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第十話 魔術上達の道

 買い込んできたパンの山の前で、アデールがテキストブックを広げている。色々と異様な光景に、食堂を訪れた人々は決まって一瞥していく。晒し物にでもなったようで、ノエルとしては大変恥ずかしいのだけど、当の本人は気にするどころか本から視線を上げることすらしない。この集中力こそが自分との違いなのかなにしてもこの小さな身体のどこにこれだけのパンが収まるのだろう。


「んー、猿でもわかる実践魔術! みたいな本ないかしらね」


 ようやく視線を上げたかと思えば、アデールはそんなことを言い出した。


「わたし、先生には向いてなさそうだわ」


 教えてもらっている手前、軽々しく同意はできないノエルである。それに生徒に向いていない自分のことを棚に上げるようで引ける。


「気持ちだけでもありがたいよ。でも、どうして急に?」


 入学以来の付き合いだから、知り合ってかれこれ半年になる。長くもないが短くもないその付き合いの中で、彼女がこんな風に教えてくれたのは初めてだった。あるいは、彼女がここまで自分に関心を向けてくれたのが初めだった、と言い換えてもいいかもしれない。

 アデールは口元に指を当てて、


「さっき面倒を見てたらね、ご先祖様の気持ちがちょっとわかるような気がして」


「ご先祖様?」


「そう。大昔のスュランの人ね。うちって割と閉鎖的なんだけど、それでも最初期は貴族の弟子を取ってたりもしたらしいの。その時のスュランの人たちって、こんな気持ちだったのかなって」


 彼女はパンをむんずと掴み、


「スュランに限らず、古い魔術師家系って内輪内輪でどうこうしようって風潮があるの。神秘主義扱いされてた時代の名残なのかな。わたしも正直そういうところはあって、別に魔術師家系の人間だけで魔術を研究したりすればいいじゃないかって思っちゃう。人生賭けて命張って、そういうことができる人間だけでやればいいじゃないかって」


 彼女の声色は、オカルティックな体験を語るみたいだった。


「何が一次革命よ余計なことしやがって。そう思ってたんだけど、あんたや他のみんなみたいな、なんでもない人が魔術を必死になって学んでくれるのって、教える側になってみたら意外と嬉しいものなのね。母性本能がくすぐられるってやつ?」


「よちよち歩きする赤ちゃん扱い……」


「別にあんたに限らずそうよ。立てるか立てないか、その程度の違いしか、」


 千年以上の歴史を持つ魔術家系の最果てに立つ少女は、こともなげにそう言い切ってから、唐突に考え込むような仕草をした。傍目にも、頭の中でぐるぐる思考しているのがわかる。邪魔しちゃ悪いと見守っていると、ばっと顔を上げて、


「門外漢に対する教え方が体系化されていない一次革命期にも、貴族出身かつそれなりと言われた魔術師はいたわ」


「また飛んだね」


「彼らは往々にして力だけを追い求めたわ。魔術を万能の術と勘違いし、思いあがって、処刑されていった。ジュザンヌ・サティ。ヨハネス・ハイデガー。そして、サイモン・クローリー。魔術史に名を刻んだ大罪人たちは、今でこそ汚点として語られるけど、当時の環境を考えたら傑出した人物であったには違いないわ」


 あくまで門外漢にしてはだけど、と付け加えつつ、


「あんたに必要なのはこれじゃないかしら」


「僕に」ノエルはわなわなと震えた。「処刑されるようなことをしろって?」


「違うわよ」


「じゃあパン泥棒?」


「違うって言ってるでしょ。目的意識よ目的意識。他人様に言えないようなものでいいから、目的意識を持てば変わるんじゃないかって言ってるの。魔術ってのは究極突き詰めれば規定する術なのよ。だから自己を規定することから始めるの。魔術を学んでモテモテとかお金稼いでウハウハとか、そんなんでいいの」


 彼女はかっと目を見開いて、


「あんたなら解決したい悩みには困らないでしょう!」


「やっぱり君先生には向いてないよ」


 生徒をやる気にさせるのも先生の力量のうちではないかと思う。アデールの言葉は限りなく的を射ているが、的を貫通して心まで射抜いてきやがる。


「しかし悩みね……」


 三時間足らずで積み上げた失敗の数々。不確定性を帯び始めた卒業。身の振り方。そして首飾り。確かに悩みは尽きないが、一応は善処しているつもりだ。今一度目的として掲げるのも変な話であるし、それでは別に今までと変わりないだろう。


 ――万能の術か。


 もしも、もしも不可能を可能にする方法があったとして、ノエル・フォーチュンが心の底から欲するモノはなんだろうか。


「空っぽの頭でいくら考えたって、答えはでないだろうよ」


 その挑発は頭の上から降ってきた。振り向いてみれば、どこかで見た長身の男が見下ろしていた。名前が思い出せない。

 こけにされることくらい、万年劣等生のノエルからすれば日常茶飯事、一々目くじらを立てていたら身が持たない。けれど、隣にいる少女はそうではなかった。不機嫌もあらわに、


「なに?」


 男は恭しく礼をして、


「これはこれはスュランのアマリリス様。ご機嫌麗しゅう」


「今忙しいんだけど」


「バカの相手でですか?」


「見込みのないバカより見込みのあるバカの相手をした方がマシでしょう?」


 売り言葉に買い言葉。かみ合わせがいいやら悪いやら、心配するより呆れの方が大きかったけれど、よりにもよってアデールにひと悶着起こさせるわけにはいかない。ノエルは腰を上げて、彼女を遮るようにして席を立った。


「なにかな」


 ある種の麻痺なのだろう。入学したばかりの頃は恐ろしかったいびりも、慣れてしまえばどうということもない。


「おーおー、ナイト気取りか?」


「せいぜいが小間使いかな」


「違いねえや。元々てめえにようがあったんだよ。暇なちょっと付き合ってくれないか?」


 芝居めいた台詞に、背後からアデールが、


「付き合う必要はないわよ」


 ――どの道なら巻き込まない方がまだ男らしい、かな。


 なんとも情けない損得勘定だと自嘲しつつ、ノエルは提案を受け入れた。機嫌を良くする男にくるりと背を向けて、


「ごめんね。その時になって飽きてなかったから、また教えてくれると助かるよ」


 頭を下げて、向き直る。


「じゃあ、いこうか」

 

 ちょっとだけ恰好を付けたのは内緒の話だ。

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