に立てると安心すると同時に、リヒター家の次期当主になるため勉強してきたヒナミに申し訳なくなりました。


10年前にヒナミから聞いた、ヒナミとキャロル様のうち、先に男児を授かった夫婦を次期当主にする。

それが、リヒター家の次期当主の条件でしたね。

しかしそれは、キャロル様の後押しの甲斐があり、変更され、昨年の11月、次期当主に内定されたヒナミとの婚約が許された。


フェルナー家としては、公爵家と伯爵家を利用するため。

私が子を孕まなくてもどうでもいいのです。

でもリヒター家としては、跡継ぎである男児を私が孕むことを期待しているはずです。


しかし私には、15年好きだったヒナミとの婚約、同居生活を自ら壊すことが出来ませんでした。

あと少し、あと少し。

そう先延ばしをする日々でしたが、リヒター男爵が私なんかのことを『可愛い義理の娘になる』と言ってくれたことで、裏切ってはいけない、騙してはいけないと思いました。


そしてこの手紙を書く前に、リヒター男爵に全てを打ち明けました。

リヒター男爵に出された条件は2つです。

1.ヒナミの判断に任すこと(私との婚約を破談にするのか、次期当主の座を降りるのか)

2.ヒナミが次期当主の座を降りるのなら、次男であるキャロル様が次期当主になる

その場合、結婚を必ずし、夫婦の間に男児を授かること


ヒナミに伝えなくてはいけないけど、子を孕めない私のことが嫌いだと言われたくない。

そもそも、ヒナミが私に甘いのは分かっているからこそ、私なんかのために、嘘をつく可能性があるし、正しく理解しようとしないこともありえる。


だから、私よりもヒナミのことを優先し、貴族の家柄のことも分かり、当事者になる可能性があるキャロル様にも話を聞いてほしいと思い、今回ペンを執りました。


面倒事に巻き込んでしまい、申し訳ございません。

恐れ入りますが、キャロル様の都合が良い日時を同封の手紙にてお知らせの上、話し合える環境をつくってください。

カナン・フェルナー』


*


ヒナミの目線の動きが止まる。


「全部読んだか?」

「……読んだ」

「これで説明が1回分減ったな、お前」

「……そうだね」


見るからにヒナミの動揺がすごい。

目は泳いでいるくせに、カナンの方を見ようとしない。

頭の回転が遅いせいでカナンにかける言葉が見つからないのだろう。

このまままた話が進まないと困るので、ヒナミに話を振ることにする。

……まあ、ヒナミの意見はもう分かっているが。


「で。ヒナミ、どうする?」

「……どうするって」

「こいつとの婚約を破談にして別の女と結婚して子を産んでもらうか、カナンを選んで俺を次期当主にするのか」

「俺は、カナンを選ぶ」

「……え?」


ほら、やっぱり。そう言うと思った。

意外なのはカナンだ。

ヒナミはそう言うに決まっている。20年も趣味悪く、カナンを好きでいるんだから。

ヒナミの返事ぐらい分かりきっているはずなのに、カナンときたら信じられないものを見るような目で、ヒナミを見つめていた。


しかしそれ以上にヒナミが信じられない言葉を口にする。


「でも、お父様が俺を次期当主に決めたんだから、子がいなくてもいいんじゃないか?」


……カナンが書いた『正しく理解しようとしない』ってこれのことか。

キャロルは情けなくてため息が漏れる。

カナンもヒナミから目を逸らした。


「また都合よく解釈したな。貴族の常識知らないのか?お父様にも言われただろ。『貴族に産まれたからには、家名を長く続くことを誉とせよ』。10年前だから忘れたか?跡継ぎがうまれなきゃ当主失格ってことだよ」

「じゃ、じゃあ、養子は?貴族ではその、養子を跡継ぎにすることってよくあるだろ?」

「ヒナミごめん。養子という選択を取るなら、今ここで私との婚約を破談にしてほしい」

「……え?」


ここに来て初めてカナンはしっかりと意見を言う。

それでも、視線はヒナミから逸らしたままだ。


「……私は、……ヒナミの1番になりたい」

「1番だよ、ずっと……」

「違う。キャロルやノエルを優先することもあった。私は、ずっとヒナミの1番のままでいたいの。だから、社交界で寄ってきた令嬢だけでなく、キャロルやノエルのことが……、ううん、嫉妬することよくあった。そんなヒナミが養子を選ぶのなら、……私は養子を可愛がれる自信が無い」


