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流星の魔女〜魔女見習いは魔都を飛ぶ〜  作者: ごこち 一
第五話「フィルの過去と月の魔女」

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5-44 その頃ゼブ島では~魔術師フォルテス~


 ゼブ島は、王国西の海にポツンと浮かんでいた。

 王国の領土ではあるのだが、どの貴族が管理しているのかすら不明な、国に打ち捨てられた島である。


 島の全周は二キロほどしかなくそう大きな島ではないが、その周囲は高い絶壁の崖となっており、潮の満ち引きに左右されることなく海の中にたたずんでいる。


 島の大部分は、人の手が付けられていないことを示すように木々が鬱蒼と茂っているのだが、崖に面した場所に人工的な建造物が不自然に建っており、誰が建てたのかも分からぬその白い建物は、まるで島を守る要塞であるかのようであった。


 元々の役割など分からぬ要塞めいた建物は、今現在、一人の魔術師によって狂気の実験の場と化していた。


 その魔術師の名は、フォルテス。

 眼窩(がんか)(くぼ)んだ骨ばった顔をした、どこか骸骨(がいこつ)めいた四十半の白髪の男である。


 十年ほど前までは王国の北に位置するバラックという国に仕えていたフォルテスであったが、同僚である他の宮廷魔術師との権力闘争に破れ、バラックを去った。


 研究一筋で生きてきた男にとって、権謀術数(けんぼうじゅつすう)渦巻く宮廷など水の合わぬ世界であったのは確かではある。が、同時に(たぐい)まれなる己の才能を認めぬ国と民の衆愚(しゅうぐ)に嫌気がさしていたのも事実であった。


 表舞台から去ったのち、フォルテスはとある組織に属していたのだが、そこでも水が合わず、組織からも離脱し、ゼブ島にて己の研究に没頭する日々を過ごしていた。


 フォルテスの研究内容は『魔物の操作』。

 元々は魔物の襲撃に怯える人々を(うれ)い始めた研究であったのだが、今や当初の目的などみじんも残っておらず、己の研究の、そして己の力の正当性を示すためだけの研究に成り下がっていた。


 それを示すかのように、今も四肢を椅子に拘束された年齢三十程の男を見るフォルテスの目は冷たく、まるで野ネズミでも見るかのような(さげす)みの色に満ちていた。


 拘束を解かんと暴れる男の怒号が、白く静ひつな部屋の中に響く。


 フォルテスは暴れる男から視線を外すと、手のひら大のキューブを鼻歌交じりで(いじ)り始めた。拘束された男を見つめていた冷めた視線と違い、実験の準備を始めたその目は、ギラギラと熱を帯びている。


 部屋には、肉の少ない骨の様な体を虚栄と自己顕示欲に満ちた派手な外套(マント)で隠すフォルテス以外にも、簡素な灰色のローブで身を包む男の姿があった。


 フォルテスは、部下であろうその男から二つの青い宝石を受け取ると、それを両手で掲げ、至極嬉しそうに骸骨の様な顔をニタリと歪めた。

 小指程の大きさの宝石は磨かれたように美しく、醜悪なフォルテスの顔を映し出していた。だが、フォルテスの目に自分の顔など映りはしない。


「うむ、うむ、うむ。これならばこ奴らでも扱えよう。さぁ助手よ、さっそく試そうではないか」

「はい、フォルテス様」


 喜び猛るフォルテスの声と違い、助手の男の声は平坦で感情が見えない。

 椅子に拘束されている男の元へ、そんな声に似た無表情さで助手が近づく。

 その左手には、先程フォルテスが準備していた手のひら大のキューブが握られていた。


「何をする気だ。や、やめろぉぉぉぉぉ。止めてくれぇぇぇ」


 制止を願う男の声を無視し、助手は男の頭を右手でガッと掴むと、キューブを男の(ひたい)へ押し当てた――瞬間、拘束されている男の体がビクンッと跳ねた。

 同時に男の口からは絶叫が放たれ、一瞬で血走った瞳が大きく開かれる。


 男を襲うは、痛みか苦しみか?


