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第十七話 昼下がり王都にて

 翌日から、ノエルはこっそりこそこそをモットーに生活を始めた。

 できる限りを自室内で過ごし、移動は可及的速やかに、食堂での食事は目を引く――ラッセルに見つかると面倒なのもある――ので避け、学院近場で売っているパンを買い置きして、ほとぼりが冷めるまではそれで食いつなぐことにした。幸いにも、消化器官は強い方だった。


『しかしこれ、逆に目立たないか』


「知り合いがいる人ならそうだろうけどね」


 昨日まで学院生活を共にしていた人物が、ふっつりと姿を見せなくなれば、不審に思わない人物はいないだろうし、噂と相まって目立つだろう。しかし、ノエル・フォーチュンは往々にして一人であった。辛うじて、アデールとラッセルが知り合いと呼べる程度だが、アデールはそんなことを気にする人間ではないし、ラッセルに至っては今現在正気ではない。見ないからどうしたという具合。


 それでも、どうしても人前に出なければならない時間はあって、特に厄介なのが研究会だった。ラッセルと顔を合わせなければならないというのもあるし、流石に研究会のメンバーとなると、全くの他人よりは顔見知りで、「ノエル最近、ちょっと変わったよね」などと言われることもあったりして。


 そのたびに肝を冷やしつつ、それでも何とか二週間を乗り越えた。


 ここまでくると、ラッセルの信奉具合もだいぶ落ち着いて、人の噂も十四、五日、決闘というのはどうやら噂に過ぎなかったらしいというのが定説になり始めていた。


『なあノエルよ』


 そんな頃合いを見計らって、サイモンはこんなことを言い出した。


『そろそろ王都の様子を見ておきたいのだが』


 それはもっともな興味であった。アウローラが王都になったのは今から二百年ほど前のことで、それまでは交通の要所ゆえそれなりに発展した城郭都市に過ぎなかったのだから。しかも最先端の魔具によってめかし込んでいるとなれば、魔術師サイモンとしては一見せずにはいられないだろう。


 ノエルとしても、外出しても徒歩三分のパン屋まで、という生活は中々に窮屈で、いい加減、夜間に酒場に出掛けるとまではいかずとも、市で冷やかしをするくらいの潤いが欲しいなと思っていた頃で。


『いざとなれば私がなんとかするさ』


 そんな甘い言葉に誘われて、繰り出したのが今日、日曜は昼前である。天高く上った太陽が、石畳の街を温めて、ふと壁に触れば、近付いてきた夏を感じる。二番街を西に抜け、中央の通りで市を見て、駅舎のある五番街から反時計回りに帰ってこよう、というのがノエルの用意した本日の段取りである。


 久しぶりの王都は、いつになく賑やかに感じられた。

 気持ちの良い晴れ空ということもあろう。市のあるドーナツ通りまでくると、喧騒が波濤のように感じられた。サイモンは辟易して、『すごい人だな』


 アウローラは円形の都市であり、ドーナツ通りはその中心部に当たる。かの獅子王の青銅像の置かれた中央公園を、ぐるっと囲うようにして存在しており、朝から昼にかけては市で賑わい、以降は様々な階級の人々が往来する憩いの場となる。王都で暮らす人間にとって、ほとんどなくてはならない空間であり、日曜ともなれば、圧巻の様相を呈すのも当然のことだった。


「人口自体が昔に比べれば増えてますから」


 小声で呟く程度であれば、誰かの耳に届く前にかき消されて、道行く人々に不信感を与えることもない。機嫌の良いノエルは、その都度、サイモンの疑問に答えていく。


『ふうむ。意外と様変わりしている風ではないな。いや、もちろん、私の時代よりは別格に利便性が向上しているのだが、景観という意味では』


「そういう方向性で改築しているそうですよ」


 雑談もそこそこに、ノエルは市を回り始めた。野菜や果物を筆頭に、燻製肉や塩漬けされた魚介といった保存食、香辛料、織物、花、もちろん魔術帝国の都市なだけあって、魔具なども売られている。「日曜の市は特に華やかなんですよ」


『おお、薫衣草ではないか。当時は香としてよく使ったものだ、って、あれお前の知り合いじゃなかったか』


 言われてみれば、人混みにあっても存在感を放つ巨漢はラッセルである。よく気付くなあとノエルが感心していると、向こうもこちらに気付いて、「ノエルではないか」


 一時の熱狂が過ぎ去ったラッセルは、前よりは親しい知人といった立ち位置に収まった。それでも時折、よくわからない憧憬を向けられることがあって、ノエルとしては以前よりもやり辛いくらいだったりする。


