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第十八話 追手

 卒業まで隠し通すのは無理かもしれない。

 そんな当たり前のことに今更気付くのが、ノエルがノエルたる所以である。


『いっそのこと打ち明けてしまえば早いんじゃないか。なんとかなるだろ』


 澄み渡る空の下、どこまでも希望的な感想が脳内に響く。


 五番街は一般に、王都の玄関口として知られている。その理由は全く単純に、南西にある巨大な建造物――駅舎の存在に求められる。アウローラ駅舎、あるいは女王陛下の名を取ってメアリ駅舎と呼ばれるその駅には、帝国内の要所を結ぶ国内鉄道と大陸横断鉄道、二本の線路が敷かれており、毎日山のような荷物と一緒に、たくさんの来訪客が運ばれてくる。


 外の人間はまず五番街に降り立つ。ゆえに玄関口というわけである。 


 そんな五番街のもう一つの顔が、アウローラ屈指とも謳われる、商業区としての花めきである。二十年ほど前に駅舎ができて以来、とにかく人の出入りが激しくなった五番街は、自然と旅人向けの宿屋などが増え、それに伴って常設の店棚が軒を連ねるようになったのだ。今では商人と旅人こそが五番街の住人であるとまで言われ、その華やかさに惹かれて、居を構える人間は後を絶えない。煉瓦造りの建物が多いのは、そういった新興の途上にあることの表れなのだった。


 学院のある二番街が魔術的な最先端であるとするならば、五番街は商業の、そして流行の最先端を行く街と言える。サイモンが上の空な物言いになるのも、まあわからないではないのだけれど、進退のかかったノエルからすれば、帽子や外套と自らの人生どっちが大事なのかと、声を荒げずにはいられなかった。


「そんな適当に言わないでよ」


 珍しく、そこには明確になじる響きがある。もっとも、相手が悪かった。


『物分かりは良さそうに見えたがなあ』


 もはや独白に近い。ノエルは諦めて肩を落として、


「そりゃ、ほかの人よりは広いだろうけどね、懐」


 アデールは善悪功罪を重視するタイプではないし、ラッセルはあれで正当な事情さえあれば融通の効く方だ。此度の一件について、詳らかに説明すれば、黙認してくれる可能性はある。しかし、所詮は可能性。学院から追放――つまり退学という名の破滅と天秤に掛けるには、見るからに軽過ぎる。

 

『そうは言うがな、スュランのガキには確実に怪しまれてるぞお前』

 

「……やっぱりそう思う?」


『態度からしてな。ラッセルといったか、あの男から睨まれるのも遠くはあるまい』


 学院でも指折りの二人だ。疑心が確信に変わる日は、サイモンの言う通り遠くないかもしれない。となれば、それまでに手を打たねばならないが。


「なんかいい方法ない?」


 丸投げするも、サイモンの反応は芳しくなかった。自称大魔術師の英知を結集しても思い付かないのか、返答もないまま、一秒二秒三秒、


「サイモンさん?」


 また何かに気でも取られたか。内心で毒づくノエルに、


『ん、ああすまんな。だけどもう少し目先のことを考えた方がいいと思うぞ』


「どういう意味さ」


『いやそのままだよ。誤魔化す言い訳を探すよりも先にやることがありそうでな。お前、つけられていることに気付いているか』


 寝耳に水だった。こちらの反応で察したのだろう、彼は軽く笑って、


『そうこわばる必要はない。相手は完全な素人だ。おそらくは、今日が初めての尾行だろう。てんでなっちゃいない』


 こわばる必要はないと言われても、尾行される理由など、首飾りの一件しか心当たりのないノエルである。到底落ち着けるわけもなかった。後ろを振り向きたくなる気持ちを必死でこらえ、


「でも、大丈夫なの?」


『さあな』


「さあなって」


『命の心配はあるまい』


 確かに日はまだ高い。天下の往来もまだまだ盛んだ。手を出される心配は低いだろうが、


『そうではない』考えるような間を挟んで、『身体を少し貸してはくれぬか』


「身体を?」


 いつかの約束通り、サイモンはノエルの身体を使う時、こうして許可を取るようになっていた。今のところ悪さを働いたことはないし、用さえ済めば返してもらっているので、気安く承知できる程度には慣れて久しい。


