好みの花は奪ってはいけませんわ
お読み頂き有り難う御座います。
外側の人こと、ネルお嬢様が覚醒致します。
「君が向こうでどんな姿だって良いよ、君が好きなんだ」
「そんな、えっと、あたし……」
「どうか、帰らないで愛しい人」
「確かに、君の器となっているのは美しいけれど、君の心根の美しさあってこそのものなんだ」
「でも、あたし、向こうでは凄く君達より歳上なんだよ。きっと、幻滅するよ。こんなにスタイルよくないし、手足だって短いし、顔だって醜いんだよ」
誰かが遠くで喋っている。
暗い暗い闇の中で、声がします。
「あたしは、この子みたいに綺麗じゃないんだよ」
あたし?
どなた?何方の事なの?
それは、何方?
暗い暗い底から、急に引きずり出されたような、感覚が私を襲いました。
ぐらぐら、ぐらぐらと、足が竦み、縺れて。
此処は、何処?
目を開けていたのに、どうして朝目覚めたような、靄が掛かったような感覚が?
目の前には、石を複雑に組み合わせた、綺麗な天井。
透明な硝子や美しい色硝子を嵌め込んだ、伝説の『導き星の巫乙女』を象った大きな大きな窓。
そんな美しくも高い高い天井から下げられて煌めくのは、豪華で透明な石と、たっぷりの蝋燭を使ったシャンデリア。
目線を下げると……美しい色とりどりの織物で出来た壁掛けや、高価そうな調度品。
……どう見ても、見た事が無いお部屋。いえ、廊下?
とても豪華だけれど……何故かしら、この、とてつもない違和感は。
そして、私を見下ろす……ぼんやりとした人影。
我が身に突き刺さる複数の、無遠慮な視線。
居心地が悪くなって、思わず身を捩りました。
「………」
何だか頭が痛いですわ。
オマケに、居心地も相当宜しく有りませんわね。
誰かが私を支えているようですが、どう考えても身内でも、婚約者の手でも有りません。
全く安心できないこの手は、誰でしょう。
「ウメコ、どうしたんだ?そんな毛虫を見たような顔をして」
「何時もの君の明るい笑顔を見せてくれよ」
「眉間にシワなんか似合わないぞ?」
失礼極まりない、と声高に申し上げたい声の数々が私の耳に入ってきました。
誰ですの?この方々は。
公的な場?でしたら婚約者のグリシェルは何処ですの?
何故私の周りに陣取ってますの。歩くのに邪魔な程べったりと。
それに、このセンスの欠片もない上に……バカみたいな服は何なんです?
何故こんなに胸と足が強調されているんです?
こんな姿で朝から歩き回っていたと?まあ、痴女ではないですか。寝ぼけていたのかしら、お恥ずかしいわ。
「さあ、笑顔を見せて」
知らない殿方が、かなり馴れ馴れしいのですが。
何ですか笑顔って。笑いたくもないのに笑えますか。大体、淑女に笑ってって、………有り得ませんわ。
ああ、その無粋なお手を振り払いたいですが、何方か分からないのでは迂闊な行動は取れませんわね。
もし私よりも高位貴族ならば、後で不敬だったと因縁を付けられても困りますし。
「ウメコって何方でしょう。私はハーメリー侯爵家のネル・グァランジェ。何方かとお間違いでは?」
「は?」
「ど、どうしたんだよウメコ。君は………異世界からハーメリー侯爵令嬢の体を借りて降り立った『導き星の巫乙女』じゃないか」
導き星の巫乙女ぇ?
今更三文芝居の題材にもならない使い古された伝承でしたかしら、それは。
さっき見た窓の柄もそうですわね。
……?もしかして、私、いつの間にか古典芸能を尊ぶ劇団に所属しましたの?
そりゃお恥ずかしながら今より幼い頃はそういう夢想に耽ったことも御座いますが。もっと当世風な題目が宜しいですわね。
「お人違いですわね。説明台詞有り難う御座います。存じ上げない方」
「ウメコ!?」
煩いですわねえ。大体此処どちらですの?何だか趣味の宜しくない目に痛い配色のお部屋ですわねえ。
………気のせいかしら、私成長してませんこと?
私、先日16歳の誕生日を迎えたばかりで……。こんな手足が長かったかしら?
