第5話 皐月の夜は明け、光は満ちて…… Part5
〈2122年 5月8日 10:17AM 第一次星片争奪戦終了まで残り約2時間〉―グラウ―
モアナ遊園地。彩奥市北東に位置するここは、休日・平日関係なく人を集める彩奥市一の観光スポットとして親しまれている。広大な敷地に多くのアトラクションを取りそろえ、なんと巨大なサッカースタジアムも隣接している。
「星片など落ちなければ、ここもこんなことにはならなかったのにな」
子供の笑い声、カップルたちの楽しそうな声が聞こえてきそうなこの遊びの楽園は、いまや銃声が響き、兵士たちの断末魔が木霊する失楽園になっている。まったく皮肉なものだ。ここは結界内部で一番の激戦地帯。結界が消滅したとしても、後片付けにいったいどれだけの時間がかかるだろうか。日本政府は当分の間彩奥市を封鎖することを余儀なくされるだろう。
「ちょうど良いところに陣取れたわね」
「遊園地に人員を回すのでどこの勢力も手一杯なんだろうな。WGの兵士がたった数名だったのは運が良かったな」
いくら通信を盗み聞きしたところで、この目で状況を把握しない限り、具体的な作戦を立てることは出来ない。そこで俺たちは遊園地を一望できる場所に行く必要があった。遊園地の手前、この冴島本社ビルはまさに適した立地にあった。もちろん上っていく最中に潜伏していたWGの兵士たちと交戦はしたが、相手は非異能力者のみ。異能力者三人がかりなら余裕で突破することが出来た。
「見たところ情報通りだな。WGは遊園地の至る所に兵を配置している。毘沙門も兵士をまんべんなく展開しているようだ。しかしテラ・ノヴァは少し遅れてきたためか、南ゲート付近に兵が集中している」
「あのゲート付近にテラ・ノヴァの異能力者がいるな。分身している」
「あのポーラっていう子は見えないわね。そう言えば、団地で見た煙の異能力者がいたら、ここからでもわかりそうなものだけれど・・・・・・」
異能力者は各勢力にとって切り札と言っても過言ではないだろう。故に彼らの配置は戦局を大きく左右する。ポーラや煙の異能力者が戦いに加わった場合、たった一人の参戦だけでも大きく戦況は変化するだろう。
別に俺たちは戦局がどうなろうがかまわない。目標は星片の奪取のみ。ただ差し当たり直面している大きな問題は――
「この広大な敷地の中からどうやって星片を探し出すかだな・・・・・・骨が折れそうだ――」
「お困りのようだね、灰鷹っ!」
「!?」
背後から聞こえた声に即座に身構えた。振り返り見た先にいた3人の内の1人は、色素の薄い金髪、紺色のスーツ、スカーフ・・・・・・その人物には見覚えがある――
「スクリム・・・・・・テウフェル?」
「灰鷹、会いたかったぜ!」
どうしてこの少年がここにいる?いや、おかしな話ではないか。あちらも星片を狙っているというならば。しかし――
「人の話を忘れたか?二度と俺の前に姿を現すなと言っただろ」
「はははっ・・・そんな睨まないでよ、灰鷹。でも別に約束を破りに来たわけじゃない」
「・・・は?」
約束?姿を見せるなと言ったが・・・あれは命を助ける代わりの命令。この少年と何か約束した記憶などない。
「(おい、グラウ!)」
「(なんだ、ソノミ?)」
隣にいたソノミがスクリムたちには聞こえない小声で俺の名を呼ぶ。
「(お前、あいつと知り合いなのか?)