『それが手っ取り早いのだ』


 言われるがまま、身体をサイモンに明け渡す。眠りに落ちる瞬間のような、わずかな意識の断絶の後、ノエルは例の如く、深いところ――意識の水底にいた。

 何も考えなければ真っ暗な闇、しかし、思考をすれば色々なものが見えてくる、そんな空間である。


 意識を主観的な上部に向ける。ずっと向こうには水面としか思えない煌めきがあり、目を凝らせば、その中に鮮やかな雑踏を見て取ることができる。ノエルの身体が経験している現実が、少しだけぼやけて映されているのだった。


「どうだ」


『うん。問題ないよ』


「では今から追手を見せよう。意識を向けておいてくれ」


 そう言うと、サイモンは道の脇で商いをしていた屋台の軒に入った。どうやら野菜や果物を扱っている店らしい。いかにも魔術師然とした風体に、店の主はちょっとだけ驚いた様子を見せたが、サイモンが売り物に手をかけると、商売用の笑顔を浮かべて、「どうです」


「中々の品質だな。これはどこで」


「すぐそこのモーリー区ですわ」 


 二、三、世間話を交わすと、サイモンは林檎を一つと野菜を幾らか買った。持参していた布袋にそれらを詰め、ノエルの財布から硬貨を取り出して主に代金を払う。

 と、その一瞬の間に、ちらと横目で今来た道の方を窺った。


『あっ!』


「ありがとう。機会があればまた来るよ」


 布袋を腕から下げ、サイモンは何でもない風に雑踏へと立ち戻る。

 そして、ノエルに現実が返ってきた。


『すまんな。余計な出費をさせてしまった』


「いや、それはいいんだけど」


 布袋はずっしりと重いが、大した出費ではない。しばらくパンだけの生活が続いていたので、今夜あたり、何か作るのもよかろう、なんて思いさえする。それよりも今大事なのは、


「あのさ、人混みにいたのって」


『さすがに目立ち過ぎるな。あの恰好と背丈では』


 ではやはりサイモンの言う尾行している者というのは。

 ノエルは水底で見た映像をもう一度、間違いのないように思い浮かべた。


「つけているのは、ラッセルさんとアデールだったんだね」


 サイモンが楽しそうに鼻で笑った。『そのようだな』


 理由は明々白々だろう。知人の様子がおかしいことに気付いたアデールが、跡をつけようと言い始めたに違いない。呆れとも敬いともつかない感情にぐるりと目が回る。


「追いかけてくるのは予想外だったな。サイモンさん、二人を撒けます?」


 サイモンはため息を吐いて、


『普段のお前はそんなに敏感で機転が利くのか』


「……全然です」


『であれば何事もないように市を回って帰るのがよかろう』


 じゃの道はへび。あまたの修羅場をくぐり抜けてきただろう大罪人の指示は的確だった。尾行に気付いたことに悟られないように小一時間は外にいようという話にまとまり、ノエルはほとんど冷やかしに近いノリで店を回った。流石は天下のアウローラ。見て回るだけで退屈を覚えることはない。

 何軒目かも知れない露店を離れたタイミングで、

 

『意外にしつこいな』


「まだいるんだ」


『気配がする』


 ノエルにはさっぱり分からない気配である。ぐるりと首を巡らせるだけで、数十、いや百人以上視界に入るほどの賑わいなのに、どうして自分をつけ狙う存在を逆探知できるというのか。


『そうでもしなければ生き残れなかったからな。いや、結局死んではいるが』


「あーそういえばすごい悪い人でしたねサイモンさん」


 慣れとは怖いものである。


『自慢ではないがな、当時は国境を越えて入国禁止のお触れが出されていたほどだ』


「どこで見つかっても牢獄行きみたいな」


『下手をすれば絞首台。そりゃあ気配にも敏感にも……』


 そこでサイモンは不意に黙り込んだ。夜には遠く、夕暮れもまだ先で、それでも往来は幾らか落ち着き見せ始めた、そんな刻限である。ノエルは思わず足を止めた。後ろを歩いていた街人が、邪魔くさそうに右に避けて抜けていく。


『ノエルよ。どうにも、俺はまだ寝ぼけていたらしい』


「はい?」


『追手はあいつらだけではないようだ。なるほど、俺たちはかなりの人気者らしいな』


 気の早いカラスが、どこかで鳴き声を上げた。

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