それに、……その他も随分成長しているような。
「私に何が有りましたの?何をされましたの?」
この方々は、私に、一体何をしましたの?
「ウメコ……!?」
埒が開きませんわね。
「それと私が一体何の関係が御座いますの?
その巫乙女の子孫だとか何だとか、偶に新聞に載ったり噂に登ったりしますわね。
当家は全く何の関係も御座いませんわよ?」
「えっと、それが……」
それが?
あれ。もしかしてこの目立つ方、ちょっと覚えているより歳を食ってますが隣の国の第三王子殿下では?
まだしつこく握られたままの手を思わず振り払い、まじまじとお顔を拝見しました。
「………ウメコ」
違うって言ってますってば!
はあ、……知らない方に顔を赤らめられるって、気持ちが伴わないと美形の殿方でも気持ち悪いですのね。
良かった。私、面食いではないようで。と言うか本当に何なんですの。此処は何処で貴殿方は何ですの!!
「何故、他国の王族の方が……何処だか分からないけれど、私とその他の方々と居るんでしょう?」
「そ、その他の方々!?」
「いかん、本気で中身が入れ替わってる!!」
「そ、そんな!?じゃ、じゃあウメコは!?」
ごちゃごちゃと、私を挟んでワアワアと勝手に喚く殿方達。
耳元で大変煩いです。騒ぐなら正直勝手に何処でやってていただきたいです。
ですが、棄て置けませんことを言われましたよ?
……中身が、入れ替わってる、ですって!?
「中身も外身も御座いませんわ。中身が違うって、どういうことですの?」
「いや、その……」
「は、話し合おう」
「ウメコ……。ウ、ウメコは一体何処に!?」
「……」
お姿はそれぞれ見目麗しく立派ですが、ただそれだけ。
私が理論立てて説明を求めているのは、自明の理で御座いましょう?
それが何ですかあたふたと。
全くお話になりません。
………考えましょう。この方々は先程言われましたわね、戯れ言を。
真面目な顔をして、戯れ言を。
甘い甘い、くだらないと呆れ果てそうな戯れ言を。
……………まだ彼らにまともな発言が出てくる様子が無いですわね。
はあ。
戯れ言を………戯れ言では無いと仮に考えてみればどうかしら。
……………。
もしや、ですが。
この4人の殿方達……。
前にしつこく絡んできた事がありますわね。すっかり忘れておりました。
私の見目が琴線に触れたとかその美しさを物にしたいとか……兎に角御勝手な事を仰いましたので、こっ酷くお断りをさせて頂いた筈。愛する相手の居る女にしつこく絡む殿方なんて、本当に滑稽で野蛮で考え無しな愚か者ですわ。
そして芋づる式に私は巫乙女の伝承を思い出しました。
特に憧れた事は御座いませんが、巷に溢れていますので、自然と覚えております。
元々私の一族は少しばかり特殊な……交霊体質と言うか……そのお陰様でそれは素敵な出会いが有ったのですけどね!きゃっ!
………それを逆手に取られたと言うわけですか。
この国には………遥か遠き昔より『導き星の巫乙女』と言う伝承が御座います。
此処から遥か遠き地、導き星と呼ばれる理想郷。其方に住まう汚れなき魂の乙女。
彼の者を呼び寄せ、愛された者には永遠の幸せな導きを受けるとか。
実に幼稚かつ荒唐無稽な法螺話ですわね。
不躾にも故郷から無断で呼び出した心無い者を赦し、広く愛を与え、幸せに導いてみせろだなんて………妙齢の女性に何たる心無い仕打ち。そんな殿方のみ都合のいいお話、無いでしょうに。どんな悲惨な境遇の方ですの、と。
ご婦人方の間では冷ややかに受け止められた伝承ですわ。
まあ私も大体同意見です。
まあ、取り敢えずそう言う伝承が御座いますのよ。
この国では庶民派の劇から絵画、建物の飾りまで幅広く使われております。庶民から王族迄長年広まった伝承ですから、誰でも知っておりますし、文字が分からなくとも分かり易いですしね。
……ただ、呼び寄せたいと思ったとて、とても導き星は遠く遠く本当に遠くに有るので、お体ごと呼び出しは出来ません。
紐解かれた伝承のひとつでは、巫乙女の器となる体を用意し、その体に入って頂いた事もあるそうです。
………思い出すだけで何だか腹が立ちますわね。
兎に角、何の理由だか分かりませんが、その器となる体とやらを私で行ったのでは、と思いました。
移される方(今回、私ですわね)の許可は勿論得ずに。
当家の誰かは賛成したのでしょうか。それは、この後確認すべきですわね。
「私をその、『導き星の巫乙女』の器にしましたの?」
返事は無いものの……面白い位同じ反応を、4人の殿方はされました。
最早、この非人道的な者共でいいですわね。
外側は現地人、中身は導き星の巫乙女。
そんな、ちぐはぐを行ったと。
私の、意志を無視して。
ああ、頭がグラグラ致します。
何なんですの、この殿方達!?