「(まぁ・・・因縁があるというべきだろうな。敵かどうかは、まだわからない)」
あの時この少年は急に襲ってきた。それこそ宣戦布告もなしで。しかし今回は雰囲気が違うように感じる。どややら俺たちの前に姿を現したことに何か理由があるようだ。
「灰鷹、困っている。そうでしょ?」
「それはもちろん。困りごとのない人間なんてそう多くはいないぜ?」
「はは!それはそうだね。じゃあ一つ提案させて。星片のだいたいの位置を教える。どう、知りたいでしょ?」
先程の俺たちの会話が聞こえていたのだろうか?それともたった三人しかいない集団が星片の場所を知るわけはないという憶測からその言葉が出たのか。いずれにせよ星片の位置を知りたいのは事実。しかし、見返りもなくそんな重大な情報を敵に教えるような人が果たしてこの戦場にいるのだろうか。
「何を対価に欲しいんだ。返答次第でこちらの出方を決める」
「あっ、いいかな?灰鷹・・・えっとグラウって言うんだよな、君?」
「ん?そうだが」
スクリムの右に立つフレッシュな風貌のスーツな男が一歩前に歩み出てきた。
「君にはとても感謝しているよ。うちの若頭が馬鹿な真似をして飛び出していってな。下手をすれば帰ってこなかったと思うとまだ叱り足りないと感じるよ・・・・・・偶然戦った相手が君で良かった。うちの若頭を五体満足に帰してくれたことに、改めて礼を言わせてくれ!」
言い切ったそばからフレッシュマンは90度の角度に腰を曲げてくる。
「私も君に感謝させてくれ」
今度は左隣の知的なメガネの男が一歩前に出てきてフレッシュマン同様に腰を曲げる。
「スクリム様はテウフェルを継ぐ身。もしも何かあられては一家に後継者争いが勃発し、ボスも頭を悩ませ悲しみに明け暮れていたことでしょう。そこでなのですが――」
二人が腰を起こし、俺へと視線を合わせてきた。
「私は千里眼の異能力があります。私の異能力を使えば、星片の位置が掴めるのです」
「なっ!?」
千里眼。遠隔地の人の心や出来事を把握できる能力。眉唾ものの能力だと思っていたが、それが異能力だというなら確かに存在するといえるだろう。その異能力があれば、WGが隠し持っている星片の位置もわかる。
「それと、君たちが遊園地に侵入出来るように囮になろう。この厳重な警備を突破するには三人では厳しいだろ?」
「まっ、待て。勝手に話をするめるな!あんたらの言っていることは・・・つまり見返りを求めていないのか?スクリムを助けたがために、あんたらは星片を獲得する機会を捨てるというのか?」
合理的に考える限りでは、彼らの提案はおかしい。裏があるのではないかと勘ぐらないわけはないだろう。
「そういうことになる」
「まぁそもそも、星片なんて狙ってないしね。灰鷹たちとは違ってさ」
もしかしてこの少年、本当に戦いたいはためにここに来たのか?
「――若頭。懲りてませんね?」
「ちょっとビーザ怒んないでよ!っていうか、ミノも表にしていないけどキれてるよね!?」
「私たちは護衛であっ、て子守ではないと述べておきます」
フレッシュ・ビーザとメガネのミノ。あの二人もなかなか大変なんだな。
「あんたらの苦労は痛いほどわかるよ。大変だよな、仲間に勝手にどこかにいかれると」
「ぎくっ!」
隣の誰かさんも反応している。もう一人も無事に救えたら良かったんだけれどな。
「あんたらが嘘をついていないということはわかった。スクリム、答えてくれ。あんたらの提案はあんたらが何も得をしない。俺たちばかりが得をする。それで本当に良いのか?」
「えっ、良いよ灰鷹。あの時邪魔をしに行かないってオレ言ったでしょ?それを果たしに来ただけだから!」
「スクリム・・・・・・!」
確かに少年がそんなことを言っていたことを今になって思い出した。だが邪魔をしないというのは干渉しないという意味にとどまるものだと思うが、まさか手助けまでしてくれるとは――案外こいつは良いやつなのかもしれないな。
「提案を受け入れるでいいね。それじゃあミノ、頼んだ!」
「はい、スクリム様」
そう返答すると、ミノは右手を側頭部にあてがった。あれが千里眼の発動条件なのだろう。
「灰鷹も銃の腕前すごいけど、ミノもすごいんだぜ。百発百中の凄腕ヒットマン」
もはや無警戒にスクリムが俺に近づいてきた。用心が足りないと思うが、俺がもし手を出したところでこの少年なら反撃するくらいの気骨はあるか。
「スナイパーか。俺はこいつしか慣れてないからな」
「ハンドガンねぇ。確かにあんな戦闘するなら動きやすいそれが灰鷹にはお似合いかも・・・・・・お似合いかもで思ったんだけどさ、灰鷹」
「おい、なんだ。いきなり!」
肩を掴まれ後ろを振り向かされた。そんな親しい間柄じゃないんだがなッ!
