コミケ初日はすごく楽しかったよ
白檮山さんと二人で写真を撮る約束をしたあと、俺たちは一度コスプレエリアを離れ、今度は目的のブースを見て回ることにした。
「じゃあ、次は同人誌を見に行こうよー」
白檮山さんは弾むような足取りで歩きながら振り返り、俺の顔を覗き込むようにして楽しそうに笑う。
「そうですね。せっかく来たんですし、俺も何か買ってみたいです」
俺が頷きながら答えると、白檮山さんは嬉しそうに目を細めて前を向き直り、そのまま俺たちは人の流れに沿って歩いていった。
周囲を見回してみると、さっきまでいたコスプレエリアとは少しだけ空気が違っていて、そこではカメラを構えた人や撮影を待つレイヤーが目立っていたのに対し、こちらでは大きな紙袋を抱えた人や、戦利品らしい同人誌を何冊も手にして歩いている人の姿が多く、ブースの前にはそれぞれ違った本が並べられ、ポスターやイラストも所狭しと飾られている。
「すごいな……」
思わず俺が感心した声を漏らすと、白檮山さんは隣で歩く速度を少し緩め、周囲を見渡してから俺の方へ顔を向け、楽しそうに笑った。
「ね? こっちも面白いでしょー?」
「はい。想像していたよりずっと種類がありますね」
俺が少し驚いたように答えると、白檮山さんは嬉しそうに頷きながら近くのブースへ視線を向け、気になるものを見つけるたびに表紙へ顔を近づけたり、見本誌を覗き込んだりしている。
「同じ作品でも、漫画だったり小説だったり、ギャグだったりシリアスだったり、いろいろあるからねー」
そう説明する白檮山さんの表情を横から眺めていると、単純に本を買いに来ているというより、そこに並べられている作品そのものを一つ一つ楽しんでいるように見えた。
「白檮山さんって、こういうの詳しいんですね」
俺が少し感心したように笑って声を掛けると、白檮山さんは振り返り、照れくさそうに頬を緩めながら肩をすくめる。
「まあ、好きだからねー。全部詳しいわけじゃないけど、好きな作品なら結構見るよ」
そう答えた直後、白檮山さんの視線がある一点でぴたりと止まり、それに合わせるように歩いていた足も止まった。
「……あっ」
小さく息を呑んだ白檮山さんの目が輝くのを見て、俺も何事かと思いながら彼女の隣で足を止め、その視線の先へ顔を向ける。
「どうしました?」
俺が尋ねると、そこには見覚えのある作品名が大きく掲げられていた。
「毀滅の刃……」
俺が看板を見ながら呟くと、白檮山さんはぱっと顔を明るくし、嬉しそうにその方向を指差した。
「あるじゃん!」
弾んだ声を上げる白檮山さんにつられるようにして、俺も笑いながら彼女と一緒にそのブースへ近づいていく。
机の上には何冊もの同人誌が並んでいて、その中にはキャラクターごとに描かれたイラスト集や漫画本らしいものもあり、それを見た白檮山さんは嬉しそうに身体を屈めながら、一冊ずつ表紙を眺めていった。
「わあ……しのむの本もあるよー」
白檮山さんが少し興奮した声で一冊を指差すので、俺もその肩越しに覗き込み、表紙を確認しながら頷いた。
「本当ですね」
自分が今着ている衣装と同じキャラクターが表紙に描かれているだけなのに、不思議と少し嬉しくなって、俺も自然とその本へ視線を向けていた。
「秦くん、これ見て」
白檮山さんは一冊の本を手に取ると、表紙が俺にも見えるように身体をこちらへ向け、期待するような笑顔を浮かべながら差し出してくる。
「しのむと義雄だよ」
「おお……俺達と同じですね」
俺も本を覗き込みながら声を漏らすと、表紙には二人のキャラクターが並んで描かれていて、思わず少し見入ってしまった。
「せっかくだし、こういうの買ってみてもいいかもしれませんね」
俺が本を見ながらそう言うと、白檮山さんはすぐに嬉しそうに頷き、目を細める。
「うんうん。コミケに来た記念にもなるしね」
白檮山さんがそう答えたところで、ブースの向こう側にいたサークルの女性が俺たちの姿に気づき、こちらへ身体を向けながら柔らかな笑顔で声を掛けてきた。
「毀滅、お好きなんですか?」
「あ、はい」
俺が答えるより早く、白檮山さんが顔を上げて女性へ大きく頷き、自分の衣装を軽く指差しながら嬉しそうに答える。
「大好きです。私、今日は胡蝶しのぶのコスプレしてるんですよー」
「あっ、本当だ!」
サークルの女性は目を丸くしたあと、嬉しそうに白檮山さんの衣装へ視線を移し、少し身を乗り出すようにして眺める。
「すごい、衣装きれいですね。ウィッグも似合ってます!」
「ありがとうございます!」
白檮山さんは少し照れたように頬を赤らめながら、それでも嬉しそうに笑って頭を下げる。
