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これが僕らの異能世界《ディストピア》  作者: 多々良汰々
Intermission1 乙女る青鬼は初恋の香りと共に…
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乙女る青鬼は初恋の香りと共に… 転-後編

〈2122年 5月17日 1:32PM〉―グラウ―


「うっ……」


「大丈夫か、グラウ!!?」


 いくら美味しいものでも食べすぎはよくないのは当然のこと。適度な食事と適度な運動は大事である。しかしそんな教えも、ソノミの食事の前に失念してしまっていた――要するに食べ過ぎたということだ。


「グラウ、私のサンドイッチが……」


「おいしすぎるというのも問題だな」


「それ、喜んでいいのか謝るべきなのかわからないんだが?」


「ソノミは悪くない。ただ調子に乗って後先考えなかった俺の責任だ」


 あんなに幸せな気持ちだったのに、急転直下でこうも気持ちが悪くなるとは。でも戻すことだけは絶対に出来ない。そのようなソノミに対して申し訳ないことはしたくはない。


 食べ過ぎて気持ちが悪い時の対処法はいくつかある。ぬるま湯を飲む、軽い散歩をする、ツボを押す……いろいろあるがたぶん一番効果的であり、かつ俺が望むのは――


「ソノミ、悪いが俺はここで少し安む。だからソノミは――」


 ソノミが首を横に振るのを見て、思わず言葉を紡げなくなる。


「……私一人で遊んで来い。そう言いたかったか?」


「そうだ」


「ふざけるな。体調崩している仲間を放っといて一人で遊びにいくわけないだろ」


「っ!?」


 ああ、そうだ。ソノミはそういうやつだった。仲間を見捨てない。わかっていたじゃないか。ソノミの性格からしたら、俺の提案は即却下されることぐらい。


「でも本当に良いのか?いつ俺が復活するかはわからないぜ?」


「知ったことか……ほら」


 ソノミがぽんぽんと自らの膝の上を叩く。いったい何の合図だ?


「……お前、そんなに嫌か?」


「まず何に対して俺が嫌悪感を抱いているとソノミが思っているのかわからないんだが――」


「私の膝枕だッ!」


 その声は辺り一帯に響き……視線が俺とソノミに集中した。ソノミは頬を赤らめ、一度コホンと咳払いをした。


 えっと、ソノミが膝枕?えっ……本当に?


「で、どうなんだよ。お前、私の膝と固いベンチの上どっちで寝たいんだよ」


「それは……」


 そんな答えは明らかだった。だが本当に良いのだろうか?膝枕という行為の意味は流石にソノミでも理解しているだろう。それは親しい間柄……いや、同性間ならまだしも異性間ならそれ以上の関係の者同士がする行為――本来は本物のカップルがする行為である。その膝枕を俺に許す?俺はその事実をどう理解するべきか……?ああ、そうだ。ソノミは俺を仲間だからとかそういう意味でしてくれるんだよな。そうに違いない。


「頼む」


「ああ。ほら……来い」


 身体を横にし、ソノミの膝の上に頭を――俺なんかがソノミにこんなことをしてもらっていいのかという疑問は残るが――置いた。


 ふわりと柔らかい感触が頭を包み込む。より確かに、ソノミのさわやかな匂いを感じる。その二つのことが重なり、まるでここが天国なのかと思えてくる。


「グラウ……どうだ?」


 真上にソノミの顔が太陽のように浮かぶ。恥ずかしそうにしながら、こちらを見てくる。


「最高だ」


「……っ!!ばか………」


 やばいな、こうも膝枕という行為が気持ちの良いものだなんてな。ああ、意識が………


「グラウ……おやすみ」


「ああ、おやすみ、ソノミ…………」


〈2122年 5月17日 5:45PM〉


「はあっ……ふう……」


「ぐっすり寝てたよな、お前」


「ほんとそうだ。ここ数年間の中で一番気持ちの良い睡眠だったかもしれない」


「……よく真顔でそんなことを言える」


「何か言ったか?」


 結局数時間単位ソノミの膝の上でお世話になり、すっかりお腹の調子はよくなった。それどころが身体全体の疲れが一気に吹き飛んだようだ。ただの枕なんかよりずっと快適なソノミの膝――またしてほしいなどという浅はかな考えが頭をよぎってしまう。


「だが悪かったな。こんなに時間をとってしまって」


「いや、別に構わない……記念写真二枚目も撮れたしな」


「記念写真……?」


「ああ、気にするな。お前には関係ない」


 なんだか意味深なワードが聞こえてきたが…まぁいいか。それより――


「やっと俺たちの番が来たようだ」


 時間的にもう二つアトラクションしか乗れないといったところ。そのためソノミと話し合い、このアトラクションは行っておこうということになった。


「ゾンビハンターズドライブ」


 「二人乗りの車の乗り、襲い来るゾンビを倒せ!」というのがこのアトラクションの宣伝文句である。俺たちが乗ろうとしているこの黒のオープンカーは自動運転。搭載された四丁の銃を使い、プレイヤーはゾンビを撃ち殺す。このゲームの趣旨は、どれくらいゾンビを倒しきれるかということが第一しており、そのため車にヒットポイントが存在しているわけではない。


「グラウ、わかっているな?」


「競い合うんだろ?」


 ソノミがこのアトラクションに食いついた理由はいかに多くの点数がとれるかというポイントだ。そこまで本気になって遊ぶアトラクションではないと思うが――競い合うというのであれば俺も悪い気はしない。