 まさか逃げ出すわけにもいかず、露店の先で、


「奇遇ですね。それは魔術に?」


 集中力を高めるために香を使うことはままある。ノエルがしないのは、単に金がないのと、焼け石に水だからである。


 ラッセルは破顔して、


「ああ。と言っても、俺が使うというと語弊があるのだが」


「と言いますと」


「母方の従姉妹がな、次の入学試験を受けるというのだ。それで、少しでも集中力の上がる魔具が欲しいと言われてな。そんなものがあるかと俺は言ったんだが」


『ううむ、呪物が過去のものだと実感するなあ』


「気休めでいいから、と言われてしまえば、作らないわけにもいくまい。というわけで、モールディング卿にも話を聞いてな、古の呪物の作成を、とまあそんなところだ」


『香となれば手芸か織物か。用途を考えれば、常に身に着けていられるものがふさわしいだろうし、おそらくは手芸だな。俺も妹に頼み込まれて編み紐の髪留めを作ったものだ。しかし、薫衣草とは、この男にしてはセンスが良いな』


 今じゃ完全に遺物となった呪物である。学院生といえども、その知識は教本の域を出ない。サイモンの生き生きとした推察は、まさに彼が過去を生きていた証明に思えた。


「そういうノエルはどうしたのだ」


 思いがけず水を向けられて、「ぼ、僕ですか」


『太陽の光を浴びたかったとでも言っとけ』


「太陽の光をちょっと」


「おお、そうかそうか。確かに今日は良い天気だ」


 ここまでくると、学院生の知性もくそもない。単なる世間話である。露店の主が何とも言えない表情になり、サイモンが嘆かわしいと呆れ、どこからともなく現れた小さな女の子が、


「あんたたちねえ、人様の手前、もうちょい実のある話できないの?」


 アデールである。いつもの制服姿の上に、十字架の付いたロザリオを下げている。おそらくは教会帰りなのだろう。彼女は魔術師にしては珍しい聖教徒なのだ。もっとも、本人曰く、にわか聖教徒らしいけれど。


『む、スュラン家の餓鬼か』


 あれ以来顔を合わせていなかったからか、サイモンの中にはアデールに対する苦手意識が芽生えているようだった。


 ――しかしまずいなあ。


 ラッセルだけならともかく、アデールと一緒となると、やはり思い起こされるのは二週間前の一件だ。小さな姫君アデールをめぐっての決闘。真偽の問題ではない。叩けば埃が出る、否、半分は埃でできた身のノエルだから、あれこれと詮索される話題になること自体困るのだった。


 しかし、場の引力はいかんともし難かった。アデールがそういえば珍しい取り合わせだわねせっかくならお茶でもしていかない、などと言い出して、ラッセルが二つ返事で承諾すれば、自分だけ抜け出すわけにいかない。煉瓦造りの建物が立ち並ぶ五番街へと抜け、帝国のコーヒーハウスとヴァンダル王国のカッフェを足して二で割ったような喫茶店の、屋外席で話し込むことになった。


『むう。ちょっと代わってくれないか』


 冗談なのか本気なのか、判別できない声音でサイモンが言う。ホットチョコレートは近年流行りを見せている飲み物で、彼の時代にはないものだった。


 アデールは紅茶、ラッセルはコーヒー、三者三様の手元である。


「ふむ、二つの革命から見る魔術史か。王道なテーマではあるな」


「ええ。そういう意味ではズレたものにはなり辛いですから、及第点は取りやすいかな、なんて」


 ノエルはここ最近出歩いていなかったし、アデールの外の話は公言できないものも少なくないから、話題は自然と内向きなものとなった。目下、最大の出来事といえば中期試験である。


「アデール嬢であれば、一次革命などはまた違って見えるのだろうながな」


 ラッセルがアデールの方へと水を向けると、彼女は何を当たり前のことをと呆れて、ちょっとした講釈が始まった。


「そりゃそうよ。停滞期の始まりだもの。おまけに三下のバカを一杯に出しちゃったし。恥じよ恥」『三下……』「で、でも、門戸が開かれたことで開花した才能もあったと思うんだよ!」「流石はノエル、良いことを言う」「そりゃゼロじゃないでしょうけどね。負債の方が多いわよね」『負債……』「あわわ」「実際あれがなきゃ今はもっと平和だったと思うのよね。新型マスケット銃に埋火雷、なんか例の列車を戦場で使えないかって話も出てるのよ」「国の利益のために魔術を用いるのは当然ではないのか。学院とてそういう理由で成り立っているだろうし」「そうなんだけどね。だからこそ昔のようだったら、ってわたしは思うわね。偉大なるものが望んでいた世界は、もっとちっぽけで壮大だった気がするもの」『ううむ。中々含蓄のあることを言う』「どっちなのさ君」