いま絶対、『大嫌い』と言いかけたな。

ノエルにまで大嫌いと評するか。

キャロルが見る限り、ノエルと関わりがあったとは思えない。


カナンが喋れるようになったので、キャロルは改めてヒナミに同じ質問を繰り返す。


「お前はどうしたいんだ、ヒナミ」

「何度聞かれてもカナンだよ。俺はカナンを選ぶ」

「……っ、じゃあさ、ヒナミは、自分もノエルも恋愛したくせに、キャロルに『お前は政略結婚しろ』って言えるの?言えないでしょ!」

「っ……!?それはそういう意味じゃ」

「そういう意味でしかないから!」

「キレるな癇癪持ち」


キャロルの言葉に何も言い返さず、カナンは黙る。


……おかしい。

キャロルの想定では『カナンを選んでくれてありがとう!今すぐカナンと結婚しよう!』となるはずだったのに。


ヒナミの考えが変わるはずが無い。

そう思っていたからこそ、キャロルはこの1週間ほど女遊びもしていないというのに。


「……ごめん、キャロル。俺は、……やっぱりカナンだよ」


何度聞いても同じだ。

いい加減同じやり取りに飽きてしまった。

それなのにカナンは言葉を変えて反論してくる。


「……駄目。駄目だって。だってヒナミは!当主になるために、王都で勉強したんだから!私のために自分を犠牲にしないで!」

「犠牲にしてない」

「してる!ちゃんとよく考えてっ!」

「……お前と結婚するという目標のために、ヒナミは次期当主になることが目的だったんだろ。今その目的が無くなったんだ。それだけだよ」

「キャロルまで……!ヒナミの味方じゃないの!?大嫌いな私のことより、ヒナミのこと考えてよ!何のために手紙出したか分かんないでしょ!」


カナンは今にも泣き出しそうなくらい、目にいっぱいの涙を溜めている。

……もしかしてカナンは、『ヒナミがカナンに甘い』からカナンを選んでいると思っているのか?

そうだとしたら、この話を終わらすには――。


「……俺は、政略結婚しても良いと思ってる」

「……え」

「むしろ惚れた腫れたが無い分、楽だとすら思う。当事者である俺が了承しているんだ。それでいいだろ」

「……違う。キャロルも流されないで!大嫌いな私が、大好きなヒナミと結婚しないんだよ、好都合だよね!?一言『俺に次期当主は重すぎる』って言ったら、キャロルが特別なんだからヒナミも言うこと聞くんだって!」

「お前こそ人の話を聞け。お前だけだよ、反対してるのは」


キャロルの言葉に、カナンが黙る。

目からぼろっと涙がこぼれ、カナンが小さな声で言う。


「……前回の社交界のときにキャロル言ったでしょ。『何かの間違いでもいいので、会いたいと思う令嬢がいる』って。その人のことを、諦めるってことだよ……」

「……!」


カナンの言葉に、ヒナミが反応する。

……忘れていたな、こいつ。

いや、忘れてもいいんだ。

だって――。


「……7年も会ってない令嬢だ。どこかですれ違ってもきっと分からない。ほら、これでいいだろ。さっさとお前は『政略結婚を受け入れてくれてありがとう。騎士団を辞めたらまずはリヒター家へ帰ってきてね』、そう言ってヒナミと帰れば丸く収まるんだよ」

「……」


カナンはもう反論する気も起きなくなったのか、目を伏せて黙ってしまった。

これでいい。

いまは納得していなくても、カナンのことだ。時間が経てば、運が良かったと思うだろう。


「……カナン。お父様も言ったでしょ。『必ず俺の言葉を聞くように』って。ね?俺はもうカナンがいない未来なんて考えられないんだから」

「……」

「満足か?良かったな。ヒナミにそう言ってもらえて」


しかし、カナンの性格を読み違えていたか。

カナンはヒナミを何があっても離したくないほど、執着していると思ったのに。

キャロルに面倒事を押し付けて平然としていられるほど、性格が悪いと思っていたのに。


話がまとまったから、キャロルは席を立つ。

ヒナミは改めて、真剣な声で聞いてきた。


「……キャロル。本当に良かったのか?」

「話を元に戻すな。さっさとこいつを連れて帰れ。この後、軍との打ち合わせがあるんだ。人払いしているとはいえ、外部が知らずに話を聞く可能性だってあるだろ」

「今日休みだって……」

「俺は休みでも、この本部内で、打ち合わせがある。これで理解したか?」

「……分かった」


さっきから黙ったままのカナンの手を引き、ヒナミはキャロルの後をついて歩く。

カナンはまだ納得していないように見えた。

……後はヒナミが何とかするだろう。


騎士団本部の出入口で、騎士団とは違う団服を着た3人とすれ違う。

すると彼らが今日話し合いに来る軍人か。

キャロルは失礼にならないように、ちらりと3人の顔を見る。


そして――。


「……っ、スカイ様?」

「え?」


3人のうちの1人が反応する。

……7年振りだ。

幼かった顔立ちが、7年経って可愛い大人の女性になっていた。


「やっぱり……。スカイ様、……スカイ・パラン様ですよね……?俺、……キャロルです。パラン男爵家の近くに住んでた、キャロル・リヒターです……。軍に入られたとは聞いていましたが、……生きてて、……生きてて良かった……!」

「……っ、キャロル様……?」


思わず震える声でスカイに話しかけてしまう。

スカイは数歩後退りをすると、元来た道へ走り去ってしまった。

思わず追いかけて呼びかけようとすると、ヒナミに力強く止められてしまった。


「スカイ様っ、待って!話をっ!」

「キャロル落ち着け!落ち着けって!!」

「離せ、ヒナミっ!スカイ様が、スカイ様がっ……!」

「……一体これはどういう訳かな?」


聞き覚えの無い男の声を聞き、キャロルはおそるおそる声のする方を向く。

『少佐』を示す階級章。

スリジエ騎士団長に言われていた少佐だ。

……まずい。


ようやくキャロルは平静を取り戻した。

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