8.リリ、草原兎を狩る
翌日、まずは師匠と共に、ダンジョンの裏側に向かった。
けれど不思議なことに、昨日わたしが入り込んだ穴も、出るときにあけた穴も見つからない。
森が途切れてダンジョンのある岩山が露出した縁にあるので、大体の場所はあっているはずだ。
「リリの魔力の残滓もないし、穴はあいてなさそうだねぇ」
「あれ……? この辺だったはずなのに」
昨日出てきたところは、わたしの魔力が残っていたからすぐわかるはずだった。
けれど、その岩自体もなくなっていて、たくさん散らばっていたはずのわたしの魔力も消えていた。
入り込んだ穴の位置は、目印も無いし見つからないかもと思っていたけれど、そんなことある?
「なんでだろう。この辺、少し壊して穴を探してみますか」
「この山に魔法を撃ち込むってこと?」
頷くと、師匠は首を横に振った。
「後で草原兎の狩りで見せてもらうからいいよ。
そんなことしてギルド職員に見られでもしたら問題になる。ダンジョン破壊行為なんて言われでもしたら、ダンジョンに出入りを禁じられるどころじゃない。下手すると牢屋行きだ」
「えっ!?」
「私たちの暮らしはダンジョンで採れるものに支えられている。
その国のダンジョンは有数が国力を決めるなんて言われることもあるくらいだ。
不用意にダンジョンを損なう行為をしないように、厳罰が用意されてるんだよ」
「…………」
「昨日自分がどれだけ危ないことしていたか、わかったかい?」
「……はい。もうしません」
「頼むよ。
教えたつもりだったが、裏から忍び込もうなんて考えるくらいには話を聞いてないことがわかったし、一旦座学をやり直してもらおうかね」
「わかりました……」
座学も嫌いではないが、体を動かす方が得意なのだ。
けれど、今回の件は流石にこたえたので、素直に返事をする。
「何をしてもらうかは後で考えるとして、だ。
なんで穴が消えてしまったんだろうね」
考え込んでいる師匠に思いついたことを言ってみる。
「ダンジョンの修復機能が働いたとか?」
冒険者の間で語られる噂のようなものだけれど、ダンジョンには修復機能があるという話があるのだ。前回壊した壁が次に来たときに修復されていたり、枯れていたはずの採掘ポイントがある日突然復活したり。そんな不思議なことがあるらしい。けれど、壊れた壁が直らないこともあるし、枯れたまま復活しない採掘ポイントもある。その法則性は誰も知らないのだ。
「その可能性も考えたけれど、ね。この岩山の中にダンジョンがあるのは確かだけれど、一体どこまでがダンジョンと呼べるのか」
師匠は考え込んでいたけれど、しばらくして顔を上げた。
「ひとまず、ギルドへ報告するかは考えておいて、リリの加護の検証もしないとね。
草原兎のいるところへ移動するよ」
岩山の裏側を離れ、森の反対側に歩く。
森が途切れると丈の高い草地が広がっている場所に出た。
草原兎はこのあたりを住みかとしている。
オスは額に魔力角と呼ばれる尖った角を持っており、その角は薬だったり魔道具だったりに加工される。
メスの方は額に薄い六角柱の魔力結晶を持っており、こちらは護符などに加工される。
お肉も美味しくて、依頼を受けていなくても狩りに来ることがあるくらいだ。
草原なので、使う魔法は風のものを選択する。師匠には一通りの魔法は教えてもらっているけれど、やっぱり得意不得意はある。
わたしが一番得意なのは火属性。風はまぁまぁ得意な方。
《風索》という探索の魔法を使い、草原兎が群れている場所を見つける。
師匠は離れたところから見ていると言っていた。
わたしは一人で《気断》という気配を薄くする魔法を使って風下から群れに近づく。
限界まで近づくと、《風刃》を三つ分、詠唱して発動直前で待機させておく。
草原兎の動きを見ながら、魔法を放つタイミングを見極める。
理想は三匹同時だけれど、完全にわたしが死角に入るタイミングはつかめない。
注意深く見ていると、二匹がわたしに背を向けて毛づくろいを始めた。
今だ。
その二匹と、群れから離れた場所で草を食べていた草原兎に《風刃》を放つ。
「え」
放った《風刃》が思った以上に威力が強いもので驚いて、最後若干狙いが狂ってしまう。
おかげで二匹は絶命したけれど、最後の一匹は少し狙いがずれて、かすっただけ。
他の草原兎が逃げ始めた。
傷つけた一匹も一緒に逃げているが、足を引きずっている。
驚くのは後だ。
早く仕留めないと。
「《風刃》」
もう一回、《風刃》を放つけれど、動揺で魔力を込めすぎてしまった。
「え、うそ」
放った《風刃》は無事草原兎を仕留めた。
けれど威力がおかしい。
大地をえぐっている。
なにこの威力。
いや、確かに魔力込め過ぎた気はしたけれど。
驚いている間に、他の草原兎は逃げてしまっている。
ひとまず、倒れている草原兎の回収に向かった。