女の子のちょっとした外見の変化にいち早く気づけというのは彼女いない歴=年齢の一人っ子にはキツイ
前回のあらすじ:地味陰キャ脱出のため高校デビュー頑張るぞー
さて、健康診断と部活見学の翌日は、オリエンテーションだ。
オリエンテーション。
英語の「orientation」には、「適応」や「順応」という意味がある。
そこから、新しい環境に慣れるための教育や指導、あるいはそのための会合やイベントを、オリエンテーションと呼ぶわけだ。
高校の新入生オリエンテーションでは、校内の教室や特別教室、保健室、部活棟などを、班ごとに回っていく。
それぞれの場所で、施設の使い方や注意事項を教えてもらったり、簡単なゲームをしたり。
もちろん、生徒指導の話を聞く時間もある。
そのほかにも、委員会や係を決めたり、校則の説明を受けたり、交通安全講習会を受けたり。
校歌の練習なんかもあるらしい。
まあ、昨日の部活勧誘ですでに部活棟へ足を運んでいる生徒もいるんだけどな。
中学とは違って、高校にはあちこちの中学から生徒が集まってくる。
つまり、周囲にいる人間のほとんどが見知らぬ相手だ。
だからこそ、オリエンテーションには学校のことを知るだけじゃなく、新入生同士の友達作りや仲間作りを促す意味もあるらしい。
そして――。
校内だけではなく、校外オリエンテーションもある。
目的はやっぱり同じ。
班のメンバー同士で交流を深めること。
ただし。
その行き先が、まさかの――。
TDL。
……いや、遊園地じゃん。
まあ、確かに待ち時間に班のメンバーと話すことはできる。
できるんだけど。
もし班の中で誰とも話せなかったら、待ち時間が地獄になりそうだ。
アトラクションより、そっちのほうが怖い。
……まあ、その話は今は置いておこう。
俺はいつものように教室へ向かい、扉を開ける。
「おはようございます」
中にいる何人かに向かって笑顔で挨拶をする。
そして、自分の席へ。
……あれ?
今日はまだ、西梅枝さんが来ていないみたいだ。
俺が席に着いたところで、真後ろの席から声をかけられた。
「あ、おはよう。今日のオリエンテーション、多分一緒の班になるからよろしく」
「ああ、こちらこそよろしくな」
振り返る。
昨日まで何度か顔を合わせていた男子だ。
「一応、自己紹介しておくと、俺は秦彰浩。君は広瀬君だったよね?」
「うん。僕は広瀬明人。これからよろしく」
「ああ、こっちこそよろしくな」
そんな感じで挨拶を交わす。
すると、広瀬君が少し不思議そうな顔をした。
「それにしても、秦君って女の子と普通に喋れてすごいね」
「ん? すごいかな?」
「うん」
「男だからとか女だからとか、あんまり気にしなくてもいいと思うんだけど」
「いや、普通はそこを気にするでしょ?」
「そうなのか?」
俺にはいまいちピンとこない。
そんなことを話していると――。
「皆さん、おはようございます」
教室の入口から、聞き慣れた声がした。
西梅枝さんだ。
いつも通り、にこやかに挨拶をしながら教室へ入ってくる。
そして、そのまま俺の隣の席へ。
「秦君、おはよ」
「おはよう、西梅枝さん」
……ん?
なんだろう。
なんとなく、いつもと雰囲気が違う。
西梅枝さんは、俺の顔を見ながらにこにこしている。
ただの挨拶にしては――。
何かを期待しているような気がする。
ああ。
これ、あれだ。
風俗で働いていた頃、女の子からよくされたやつ。
『昨日休みだったからネイルしてきたんだけど、どうかなー?』
とか。
『今日、香水をシャネルのチャンス オー タンドゥルに変えてみたんだけど、どう?』
とか。
そういう、
――変化に気づいてほしい。
という女の子特有の無言の圧。
ただし。
ネイル……はしてなさそうだ。
香水……でもなさそう。
となると――。
髪型か?
よく見ると、いつもより髪を上げている。
なるほど。
今日は髪型を変えてきたらしい。
しかし。
これは、年齢=彼女いない歴の高校生男子には難易度が高すぎる。
女子から、
『髪型変えたんだけど、気づくかな?』
なんて問題を出されたら、たぶん普通は気づかない。
俺だって、風俗で働いていなかったら気づいていた自信はない。
だからこそ――。
「おはよう、西梅枝さん」
「うん」
「今日の髪型、すごく可愛いね」
「……!」
「いつもと雰囲気が違って、西梅枝さんにすごく似合ってると思うよ」
「えへへ……そうかな?」
「うん。ちょっと華やかな感じがする」
「そう?」
「それにしても、西梅枝さんが今日遅かったのって、髪のセットに手間取ったから?」
「あー……」
西梅枝さんが、ちょっと照れたように笑う。
「秦君がそう言ってくれたから、よかったよ」
「ん?」
「うん。慣れてないから、結構大変だったんだ」
「え、どうして?」
聞くと、西梅枝さんは苦笑した。
「私が髪の毛いじってたら、妹に言われたの」
「なんて?」
「『お姉ちゃんも私も地味顔なんだから、ちょっと髪型変えたところで変わんないって』って」
「……妹さん、結構辛辣だな」
「ひどいでしょ?」
「ひどいな」
「だから、ちょっと心配だったんだ。せっかく頑張ってセットしたのに、誰にも気づいてもらえなかったらどうしようって」
「いや、普通に気づくと思うけど」
「そう?」
「うん」
というか。
そもそも――。
「西梅枝さんって、地味かな?」
「え?」
「俺はかなり可愛くて、むしろ目立つほうだと思うけど」
「……」
西梅枝さんが固まった。
「うわー……」
数秒遅れて、頬が赤くなる。
「可愛いなんて、真顔で言われると照れるねー」
「そう?」
「でも、お世辞でも嬉しいけど」
「別に、お世辞ってわけじゃないけどな」
「……そういうところだよ」
「何が?」
俺が首を傾げると、後ろから声がした。
「秦君って……かなりのたらし?」
「え?」
振り返る。
広瀬君が、ものすごく微妙な顔をしている。
「まさか。見た通りの彼女いない歴=年齢の非モテだよ?」
「秦君で彼女いない歴=年齢の非モテって言われても……」
広瀬君は俺の顔をじっと見る。
「全然、説得力ないよ?」
「そうなのか?」
「そうだよ」
すると、隣から西梅枝さんも、うんうんとうなずいた。
「これは天然なんだろうね」
「だよね」
広瀬君も深くうなずく。
「それはたちが悪い」
「なんでだよ」
俺は思わず突っ込んだ。
なんだか知らないけど。
二人から、とんでもない誤解をされている気がする。
俺はたらしでもなければ、天然でもない。
ただ、思ったことを言っただけだ。
……なのに。
「違う、そうじゃない」
と言っても、二人とも信じてくれそうにない。
どうやら俺は、オリエンテーションが始まる前から、妙な誤解を一つ増やしてしまったらしい。




