~side 西梅枝絵里~
前回のあらすじ:スキル”スイーツ作り”はイメクラ店員スキルではない、ただの趣味
私は、中学生の頃――ものすごく地味で、大人しい女の子だった。
いわゆる、陰キャラ。
人見知りも激しかったし、会話も得意じゃない。
友達がまったくいなかったわけじゃない。
でも、仲良くなるのは決まって私と同じように、地味で真面目そうな雰囲気の子ばかり。
「へえ、そうなんだ」
「うん」
「……」
「……」
そんな感じ。
会話が弾むことなんて、ほとんどなかった。
だから私は、ずっと思っていた。
――高校に入ってまで、このままなのは嫌だ。
地味で。
目立たなくて。
自分から話しかけることもできなくて。
気づけば、誰とも話さないまま一日が終わってしまう。
そんな高校生活だけは、絶対に嫌だった。
だから私は、スマホで必死に検索した。
『高校デビュー 成功する方法』
『高校で友達を作る方法』
『陰キャ 高校デビュー』
いろいろな記事を読み漁って、私なりに出した結論は――。
まず、見た目を変える。
髪型を少し可愛くして、制服の着こなしにも気をつける。
そして、自分が「こうなりたい」と思えるような女の子と仲良くなって、その子の話し方や仕草を参考にする。
さらに、男子とも積極的に話す。
……らしい。
だったら、やってみるしかない。
私は、なけなしのお小遣いを握りしめて美容室へ向かった。
「私に似合う、かわいらしい髪型にしてください」
そうお願いして、髪を切ってもらった。
鏡に映った自分を見た瞬間、私は少しだけ驚いた。
「……あれ?」
今までの、堅苦しくて近寄りがたい雰囲気が、少しだけ柔らかくなっている。
劇的に美人になったわけじゃない。
でも――確かに、前の私とは違って見えた。
これなら。
これなら、高校では少し明るい自分になれるかもしれない。
そう思った。
そして迎えた、高校の入学式。
当然だけど、知っている人は誰もいない。
だからこそ、ここで変わらなきゃ。
知らない人を怖がらない。
自分から話しかける。
まずは――隣の席の人から。
そう決めて、私は一年一組の教室へ向かった。
自分の席を見つけて、そこに座る。
教室には、すでに何人かの生徒が来ていた。
けれど、誰もがどこか落ち着かない。
周りの様子をうかがっているような、微妙な空気が漂っていた。
まあ、そうだよね。
今日初めて会う人ばかりなんだから。
私だって緊張している。
どうしよう。
やっぱり、最初に話しかけるのは難しいかも。
そんなことを考えていた、そのときだった。
ガラッ。
教室の扉が開く。
一人の男の子が入ってきた。
彼は教室を見渡すと、ニコッと笑って――。
「皆さん、おはようございます」
「……え?」
思わず目を瞬かせた。
先に挨拶するんだ。
しかも、すごく自然に。
「お、おはようございます……」
誰かが返事をする。
それをきっかけに、教室のあちこちから「おはよう」が聞こえ始めた。
たった一言。
それだけなのに。
さっきまでの、ぎこちない空気が少しだけ和らいだ気がした。
そうだ。
焦らなくていいんだ。
いきなり面白い話なんてできなくてもいい。
まずは笑顔で、挨拶。
そこから始めればいい。
そう思った矢先。
さっきの男の子が、私の隣の席に座った。
……この人なら。
なんだか話しかけやすそう。
私は一度深呼吸してから、勇気を出した。
「あ、あの……はじめまして」
彼がこちらを見る。
「私、西梅枝絵里って言います」
少し緊張しながら、私は続けた。
「西の梅の枝って書いて、『さいかち』です」
すると彼は、すぐに笑ってくれた。
「へえ、珍しい苗字だね」
「あ、ありがとうございます」
「俺は秦彰浩。秦って書いて『はた』。よろしくな、西梅枝さん」
その笑顔が、とても自然だった。
変に気を遣っている感じもしない。
だから私は、少しだけ安心して口を開く。
「隣が話しかけやすそうな人で、よかったです」
「こちらこそ、話しかけてもらえて助かったよ」
「え?」
「俺から女の子に話しかけるとさ。下心があるとか思われそうじゃん?」
「ふふっ」
思わず笑ってしまった。
「秦君なら、大丈夫ですよ」
「ほんと?」
「はい」
なんだろう。
この人、話しやすい。
落ち着いているからかな。
それとも、最初から笑顔で挨拶してくれたからかな。
とにかく――。
隣の席が、こんな人でよかった。
そんなことを思いながら、私はこの日から少しずつ、秦君と話すようになった。
