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第32話 旗艦

 漁港ではちょうど、一艘の漁船が入ってくるところだった。船員たちが慌ただしく動いているのが見える。何人かは帆を畳みつつあるところだった。舳先に陣取った人物が号令をかけているのが船長のようだ。やがて漁船から港に立つ人にロープが投げられ、その人は手早くロープをキノコのような構造物に巻き付けた。


 接岸した漁船からは、木箱に入れられた魚が次々と降ろされてくる。降ろされた箱は台車に積み上げられ、むこうの建物へとはこばれていく。魚市場があるとの話だ。見ている私は寒いのだが、働いている人たちは皆汗を流している。汗を流す人々の顔は男も女も喜びに満ちている。この人たちにとって基調な収入源であり、食料であるからだろう。

「海が荒れて漁ができない日もありますからね」

 私の考えをよみとったかのように、レオパルド様が説明してくれた。


 しばらく見学したあと、魚市場の方へ移動する。魚市場は人でいっぱいだった。


 最初に見たところでは、大きな魚が一匹ずつ競りにかけられていた。素人の私には高いのか安いのかよくわからない。ヘレン先生が小声で「あれはおいしそう」とか言っているのが聞こえる。フローラ先生とかフィリップさんとかは相槌を売っているが、大聖女様は木のなさそうな声で「ふーん」と応じている。大聖女様は魚があまりお好きでないを知っているので、私はつい笑ってしまった。次に行ったことろではより小型の魚が箱ごとに競りにかけられていた。こちらでも大聖女様の様子は同様である。ただ、ステファン殿下は普通に魚がお好きなようで、殿下が楽しそうにしていらっしゃれば大聖女様のご機嫌は麗しかった。


 魚市場の見学のあと、港の警備部隊へと移動した。防衛上の必要性から、当然のことながら部隊は港の出入口のすぐ近くにある。黒く塗装された船が沢山停泊しており、小さな船からとても大きな船までいろいろあった。


 その中でひときわ大きく、美しく塗装された船の下で、レオパルド様が口を開いた。

「聖女様、殿下、こちらが旗艦のリントヴルム号です」

「新造艦ですか」

「いえ、古い船ですが先の戦争後、改名しました」

「そ、そうですか」

「ええ、戦争ではドラゴンの助力もあり勝利したと伺っています。聖女様をお助けする船ですから、神話に登場するドラゴンの名リントヴルムをいただきました」

「なるほど」

 聖女様はルドルフくんを思い出したのか、ステファン殿下と顔を見合わせていた。そして仰った。

「そのうち我が国の船の名は、ドラゴンだらけになりそうですね」

「そうかもしれません。そう言えばラーボエには『龍使いの聖女号』がいるそうですね」

「ええ、おいしいお魚を沢山とっているそうです。私としてはちょっと恥ずかしいですが」


 船は背が高く、乗り込むためには上から垂らされた網をよじのぼらなければならない。

「少々お待ちください」

 レオパルド様はさっそうと船に登っていく。上につくと、

「どうぞご乗船ください。必要な方には椅子をおろしますのでそれに乗ってください」

 するするとロープで椅子が降ろされてきたが、聖女様は躊躇無く網をよじ登りだした。ステファン殿下もである。するとヘレン先生が文句を言った。

「聖女様、椅子を椅子を使ってください」

「え、ヘレン、私大丈夫よ」

「ちがいます、聖女様がそうすると、本当に椅子が必要な人が遠慮するでしょ」

「わかったわかった」

 聖女様は身軽に飛び降りて、吊り下げられた椅子に座った。


 椅子はしずしずと持ち上げられ、聖女様は、

「いい景色!」

と言ったかと思うと、下を見て、

「わ、怖い」

と言っていた。ヘレン先生自身は網を登っていて、

「あんたがそう言うとあとの人が怖がるでしょ」

と小声で注意していた。ただ私にははっきり聞こえたから、他の人にも聞こえていたと思う。


 聖女様が船の上に行ったら、すぐに椅子が降りてきた。

「オクタヴィア殿下、どうぞ」

 聖女様が上から呼びかけてくる。

「いえ、聖女様、私は敵国人ですから、ご遠慮します」

「何おっしゃっているんですか、戦争は終わりました」

「はい」

「将来の旦那様の仕事場、見ておかないと」

「あ、え」

 私は強制的に椅子に座らされ、船上に釣り上げられた。


 船の上からは遠くまで見渡せ、気持ちがいい。

「いつもはもっと片付いているんですよ。今は補給中なので散らかっています」

 なるほど甲板のそこかしこに木箱とかロープの束とかが置かれている。

「そうですよね、荒れた海では危ないですよね」

「そうなんです。こんな状態でお迎えして、聖女様とステファン殿下には申し訳ないのですが」

「レオパルド様、聖女様や殿下はこの視察のせいで作業が遅れたら、その方を問題にされると思います」

 するとフローラ先生が横から仰った。

「そうですよ、気にしないで大丈夫です。むしろ作業の現実のほうが聖女様は知りたいはずですよ」


「航海中はだいたいここにいるんですよ」

 レオパルド様は船の後部の高い場所に導いてくれた。たしかにここなら船員たちの動きはよく見える。そのあと船室にも案内してくれた。

「ここで生活しているんです」

と言われた部屋はベッドもあるが大きなテーブルが置かれている。

「ここで食事も会議もするんですよ」

 プライベートというものは、まったくないようだ。


 その船室の高いところに聖女様の肖像がかざってあった。それに聖女様が文句をつけた。

「なんか恥ずかしいわ。どちらかというと国王ご夫妻の肖像のほうが適しているのではないかしら」

「そう仰らないでください。聖女様は我が国の守り神なのですから」

 するとステファン殿下が発言した。

「う~ん、アンが守り神だというのは同意するけれど、僕としては男たちがアンの絵を見ているのはなんか妬けるな。そうだ、オクタヴィア殿下、殿下の肖像とかいいのではないですか?」

「いいえ、とんでもないです。戦争は終わりましたが、かつての敵国人なのですから」

「だからこそです。オクタヴィア姫殿下が両国の平和の象徴となっていただければ」

「はあ、でしたら我が国の船にも聖女様の肖像を飾ることをご許可いただきたいですわ」

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