「どっちが灰鷹の彼女なの?」
「はあっ!?」
「いや、灰鷹実際もてるでしょ?キザで大人な感じとか、戦闘スタイルとかさ、男のオレでも惚れ惚れするんだぜ。で、どっち?それとも両方?」
「どっちでもない!だいたいそれをあんたに教える義理もないだろ!」
スクリムの手を振りほどく。ネルケとソノミが彼女?そんなはずないだろ。確かにそうなったら幸せだろうが・・・俺みたいなやつにはもったいない。
「ふ~ん。まぁ、いいや。次に会うときには進展していれば良いね」
「おい、次に会う機会って――」
「判明しました」
問いただそうとした瞬間、ミノが声を上げた。スクリムが何を言わんとしたか気になるが、今は一刻も早く星片の位置を知りたい。
「絞れるところまでは絞ったのですが・・・どうやら星片のフェイクが二つあるようで、候補は三つあります」
「WGならそういうことが出来そうだな」
WGの親元WOは既に第一星片を入手している。となれば、星片を模したただの石を準備しておく周到さがあってもおかしくはない。
「星片を持っている候補はいずれも異能力者です。一人は噴水前、二人目は劇場。三人目はサッカースタジアムにいます」
「感謝するぜミノさん。当然のことだが散らばっているか」
「だがちょうど三人だ」
「わたしたちが各個撃破すれば良いわね!」
人数を考えればそれで問題はない。誰が持っているかは出たと勝負か。
「それじゃあ灰鷹。オレたちがはでに暴れて他の勢力の注意を引く。その間にがんばれよ」
「ああ。だがちょっと待ってくれ」
「「「うん?」」」
ネルケ、ソノミ、そしてスクリムが小首をかしげた。時間をとってもらって悪いが、こういう一大事の前にはこれは欠かせない。
「ギブミエナジー。やっぱり俺はこれだ!」
プルタブを引き、一気に半分呷る。
「プハーー!」
うまい。激戦の前のパワー注入。この一本が俺に力を与えてくれる。
「ネルケとソノミには聞くつもりはないが・・・スクリム、あんたも飲むか?」
好意的に振る舞ったつもりだが、返ってきたのは渋い顔だった。
「えっ、遠慮しておくぜ。オレ、昔それ飲んでさ・・・・・・」
「あの日は大変だったんだよ」
「スクリム様は丸1日寝て過ごされたのだ」
「はっ?」
ギブミエナジーは活力を与えてくれる物であって、体調を損なうものでは決して無いんだが・・・・・・またギブミエナジーの敵の登場か。
「わかった・・・・・・ふう」
最後まで飲み干した。さて、この缶は――
「ポイ捨てしないところも灰鷹の良いところだね」
「当たり前だ。環境に悪いからな」
ボディバックの中に戻した。これは後でゴミ箱に処分することにしよう。
「スクリム、そっちは任せるぞ」
「もちろん。がんばれよ、灰鷹も!」
スクリムが右手を出してきた。俺もそれに答え、握り替えした。
「じゃあ、先に行く。達者で」
「ああ。感謝する」
スクリムは二人の部下を連れて階段を下りていった。さて――
「ネルケ、ソノミ。俺たちもいくぞ!」
「うん!」
「ああ!」
向かうとしよう。この戦い、必ず勝ってみせる――