 ということで、俺が右側、ソノミが左側に乗る。


「だが、何のハンデもなしにやったら確実にグラウが勝つだろ?」


「さぁ、どうだろうな?この銃はいつもの拳銃ではない。軽いし、なにより手になじまない」


 見た目はよくドラマで見かけるような普通の黒い拳銃。しかしあくまで子供が握ってピッタリぐらいのサイズ。そのため持ちずらいし、確かな重みもない。そしてなによりケーブルがつながっているため上に投げることも回転させることもできない。


「とはいえだ。私は普段刀だ……そうだ、お前は一丁でやれ」


「一丁か……まぁ、いいか」


 ソノミは二丁、俺は一丁。武器が少ないことは普通に考えれば決定的な差が生まれる。でも別に構わないだろう――すまないが、もう計略は始まっているのだから。


「負けた方は勝った方の命令を一つ聞く。グラウ、定番だよな?」


「ほう、そんな自信あるのか?」


「当たり前だ。お前は一丁だ。いくらお前が銃の使い手だといえども手数の少なさは致命的だろ?それで私はお前に何を頼もうか……」


「別に何でもいいぜ?」


「ほう、言質はとったぞ。いいだろう、ならば私はお前に命じよう――私にキスをしろ」


「はあっ!?」


「男に二言はないだろう?」


 冗談か?いや、顔を赤らめているし……もしかしてソノミ、本気なのか?


 わからない。ソノミが何を考えているのか。だってそうだろ。ソノミが俺のことをなんとも思ってはいないなら、そんな命令はしてこない。だからソノミは――俺のことを?考えすぎ…なのか?その場のノリというやつか?――だが、だとしても俺は――勝負に負けるつもりは一切ない。


「ならばソノミ、俺の命令はこうだ。また膝枕をしてくれ」


「……そんなことでいいのか?」


「そんなことって、かなりソノミに負担をかけることを頼んでいると思うんだがな」


「いや、別にお前の頼みならいつでもしてやるが……ほら、こういう時ってもっと、ほら……」


「もっと……なんだ?」


「いやらしいことを頼むもんじゃないか?」


「………」


 たぶん俺は今、今日一番の真顔をしていることだろう。


「……そうだよな、興味ないよな、私のことなんか……」


 あれ、なんだその反応。なんでそんな気落ちした表情しているんだ?


「いっ、いやそんな変な方向にネガティブにならないでくれ!いや、後輩に興味あるなんて大声でいえないだろ!」


「じゃあ私にそういう興味があるということか!」


 揚げ足をとられたか――ええい、こうなれば!


「……ああそうだ!ソノミみたいな美少女みて何も思わないほど俺は節操がある人間じゃない!」


「そうか、それは良かった!ならば私に勝てばお前は私を好きなように――!」


 ガゴン、という音とともにゾンビの声が聞こえてきた。アトラクションが始まったということだ。


「話はあとだ。とりあえずこのゾンビどもを倒す!」


 右手に銃を握りしめる。相棒に比べれば文句しかでてこないものだが、こいつにすべてを託そう。


「ああ、お前に勝つ!そしてお前にキスを……お前をふりむかせてやる!」


 うん?なんか最後によくわからないことが聞こえてきた気がするが……まぁいい!


「いいぜ、Go(やれ) ahead(るもの),make(なら) my(やって) day(みろ)!」



「ちょっとは手加減しろよ、お前っ!」


「十分しただろ?俺は一丁だ」


「ちいっ……」


 ソノミには悪いが、俺は敗北の二文字が大嫌いなんだ。さて、無事に勝てたことだ。ネタ晴らしをしても良いだろう。


「実はこのアトラクション、右側の方が1.2倍ゾンビが多く出現するんだ。それとあの銃だが、実は二丁同時に撃つことが出来ない。一方撃ってからもう一方撃つまでの間隔と、一丁で撃ち続ける間隔は同じ。対象に銃口を向ける時間を考慮すれば二丁の方が有利と言えるが、そこまで一丁と二丁とで歴然たる差異はない」


 実はネットの記事でこのアトラクションの高得点の狙い方を調べていた。もしかしたらソノミもそ事前に調べてきたかと思いはしたが、彼女が自然に左側に座ったことでそうでないことは明らかだった。


「……流石はグラウ。神算鬼謀をめぐらしていたのか」


「いや、別に利用できる情報を利用したに過ぎない」


 その実ただ大人げないだけではあるが。


「それで、お前は私に何を望む?どんとこい。お前の好きなことを命じるがいい!」


「そうだな……」


 先ほどのソノミの発言がリフレインする。膝枕でも十分ありがたいのにそれ以上にしろと。いったい何を頼めば良いんだ――ソノミに負担を掛けず、それでいて噛み付かれないようなこと――


 鐘の音が響く(ゴーンっ)!思考の迷宮に捕らわれている俺の鼓膜が、六時を告げる壮大な音で震える。


「そういえば城に巨大なベルがあったな」


 この音は子供たちにもう遅い(6時)から帰りなさいと伝えるものらしい。そしてこの遊園地は閉園が速い。この鐘の音は、それまで残り2時間であることを意味する。アトラクションには待ち時間もある。それを考慮すればもう残り一つしか乗れないといったところか。


「ソノミ。俺からの命令は観覧車までに考える」


「……優柔不断なやつめ」


 そう言われるのも仕方ない。情けないとは思っている。でも仕方ないだろ。俺だってわからないんだ――ソノミの俺に対する気持ちがいったいなにものなのであるかが。

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