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これが僕らの異能世界《ディストピア》  作者: 多々良汰々
Intermission1 乙女る青鬼は初恋の香りと共に…
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乙女る青鬼は初恋の香りと共に… 承-後編

〈2122年 5月17日 9:55AM〉―グラウ―


「ふう…やっと出られた……」


 ぎゅうぎゅう詰めのバスの車内から降り、大きく深呼吸をする。新鮮な空気を肺に取り込み、バスの車内のよどんだ空気を外に吐き出す。


 結構早く家から出たつもりだったが、着いたのは集合時間の五分前になってしまった。流石は休日の遊園地。家族連れやカップル、若い学生集団からお年寄りたちまで、老若男女問わず多くの人種がこの遊園地に遊びに来ている。人の多い空間が苦手な俺にとって、少し息苦しさを感じるが――来たからには楽しむ。そうしなければ今日という日は無駄に終わってしまうから。


 しかし意外だった。ソノミも俺と同じに人がごった返すような場所は苦手だと思っていた。遊園地のチケットを見た時点でそれを破り捨てるかと思えば、むしろ遊園地行きを賛成するなんて。でもよくよく考えれば不思議ではないか。ソノミは19歳。そういう年ごろと言えば年ごろ――いや、1歳しか離れてない俺もそうではあるのだが。


 さて、待ち合わせの女神の噴水は……あれか。って、なんかやけに男どもの視線集めている少女がいないか?花柄のオフショルのトップスにかなり短いミニスカート……っておい!あれは、まさか!いや、俺の目がおかしいわけじゃないよな。あの子は――ソノミだよなっ!?


「まじかよ……」


 無意識のうちに言葉が漏れていた――ソノミは美少女だ。それは仲間だからとか付き合いが長いからとか、流魂から任されたからとか、そういう贔屓目なしに見て、俺の主観および客観的に見ての評価だ。顔はまだ幼さが残るが、端正な顔立ちをしているのは確か。切れ長の青の目に、細い顎。ネルケのような異次元のスタイルはしていないにせよ、小柄で細身。少女のかわいらしさがある。しかし俺が知るソノミは、任務をこなしている時に来ている黒の装甲服か、普段着ているジャージ姿のみ。たぶんそんな色気の欠片もない服を着ていたから、ソノミの容姿の良さは半減していたのだろう。しかし今日は、その美少女としての本質が遺憾なく発揮されている。すなわち――俺は今どぎまぎしているというわけだ。


 どうしようか。あんな可愛い子に話をかけていいのだろうか。俺はどこにでもいる灰がらみたいな髪をしたもやし野郎に過ぎないんだぞ。ソノミに申し訳ないだろ。どう考えても釣り合ってないだろ。しかし――他の見ず知らずの野郎どもがじろじろソノミを見ているというのも、俺は許せないわけだが。よし。


「悪い、待たせたか?えっと……ソノミでいいんだよな?」


「グラウっ!」


 凛とした声が鼓膜を震わす。そうだ、この声は確かにソノミの声だ。琴の音のような繊細さとともに、彼女の根にある強さが聞き取れる。


 ソノミが俺を見つけ駆け寄ってくる。そして気が付いた。彼女は匂いも着飾っているということに。普段から微かにサンダルウッドの匂いがしていたが、今日はよりはっきりとした匂い。それは別にきついというわけではない。落ち着いた雰囲気を感じさせるさわやかな匂い。まさにソノミにぴったりだ。


「悪いな、待ったか?」


「いっ、いやそんな待ってはいない……それで……」


 良かった。あまり長い間待たせてなかったなら安心だ。で、ソノミはいったい何をもじもじしているんだ?


「どうだ、この格好、変じゃないか?」


 待てよ、そう顔を赤らめて上目遣いで見てこられると……俺だって困るんだよ。まったく――ネルケは自分が傾国であることを理解していた。そのうえで俺に猛攻をしてきたわけだが、ソノミは彼女の真逆だ。ソノミは自分の容姿の良さに気が付いていない節がある。故にこれは意識的に狙ってやっているわけじゃない。そう、無意識だからこそ余計に業が深い。


 落ち着け、俺。俺はソノミより年上なんだ。そしてソノミの先輩じゃないか。だったらソノミの前ではその立場を踏まえた行動をするべきだろ?そう――いつも通り振る舞えばいいじゃないか。


「……似合ってる」


「あ?なんて言った?」


「超似あっているぜ、ソノミ。少し意外だったが、でもそういう恰好をしている方がいつもより可愛いと思う」


「か、かわいい…か……」


 そっぽを向いて表情を悟られないようにしているようだが、耳が真っ赤に染まっているのはよくわかる。だが照れているのはソノミだけじゃない――やっぱり俺は、こんなセリフを言うガラじゃないみたいだ。