 そこでアデールが眉間にしわを寄せた。「どっちって、話聞いてた?」


 一人で過ごしていた弊害である。言い訳を探していると、思わぬところから助け船が出た。「ノエルは最近、忙しいようだからな。疲れておるのだろう」


 アデールはそういえばと顎に人差し指を立てた。


「ここずっと会ってなかったわね」


「うむ。ここ最近のノエルの勤勉ぶりには頭が下がる。論文の出来も中々であった」


 確かにここ最近はいつになく力を入れて学院生活を送っていた気がする。進んで、というよりは、脳内家庭教師がうるさいからなのだけれど。


「相も変わらず実践魔術の方はダメみたいだけどね」


「それも時間の問題だろう」


 アデールがやけどしたみたいに舌を出して、「いつからそんな仲良くなったの」


 ラッセルはふっと笑って、「男同士の友情とはそういうものさ」


『どういうものだ』


「なんかキモイ」


「き、キモイだと!」


 下流階級の婦女子が好みそうな物言いに、ラッセルが腰を上げる。体躯の差は牛と鳩ほどあるというのに、アデールは紅茶をぐびぐび平然と、「うん、ひほい」


『流石はスュラン家の魔術師……』


 こいつもこいつでキモイと思うノエルである。


 拳をぷるぷると震わせるラッセルに、


「だってちょっと前までそんなんじゃなかったでしょ」


「男子三日会わざれば刮目して見よ、という言葉が極東にはあってな」


「えー、たった三日で?」


「三日もあればいくらでも友情は深められるのだ」


「うわー、いやらしー」


「いやらしくないわ!!!!!!!!!」


「ちょっと二人とも、目立ってるから目立ってるから」


 喫茶店の軒先で、学院生の制服に身を包んだ大男と少女が舌戦を繰り広げているとなれば、目立つ目立つもはやちょっとした余興の域で、ちらほらと足を止める人々まで出始める始末。「ノエルよ! おぬしは悔しくないのか!」


 悔しくないでーす。慣れっこでーす。


 ちりんと鈴を鳴らして、紅茶のおかわりを要求しながら、


「でもさ真面目な話、落ちこぼれが三日で真人間になったら苦労しないわよ?」


 ふふんとラッセルは端を鳴らして、


「ノエルは能あるがゆえに爪を隠していただけなのだ。なあノエルよ?」


「へ?」


 もちろん買い被りである。おそらくは例の一戦のことを指して言っているのだろうが、あれは取って付けた爪なのだから。どう答えたものか迷っていると、


「なに、もしかしてあれって本当だったの」


 まずい。


「いや、アデールそれはね」「あれとは?」


「ほら、決闘がどうのっていう噂」


 ラッセルはぽかんとして、「なんだそれは」


 恐れ多くもラッセル家の嫡男リチャード・ラッセルである。試験の結果を問う奴はいても、負けたかもしれない決闘の真偽を問える奴はいなかったのだろう。「知らないの?」


「わーアデールそういうのはもっと気を遣った方が」


『そんなたまかこいつが』


 サイモンの言葉通り、彼女は夕ご飯の献立を確かめるみたいに、


「あんたとノエルが決闘して、あんたがぼこぼこに負けたって噂。少し前までかなり話題に上ってたんだけど、知らなかった?」


 むう、とラッセルが唸って、浮かせていた腰を下ろした。


「知らなかった」


「じゃあやっぱり嘘?」


 ラッセルはきっぱりと首を振った。男の返答だった。


「いや、必ずしも嘘ではない。決闘ではなかったが、俺はノエルとやり合って負けておる」


「……うそぅ」


「本当だ。手も足も出なかった」


 見上げた潔さだった。が、もう少し利己的な返答をしてもらった方が助かったノエルのである。じろじろと向けられるアデールの視線がいつになく痛い。


「でも剣術もからっきしだって聞いたけど」


「て、帝国剣術はだめなんだけど、田舎で習ったやつは人並くらいにはできて」


「そうだノエル。例の剣術を教えてくれるという話だったが」


 墓穴を掘った。もう駄目だった。口八丁であれば落ちこぼれまいと思うのは偏見だろうか。


「ご、ごめん。そういえば今日用事あるんだった!!!!!!!」


 ホットチョコ代をテーブルに叩きつけて立ち上がる。目を白黒させる二人に悪手を悟るも、文字通り賽は投げられたあとだ。次会う時までに良い言い訳を考えておかなければ。それだけ心の隅に留めて、ノエルは雑踏へと逃げ込んだ。


『お前、嘘下手だな』


 稀代のペテン師の嘆息は、どこまでも他人事だった。

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