プロローグ…転機
……誰だっけ、こいつ。
キャロル・リヒターは隣りで眠る女を見る。
名前を思い出さない。
どこに住んでいるのかすら分からない。
恋人なんてつくるつもりは無い。
一晩で終わる関係の方が、気楽だからだ。
騎士団に入団するため、実家であるリヒター男爵家を離れて10年が経つ。
年4回、地元で開催される社交界の度に戻るが、それ以外はこうして隣りで誰か女が寝ていることの方が多い。
団服に着替え、騎士団本部へ行く。
既に来ている同僚のアントスとホアに声をかけられた。
「おい、リヒター。また女遊びかよ」
「モテ男だな、おい!」
「……朝からうるさい」
いつも通りの揶揄に少しうんざりする。
でもしょうがない。自業自得なのは理解している。
「リヒター、手紙が来ているぞ」
「手紙?」
「女の名前だ。いいねぇ!恋文だ!かなり熱烈だぞ、これは!」
「誰から?」
「えーと、カナン・フェルナー、だとさ」
「……は?」
キャロルは同僚から渡された分厚い手紙を、そのまま破ろうとした。
「はっ!?読まずに破るのかよ!」
「さすがにちょっと可哀想じゃねぇか、そのカナンって子」
「地元にいた時の交際相手か?」
「……兄の婚約者だ」
俺は認めてないけど。
けど、一般的にそう呼ぶしかない。
「えっ、兄貴の婚約者!?」
「お前、兄の女にまで手ぇ出してるのかよ!」
「……」
カナン・フェルナーの容姿を思い出す。
初めて見た時から、可愛さの底を知らない。
しかし、性格の悪さと実家のフェルナー家のせいで、せっかくの可愛さが台無しに思える。
それに、兄であるヒナミの初恋の相手であり、婚約者。
無い。カナンもキャロルなんて願い下げだろう。
最早、否定することすら面倒くさい。
しかしどうしてカナンから手紙が届くのだろう。
破ろうとしてすぐに破れないほどの分厚いものを。
最後に会ったカナンを思い出す。
ヒナミへの執着具合。
人によって態度を変え、人当たりのいい笑顔を張りつかせていた。
それなのに、ヒナミ相手には遠慮が無く強気な態度。
そんなカナンからの手紙だ。
破ろうと思った手紙だが、万が一、リヒター家に何かあったのかと思い、読むことにする。
その手紙をきっかけに、キャロルの諦めていた恋の決着と、キャロル自身の人生が大きく変わることになる。