「おっ、お前も似合っている……」


「そうか?少なくともソノミなんかよりは全然こだわって来なかったが……申し訳ない」


 俺が着てきたのは黒のライダース、その下に柄シャツ。濃い目のジーンズという恰好。正直、家にあったもので一番様になったものを適当に選んだだけである。


「いや、そんなことはない!というかお前だってかっこいいからな!……それは普段からそうなんだが……」


「なんか言ったか?」


「なんでもない!」


 聞き取れない部分を尋ねたら、またどこかを向かれてしまった。ここでのソノミはなかなか視線をあわしてはくれない。


 たぶん、今日はいつもの俺たちの関係じゃないんだろう。この遊園地という特殊な空間に来たことで互いに浮ついている。それに加え、俺はソノミをいつものように見られない。ただの後輩という意識より、むしろ一人の女の子そして――こんなふうに思ってしまうのは、二日前にソノミが「デート」と言いだしたからだ。


 しかしだ。ここは入口の手前ということもあって人通りが多い。まぁ今の俺たちは傍から観ればカップルとしか思えないことはわかる。事実そうではないのだが……もしかしたら誰かの彼女かもしれないのに、男というものは見境ない。ソノミへと多くの視線が集まって止まないことにはいくら鈍感な俺でも気が付いている。


「ソノミ、来い」


 ソノミの右手を掴む。白くて細い。この腕のどこにあの青鬼の力が宿っているのか想像がつかない。


「ちょっ、グラウ!?」


「ここにいると落ち着かない。人通りの少ない場所に行くぞ」


「おっ、おう!」


 半ば無理やり、ソノミを引っ張っていく。俺たちを見て、周りの野郎どもが憎悪の視線と、そして敢えて俺に聞こえるような舌打ちをしてくる。


 「どうだ野郎ども。だがあんたらにはソノミは相応しくない」そう心の内で呟いた。俺は流魂にソノミを任された。だから、少なくとも俺を超えるような男じゃなきゃソノミの相手とは認めない。流魂、あんたから引き継いだ兄の役目、今こうして果たしているからな。


―ソノミ―


「ここでいいな」


 グラウが私を引っ張りたどり着いたのは、入口から離れた、人通りが少ない遊戯スペース。グラウに促されるままにベンチへと腰かける。


 でもよかった。グラウが来てからというものの女どもの視線をグラウが集めていた。まったく、グラウのことをなんも知らないくせに!――と、叫びたかったがそれは胸の内にしまい込んだ。


 それにしても、今の私たちはカップルに見えるよな?ああ、そうに違いない!ふっ、どうだネルケ、お前にかなりリードをつけてやったぞ!元はと言えばお前が用意してくれた機会だが、このまま良い雰囲気を作れば――


「どうした、ソノミ?」


「いっ、いや、なんでもない!」


 自分の世界に入り込みすぎたな。とにかく頑張らないといけない。今日という日は二度とやってこないのだから。


「ソノミ、一応昨日のうちにアトラクションを巡る順番を考えておいたんだが――」


「それで構わん。私はお前に従う」


 流石はグラウ。作戦を考えることはやはり十八番といったところか。グラウの策なら、敢えて私が口出しをする必要もあるまい。


「………」


「どうした?」


 なんだかグラウが少し残念そうな表情をしているが……どうしてだ?


「いや、なんだかそんな固い返事をされると、まるでこれから任務をこなすみたいだなと思ってな」


「あ………」


 言われてみればそうだ。これじゃいつもと変わらない。えっと、そうだな。まぁ、他者から見ればどうみてもカップルなわけだし、ちょっとそういう感じの反応をしてもいいのかもしれない。


「げふん……えっ、ええ構わないわ、グラウ♪」


 どっ、どうだ?いつもより高い声を頑張って出したぞ。媚び媚びで、なんだかネルケに似ている気はするが――


「………」


「おいッ!」


 目を丸くして唖然といった表情―――なんだよその反応!何か言えよ、恥ずかしくて死にたくなるだろうが!


「いや、ありだな」


「はぁ!?」


「……今のは聞かなかったことにしてくれ。やっぱりいつも通りでいこう。自然体の方がいいだろ?」


 くっそ、こいつ、人に恥ずかしいことをさせやがって……まぁ、勝手にやりだしたのは私だし、ただ自爆しただけではあるが。でも、確かにそうだな。服装を変えることは出来ても、私のこの不愛想な性格はちょっとやそっとで変えられるわけじゃない。いつも通りの私でいくとしよう。


「そうだな――で、まずは何処に行くんだ?」


「よくぞ聞いた。遊園地の定番と言えば?」


「――ジェットコースター、か」


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