「それに、そちらは冨岡さんですよね?」
女性が今度は俺の方へ顔を向け、確認するように軽く首を傾げるので、俺も自分の衣装へ一度目を落としてから頷いた。
「はい。俺も今日は冨岡義勇のコスプレです」
そう答えると、女性は俺と白檮山さんを交互に見ながら、納得したように笑う。
「じゃあ、ちょうど二人で来てるんですね」
「そうなんです」
白檮山さんが俺の方をちらりと見てから嬉しそうに頷き、少し得意そうな顔で続ける。
「さっき初めて撮影してもらったばかりなんですよ」
「初めてなんですか?」
サークルの女性が少し驚いたように眉を上げるので、俺は照れくさそうに頬を掻きながら答えた。
「はい。俺は今日が初めてで……」
すると女性はそんな俺の様子を見て微笑ましそうに口元を緩め、机の上へ視線を落としながら見本誌へ手を添えた。
「それなら、せっかくなのでうちの本も見ていってください。見本誌ありますから」
「ありがとうございます」
俺は軽く頭を下げ、女性が示してくれた見本誌へ手を伸ばしてページをめくる。
そこには原作では描かれていない日常の場面やキャラクター同士のやり取りが描かれていて、公式の物語とは違う形でキャラクターたちが動いていることが新鮮に感じられた。
「へえ……こういう話もあるんですね」
俺が意外そうにページを眺めながら呟くと、サークルの女性は少し照れたように笑い、俺の手元にある本へ視線を向けながら頷いた。
「そうなんですよ。原作で描かれていない部分を想像して、自分なりに描いてみたんです」
「なるほど……」
俺は頷きながらもう一度ページをめくり、同じキャラクターでも公式の物語とは違う状況に置くことで、こうして新しい物語が生まれるのかと思うと、それが妙に面白く感じられた。
「白檮山さん、これ面白いですね」
俺が隣に立つ白檮山さんへ本を少し傾けて見せると、白檮山さんは身体を寄せてページを覗き込み、嬉しそうに頷く。
「でしょー?」
白檮山さんは顔を上げて俺へ笑い掛けると、両手を軽く広げるような仕草を交えながら続けた。
「同人誌って、こういうところが楽しいんだよ。好きな人が好きなキャラを使って、自分が見たかった話を作ってるんだから」
「なるほど……」
俺は本へ目を落としたまま少し考え、それからサークルの女性へ視線を向けて尋ねた。
「じゃあ、これってある意味、同じ作品が好きな人との会話みたいなものなんですね」
俺がそう言うと、白檮山さんは嬉しそうに目を細めて何度も頷き、その横でサークルの女性も柔らかな笑顔を浮かべながら同意するように頷いた。
「そうですね。もちろん本を買ってもらえるのも嬉しいですけど、こうやって感想を言ってもらえるのが一番嬉しかったりします」
「感想ですか?」
俺が少し意外そうに聞き返すと、女性は頷きながら見本誌へ視線を落とし、少し照れたように笑う。
「はい。『このキャラ好きです』とか『この場面よかったです』とか、そういう一言だけでも結構励みになるんですよ」
その言葉を聞いた俺は、机の上に並べられた本を改めて見回した。ここではただ本を売っているだけではなく、この人たちも自分の好きなものを形にして、それを同じものが好きな人と共有しようとしているのだと、さっきまでとは少し違った見方でブースを見るようになっていた。
「じゃあ……これ、買います」
俺が見本誌を閉じて女性へ差し出すと、女性の顔がぱっと明るくなり、嬉しそうに頭を下げる。
「ありがとうございます!」
その反応を見て俺も自然と笑ってしまうと、白檮山さんも隣から別の本を手に取り、表紙を俺へ見せるように持ち上げながら楽しそうに笑った。
「私もこれ買います!」
「ありがとうございます!」
女性も嬉しそうに返事をし、二人分の本を会計してくれたので、俺は購入した同人誌を袋へ入れてもらい、それを受け取ってから改めて女性へ頭を下げた。
「ありがとうございました」
「こちらこそ、ありがとうございます。コスプレ楽しんでいってくださいね」
女性が笑顔でそう言うと、白檮山さんは明るく頷きながら手を振った。
「はい!」
俺たちはその場を離れ、少し進んだところで俺は手にした袋へ目を落としながら、思ったことをそのまま口にする。
「なんか……思っていたより楽しいですね」
そう言うと、白檮山さんはすぐ隣で満足そうに笑い、俺の顔を覗き込むようにしながら得意そうに胸を張った。
「でしょ? コスプレして、写真撮ってもらって、本を買って、作ってる人とも話して……コミケって、いろんな楽しみ方があるんだよー」
「確かに」
俺が素直に頷くと、白檮山さんも満足そうに頷き返す。