 押し当てたキューブが光る中、男の四肢がガタガタと震え、その苦しみを如実(にょじつ)に表していた。だが、助手の男に拘束された頭部に揺れ一つなく、押し当てられたキューブが額から離れることもなかった。


 男の絶叫が続く中、キューブから光が消えると共に、助手が男の額からキューブを離した。

 キューブの当たっていた跡には、まるで別種の生物がそこに存在しているかのように、ぐにゃりぐにゃりと脈打っている。


 脈打つたび走る頭の痛みに耐えられず、憔悴(しょうすい)した男が悲鳴を上げる。

 男はその時、思い知っていた。


 同じ調査隊であった同僚たちが、牢から連れ出されたあと、どんな目に遭っていたのかを。時折聞こえていた悲鳴が、どれ程の痛みによるものであったのかを。

 そして、自分の身にこれから待ち受けるであろう、死という現実を。


「た、頼む。俺は何も見てない、喋りもしない。国にもそう報告する。だから頼む。助けてくれ」


 口から唾液を飛ばすことも(いと)わぬ男の必死な助命に対し、フォルテスは面倒くさそうに溜息を吐きながら男へ近づく。

 溜息に続き、尊大な声がフォルテスの口から放たれた。


吾輩(わがは)の研究を奪おうとした罪人風情が何を言う。お前のような者が世界の(いしずえ)となれるのだぞ。むしろ光栄に思うべきではないか」

「違う。俺たちは――」


 男の側まで来たフォルテスは、反論を許さなかった。

 男の口を塞ぐよりも早く、フォルテスは右手に持った青い宝石を男の額に押し当てていたのだ。


 額に当たった宝石は、まるで脈打つ皮膚と同化するかのように男の額へと沈み込み、その前後半分を表に出す形で額の中心に収まった。


 だが、同時に額に宝石を埋め込まれた男の両目はバラバラな方向へと動き出し、目と鼻と口からは体液がダラダラと零れ始める。拘束された四肢だけでなく、首や胴までもピクッ、ピクッと小さく跳ねており、誰の目から見ても異常な状態を示していた。


 しばらくの間、男はビクッと動き続けていたが、すぐに動かなくなってしまう。

 焦点の合わぬ目は、男を正面から観察しているフォルテスを捉えていない。


 口を開けたまま呼吸をしている事だけが、男がまだ生者であることを証明していた。しかし、もうまともな生者とは呼べぬだろう。


「ふむ。また失敗だ。やはりこの程度の凡愚(ぼんぐ)では、吾輩の御業(みわざ)に耐えられれぬようだ……ふむふむ」


 実験台にした男には興味を失ったらしく、もう既にフォルテスは、左手に持つもう一つの宝石をギョロリと観察していた。

 そしてフォルテスは、その宝石を己の右指にはまっている指輪に押し当てた。


 まるで同調するかのように輝きを放つ、宝石と指輪。

 光が治まったあと、フォルテスはまるでゴミでも捨てるかのように助手へ向け宝石を放り投げた。


「いつも通りマーマン用だな。助手よ、これは処理しておくように」

「はい。しかし、使えそうな実験体がもう残り少なくなってしまいましたが、いかが致しましょう?」


「ふむ、困ったものだな。また奴らに働いてもらうとしよう。その為にあの下種(ゲス)どもを飼っているのだからな。あとで部屋に呼べ」

(かしこ)まりました、フォルテス様」


 部屋をあとにするフォルテスを、助手の男は(うやうや)しく見送る。

 フォルテスの足音が遠ざかったあと、助手の男は、目と口を開いたままピクピクと微動する男を軽々と担ぎあげ、部屋をあとにした。


 助手の男は男をずだ袋のように抱えたまま、白い廊下を進み、廊下の突き当りにある両開きの扉を肩で押し、中へと足を踏み入れた。


 部屋の中は広く、無数の筒が並んでいた。

 人一人が立って入れる程の径をもつ筒は、下の台座から天井まで真っ直ぐに伸びており、その中を緑色の液体で満たしている。


 その筒の一つ一つには、人が入っていた。

 その殆どが男性であり、更にその多くの者たちの服にはファラナ国の調査隊であることを示す紋章が描かれており、彼らが何者であるのかを表している。


 誰も彼もが額に宝石を埋め込まれており、緑色の液体の中で目と口を開けたままビクビクと動いている。死んではいない様子だが、生きていると言ってよいのか(はなは)だ疑問である。


 助手の男は、担いでいた男を一度床へ下ろし、無数に並ぶ筒へ目を向けた。


「これだけやって、成功は一つだけか」


 先程までの無表情とは違い、助手の男の言葉と表情には嘲りにも似た色が(にじ)み出ていた。


 助手の目は、ただ一つの成功例へと向く。

 緑色の液体に満ちた筒の中、額に宝石を湛えたまま眠るように瞳を閉じたローブ姿の女性へと。


 その視線すら、どこかつまらないものを見るようであった。

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