変死 第1話
拓哉と綾乃は、青森へ向かう車の中にいた。
拓哉が運転する車の助手席では、綾乃が今回の事件資料に目を通している。
何枚もの資料を読み進めていた綾乃は、やがて眉をひそめた。
「こ、今回の事件って……牛の変死ですか?」
「ああ……」
拓哉は前方の道路を見つめながら答えた。
「数十年前から、この青森の辺りでは牛の変死が続いているらしい。
それで今回、俺たちのところに調査が回ってきたんだ」
「そ、それはそうなんですが……」
綾乃は少し不満そうに資料をめくった。
「こんな仕事、私たちの仕事じゃないんじゃないですか?」
「まあ、普通ならな」
拓哉は苦笑した。
「でも、今回の事件は普通の牛の変死とは少し違う」
「え?」
綾乃が顔を上げる。
拓哉はしばらく黙った後、
「死んだ牛が……全部、同じ状態で見つかっている」
と言った。
「同じ状態?」
「ああ」
拓哉は綾乃に説明するように続けた。
「外傷がほとんどない。なのに、体の中の血液だけが異常なほど減っている」
「血液が……?」
綾乃は資料に載っている写真を見つめた。
そこに写っている牛の死体には、確かに大きな傷は見当たらない。
まるで――。
眠っているようにも見えた。
「それだけじゃない」
拓哉が言った。
「死んだ牛の周囲には、必ず妙な痕跡が残っているそうだ」
「妙な痕跡って?」
「焦げ跡でもない。血痕でもない」
拓哉は少し間を置いた。
「地面が……円形に変色しているらしい」
「円形?」
「ああ。それも、牛の死体を中心にしてな」
綾乃は黙り込んだ。
数十年前から繰り返される牛の変死。
外傷のない死体。
失われた血液。
そして、死体の周囲に残される謎の円形の痕跡。
綾乃は資料をめくる手を止めた。
「……何だか、嫌な事件ですね」
「ああ」
拓哉も珍しく真剣な表情になった。
「俺もそう思う」
車の外には、深い山々が広がっていた。
やがて道路は山間部へと入り、周囲には民家さえほとんど見えなくなっていく。
綾乃は何気なく車の窓から外を見た。
その時だった。
遠くの山の中に――。
青白い光が、一瞬だけ浮かんだように見えた。
「……え?」
綾乃は思わず振り返った。
だが、そこには深い森が広がっているだけだった。
「どうした?」
拓哉が尋ねる。
「い、いえ……」
綾乃はもう一度、山を見つめた。
「今……何か光ったような気がして……」
「気のせいだろ」
拓哉はそう言って、車を走らせ続けた。
だが――。
二人が向かっている山の奥では、誰もいないはずの場所で、
「……モォォォ……」
低い牛の鳴き声が響いていた。
その声は、まるで助けを求めるように――。
深い森の中へと消えていった。