「最初は、ただ人がいっぱい集まっていて、コスプレしている人がいて、本を売っている場所くらいにしか思ってませんでした」
俺が周囲を見回しながら苦笑交じりに話すと、白檮山さんは俺の方へ顔を向け、静かに頷きながら続きを促した。
「うん」
「でも実際に来てみると、好きなものを持ち寄って、それを知らない人同士でも共有できる場所なんですね」
そう話しながら周囲を見渡す俺に対して、白檮山さんは少しだけ目を細め、どこか大切なものを語るような表情で頷いた。
「そうそう。それが楽しいんだよ」
その声には、さっきまで以上に嬉しそうな響きがあった。
俺は手にした同人誌へ視線を落とし、改めて表紙を眺めながら考える。原作を読んでいるだけなら、作者が描いた物語を受け取るだけだったけれど、こういう場所では読者だった人が自分で絵や漫画や小説を作り、それを別の誰かに見てもらうことができる。
そして、その作品を見た誰かが「面白い」と思って、自分も何かやってみたくなる。そんな循環が、この場所にはあるような気がした。
「白檮山さん」
俺が隣を歩く白檮山さんへ呼び掛けると、白檮山さんはすぐに顔を向け、少し首を傾げながら俺の表情を覗き込む。
「なーに?」
「今日、最初は正直、ちょっと場違いなんじゃないかと思ってました」
俺が苦笑しながら話すと、白檮山さんは意外そうに目を丸くしたあと、すぐに柔らかな笑顔を浮かべる。
「そうだったんだ?」
「はい。でも、写真を撮ってもらったり、本を見たり、作ってる人と話したりしてるうちに、少しずつ楽しくなってきました」
俺がそう続けると、白檮山さんは嬉しそうに頷きながら、隣を歩く俺の肩を軽く小突く。
「ほらね。だから楽しいって言ったじゃん」
「そうですね」
俺も笑いながら頷くと、白檮山さんも満足そうに笑った。
それから少し歩いたところで、白檮山さんが足を止めて俺の方へ向き直る。
「じゃあ、そろそろ今日撮った写真、見てみる?」
「ああ、そういえば二人でちゃんと撮ってませんでしたね」
俺が思い出したように答えると、白檮山さんは嬉しそうに手を叩く。
「そうそう。それ忘れちゃ駄目だよー」
俺たちは人の流れを邪魔しない場所へ移動し、近くにいたスタッフへお願いして、二人で並んで写真を撮ってもらうことにした。
「じゃあ、秦くん。さっき教えたポーズでね」
白檮山さんが笑顔で俺を見上げながら声を掛けるので、俺も頷き、少しだけ顎を引いて義雄らしい表情を作る。
すると、白檮山さんも隣で胡蝶しのぶらしい柔らかな笑顔を浮かべ、二人の姿を見たスタッフがカメラを構える。
「はい、撮りますよー」
その声に合わせてシャッターが切られ、何枚か撮影したあと、俺たちは礼を言ってその場を離れた。
「どうかな?」
白檮山さんがスマホの画面を俺へ見せるようにしながら尋ねるので、俺も肩を寄せて写真を覗き込む。
「うん。いいですね」
画面には少し緊張している俺と、それを楽しそうに見えるくらい自然な笑顔で写っている白檮山さんが並んでいた。
「いい思い出になりそうです」
俺がそう言うと、白檮山さんは嬉しそうに笑いながらスマホを胸元へ戻した。
「うん。私もそう思う」
初めてのコミケ、初めてのコスプレ、初めての撮影、そして初めて買った同人誌。最初はただ人の多さに圧倒されていたのに、一日を過ごしてみれば、そこには本を作る人がいて、コスプレをする人がいて、それを撮影する人がいて、そしてそれぞれが自分の好きなものを楽しみながら、この場所を作っていた。
「……来てよかったですね」
俺がそう呟くと、隣にいた白檮山さんが俺の顔を見上げ、嬉しそうに微笑んだ。
「うん。私も、秦くんと一緒に来られてよかったよー」
その言葉を聞いて、俺も自然と笑った。
今日一日で、俺はコスプレの楽しさだけではなく、同じものが好きな人と話す楽しさや、自分の好きなものを形にした人たちを見る楽しさまで知ることができた気がする。
手元に残った同人誌とスマホの中に増えた写真を眺めれば、きっと帰ってからも今日のことを思い出すだろうし、次にコミケへ来ることがあれば、今度はもっと楽しみ方を知った上で歩けるような気もしていた。
俺たちは顔を見合わせると、どちらからともなく笑い、そのまま人の流れに沿って会場の出口へ向かって歩き始めた。
初めてのコミケは、思っていたよりずっと広くて、ずっと騒がしくて、そして――思っていたよりずっと楽しかった。
そして何より、白檮山さんと一緒だったからこそ、俺はその楽しさを素直に受け入れられたのだと思う。
いやまだ明日もあるんだけどな、コミケ。




