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これが僕らの異能世界《ディストピア》  作者: 多々良汰々
第一次星片争奪戦~日本編~
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第4話 透明の狂気 Part11

-グラウ-


 粉塵と化してしまったゼンの元へと膝から崩れ落ちた。この粒子の一つ一つが、ゼンであったことなんて納得できるはずもない。こんなものに彼の面影なんてものを一片たりとも感じることは出来ない。でも俺はこの目で見たんだ。だから自分に言い聞かせなくてはならない。これはあいつの遺灰に等しいと。これがゼンであるのだと。


「……ッ!くっ………」


 瞑目することすら許されなかったなんて残酷すぎるだろう。せめて最期に、彼の瞳を閉じてやりたかった。


 粉塵の山に手を入れて、それ(・・)を探る――あった。どうやら、これ以外は全て崩れてしまったようだ。髑髏が刻まれた黒のピアス。これだけがゼンの形見だ。


 丁度良い。細い釘が落ちていた。これならば穴を開けることが出来そうだ。本当はピアッサーやらニードルやら使うって本人から聞いたけれど……これを用いても目的を果たすことは出来るだろう。


「いっ………うっ……」


 左の耳たぶに激痛が走る。小さな穴だというのに、ここまでの痛みとは。溢れ出た血が頬を伝って零れ落ちていく。痛みが落ち着くまで、少し時間がかかりそうか。


「ゼン、グラウ!無事か?」


 聞きなれた少女の声――ソノミ、そしてネルケが礼拝堂に入ってきたようだ。二人の足音が近づいてくる。


「おいグラウ、ゼンは……あいつはどこだっ!!」


「…………」


「ソノミ……」


 答えられなかった。口に出すことが出来なかった。ネルケはこの状況を見て察してくれたようで、ソノミに耳打ちをしている。


「ゼン……」


 ここで何が起きたのかを理解したのだろう。ソノミが俺の右隣に膝をついた。


 情けないな、俺。俺の口からちゃんと言わなくてはならないのに。それが俺の出来る唯一のことなのだから。


「俺が来た時にはもう遅かった……ゼンは石に変えられていた。来たときにはまだその姿のままいてくれたんだがな………不意の内に崩されてしまった」


「……そうか………」


 うなだれるソノミの顔を見ることは出来ない。ただその肩が震えていることだけは見て取れた。


「グラウ、ゼンをこうしたやつはどこにいる?」


 後ろを指さす。あの男も原形をとどめては居ない。


「あの石の欠片だ。異能力を反射させて自らを石に変えてやった。苛立たせる石像だったからな。殴って壊した」


 未だに右手が痛む。本来ならば処置が必要なのかもしれない。でも良い。傷はいずれ治るんだ。でもゼンのことは、時間が解決してはくれないんだ。


「悪い……俺がもう少し早く駆け付けていれば、ゼンを救えたかもしれない」


「グラウ……お前のせいじゃない。私が消えることがなければ、お前はゼンに集中出来たはずだ。だから私の――!」


「そんな自分の責任だって言い争って何の意味があるの?」


「……ネルケ?」


 俺とソノミの間にネルケが立った。彼女のしかめた顔には、内の憤懣が現れているように見える。


「ゼンとお前が過ごした時間は短いだろ。これは私とグラウの問題だ」


「違うわ。確かにわたしが三人と過ごした時間はほんの少しかもしれない。でもわたしにとってグラウとソノミが仲間なのと同じように、ゼン君だって仲間だって思っていたわ。だから二人だけの問題なんて言わないで」


 ネルケの声の調子に怒りの色が感じ取れる。


「大切な人を失った痛み、それがどれほどつらいものなのかはわたしにもわかるから……起きてしまったことはもう変えられないの。どんなに神様に願っても、神様は命の灯火を二度と点けてはくれないの。神様はただ運命(シナリオ)を執行するだけなのよ――」


 ネルケはどこか遠いところを見つめているようだった。その瞳はどこか儚げで、彼女も同じ経験をしてきたのだということを物語っている。


「ゼン君と違って、わたしたちの時は進み続けるの。わたしたちは歩みを止められない。それが生きるということだから。ゼン君と同じ時間に生きることは出来ないのよ」


 まったくその通りだな――


 そういえば、いつだか読んだ本にこんなことが書いてあったな。「人生は川の流れと同じだ。我々は大河の一滴である」。大河の一滴に過ぎない俺たちは、川の流れに抗うことは出来ない。川の流れに従って、ひたすら下るだけ。俺たちは過去には戻れない。前を向いて、先に進み続けることしか出来ない。


「グラウ、ソノミ。はっきり言うけれど、ゼン君の目の前で喧嘩するなんてみっともないわよ。二人はゼン君を心配させたいの?」


「そんなわけじゃない。だが……」


「グラウも歯切れが悪いわね。ねぇ、グラウ。今わたしたちがするべきことは何?」


 するべきこと?俺たちが今ゼンにしてやれることは――


「………魂に救済をあれと、祈ってやることぐらいか」


「そう。祈るの。ゼン君の魂に安らぎがあれと。二人のくよくよしている姿を見たら、ゼン君だって安心して旅立てないわ」


 そうだ。こんな姿、かっこうがつかないじゃないか。俺はゼンの先輩なんだ。そのことは今だって変わりはしない。


「ネルケ……悪かったな。お前が一番、ゼンのことを思ってくれていたな」


「俺からも謝罪する。言われて気が付いたよ。ネルケの言う通りだ」


 こんな情けない姿を晒しては先輩失格かな。許してくれ、ゼン。


 俺が立ち上がると同じくして、ソノミも起立した。ネルケも俺の左に並ぶ。


「Rest in Peace、ゼン。どうかそこから俺たちを見守っていてくれ」

「冥福を。お前の分も、この刀に誓い戦おう」

「ゆっくり眠ってね、ゼン君。二人のことは任せて」


 深く祈る。神様を信じる人間ではないが、今だけは赦して欲しい。ゼンを救いようがないと見放さないでくれ。こんなやつでも俺の大切な仲間、後輩なんだ。どうかそちらの世界では、彼が幸せに生きられることを――


「きっとこれで、ゼン君も安心して旅立てるはずね」


「いつもみたいに道草を食うんじゃないぞ。お前はそういうやつだからな」


 黙祷を終え、少しだけ張り詰めた空気がほぐれたような気がした。ようやく深く息を吸うことができた。それに、もう良い頃合いか。


「グラウ、それはゼンの!」


「ゼンのピアスだ。唯一の形見だからな」


 まだ少し痛むが、リングを穴に通しカチっとはめた。


「こういうのはガラじゃないんだがな……変じゃないか?」


 鏡もないからどんな感じかはわからないが、正直ゼンほど似合っていないことは確実だろう。


「お前がつけるていることに少し違和感はあるが……変ではないぞ」


「ええ。かっこいいわ。グラウ!」


 そうか。それならよかった。本当は本人から感想を聞きたいが……俺がそっちに行ったら教えてくれよ。


「寄り添っていてやりたいが、ここに居てはずっと膝をついていそうになる。だから――行こう!」


 本当は連れて行ってやりたいが、骨壺なんてものはない。だから窓際に置かれていた花を拝借し、彼の前に供える。


「さよなら、ゼン」


 忘れないぜ、俺の大切な後輩――

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