◇
そして翌日の放課後。
部活動をどうするか決めていなかった私は、なんとなく秦君に聞いてみた。
「秦君って、部活どうするの?」
「俺? 家庭科部に入ろうかなって思ってる」
「……家庭科部?」
思わず聞き返してしまった。
「うん」
「意外……」
「やっぱり?」
「うん。でも……なんとなく似合ってる気もする」
「それ、褒めてる?」
「たぶん」
秦君は苦笑した。
話を聞いてみると、どうやら秦君は家事がかなり得意らしい。
料理も、掃除も、それなりにできる。
「料理は昔からやってたんだ。母さんがパンとかケーキ作るの好きでさ。横で見てたら、覚えちゃった」
「へえ……」
そのときは、まあ「料理が得意な男の子なんだな」くらいにしか思っていなかった。
でも――。
翌日。
家庭科部の見学に行った私は、その認識を改めることになる。
「今日はお菓子でも作ってみようか」
先輩の一人がそう言ったのをきっかけに、私たちはホワイトロールケーキを作ることになった。
私も一生懸命手伝った。
先輩たちも慣れた手つきで作業している。
そして秦君も。
「じゃあ、ここは俺がやるよ」
そう言って、クリームを巻いていく。
手際がいい。
ものすごく自然。
しかも――。
「えっ……」
出来上がったロールケーキを見て、私は思わず声を漏らした。
きれいだった。
形も整っているし、クリームの量もちょうどいい。
先輩二人がちょっと悔しそうに顔を見合わせる。
「……秦君、経験者?」
「いや、そんなに」
「そんなにって何よ!」
「母さんの横で覚えただけだよ」
「それでこれ作るの!?」
私も思わず笑ってしまった。
「すごい……」
「そう?」
「うん。すごいよ」
さらに秦君は、それをきれいにカットして、見栄えがよくなるように皿へ盛りつけていった。
その瞬間。
女子部員のスマホが一斉に取り出される。
「待って、これ写真撮ろう!」
「絶対映える!」
「インスタ載せようよ!」
私も慌ててスマホを取り出した。
画面に映ったロールケーキは、まるでお店のスイーツみたいだった。
「……これ、かなりインスタ映えしてない?」
「してるしてる!」
みんなで写真を撮って、笑い合う。
その時間が、すごく楽しかった。
そして――。
「絵里も入る?」
「うん」
気づけば私も、家庭科部に入部することになっていた。
もちろん、秦君と一緒に。
私も頑張らなくちゃ。
せめて、簡単なレシピくらいは一人で作れるようになりたい。
そう思った。
◇
そして、さらに翌日。
朝。
私は洗面所の鏡の前で、髪をハーフアップにしていた。
「……こっちのほうがいいかな?」
昨日までと少しだけ雰囲気を変えてみたくなったのだ。
髪型を変えるだけ。
それだけなのに、なんとなく気持ちまで明るくなる。
そんな私の後ろから、妹がぼそっと呟いた。
「お姉ちゃんも私も地味顔なんだから、ちょっと髪型変えたところで変わんないって」
「うっ……」
容赦がない。
「か、変わるよ」
私は鏡を見ながら反論する。
「髪型をちょっと変えるだけでも、気分が違うし……以前とは違う自分になれるんだよ」
「んー……」
妹はしばらく私を眺める。
「確かに、去年よりなんか明るくなったっていうか……」
「でしょ?」
「なんか色気づいたって感じ?」
「……え?」
妹がニシシ、と意地の悪い笑みを浮かべた。
「気になる男の人でもできたの?」
「ち、違っ……」
「違うの?」
「気になるっていうか……」
私は少しだけ考えてから、素直な気持ちを口にした。
「……一緒にいると、すごく安心できるんだよね」
「はいはい」
「ちょっと!」
「朝から惚気聞かされるの、きついよー」
「惚気じゃないもん!」
顔が熱くなる。
だって、本当にそうなのだ。
秦君は優しい。
それに頼りがいがある。
でも――。
たぶん、私だから優しくしてくれているわけじゃない。
きっと誰に対しても、同じように接する人なんだと思う。
だからこそ、もっと話していたくなる。
もっと一緒にいたくなる。
……これって、もしかして。
いやいや。
まだ、そんな。
私は慌てて首を振った。
そして、もう一度鏡を見る。
ハーフアップにした自分。
昨日までとは少し違う自分。
高校に入ってから、私の毎日は少しずつ変わり始めていた。
そして――。
今日、秦君は気づいてくれるかな。
私が髪型を変えたこと。
ほんの少しだけでも。
気づいてくれたら……嬉しいな。