血の気が引いて良いのか上がっていいのか……と、兎に角……。
「せ、責任者を呼んでください!!貴方達では埒が開きませんわ!!其処に並びなさい!!」
金切り声になるのも仕方ありませんわよね!!
「と、言う訳で……我々の管理不行き届きだった訳です。本当に申し訳御座いません、ハーメリー嬢」
責任者、と言うのは魔導師の長である方だそうで。
最近まで遠方に送られていたそうです。あの方々に苦言を申し立てたとかなんとかで。
……不届きもの達は未だその場に立たせたままです。
石でも抱かせましょうかしら。
「………」
「はあ」
効けば聞く程非道な行いでは無いでしょうか?
率直に言えば、あの殿方達の妄想により、私の人生の1年間を奪われたと言う事で御座います。
自分を褒め称え見守ってくれる美しいお人形、『導き星の巫乙女』が欲しいが為に。
フラれた私の外側のみを利用するために、親や婚約者から私を引き剥がしたということでお間違いは無いでしょう。
呆れ果てて涙も出て参りません。
しかもこんな長期期間放置って、実に上層部にこのあの殿方にご都合と心地のよい話の信奉者がたんまりでしたのね。
王妃殿下がご不在の中……陛下もグルになっておられますのね。
この私の脱け殻を使って、お人形遊びのお手伝いを。
ええ、実に気持ち悪い御話で御座いますわ。
「グリシェル!!グリシェルグリシェルグリシェル!!」
ああ、貴方は一体何処に!?直ぐいらして!!
気配は感じるのに!一時的に入れ替わっていたせいで、繋がりが薄くなっているわ!!
「此処に、我が愛するネル」
「で、出たな悪霊!!」
犯罪者その3がとんでもないことを言い出しました!!
私の愛する方に何て事を!
「誰が悪霊ですか!!私の愛する殿方に!!」
「ウメコ……じゃないネル嬢!!そんな黒と緑のモヤを纏った半透明の化け物じゃないか!!」
「失礼な!!貴方のお生まれなんかより由緒の有る古国の主の令息に何て事を!!」
「私の家は公爵だぞ!?滅びた国の死者の子よりずっと偉い!!」
「まあ死者の子ですって!私の実母も亡くなっておりますのよ!お揃いねグリシェル!」
「そんな些細なことで喜ぶ君は麗しいね。私も嬉しいよ、ネル」
「い、いやそうじゃなくて……」
「こ!公子!流石に失礼ですよ!!」
うふふ、この頬に口付けるひんやりした唇は本当に魅力的。
黒い深淵を思わせる瞳も、柔らかい銅のような色の髪も……全て私の愛するグリシェル。
「そう言えば、其処の魔術師も君の母御に横恋慕していたね。だから早期に手を打たなかったとか」
「………!!」
……何ですって?あらまあ、肩が揺れていますわね。本当のご様子なようですわ。
「其処に雁首を揃える小童共の父親や親戚も、覗きに徹する歴々も……封じられて暇だったのでね。
ネルを助ける傍ら色々と調べさせて貰ったよ。裁きには理由を知らねばね」
「素敵ですわ、グリシェル。孤独で大変だったでしょう?」
「ご婦人がたは表立っては協力できないと詫びておられたよ。彼女達にもご協力願ったんだ」
「まあ!懇意になった方はおられませんわよね!?乙女とも仲良くしていたら私、心が張り裂けてしまいますわ!」
「私がネル以外に心を預ける時は永遠に来ないよ。愛するネル。時間が掛かってすまなかったね」
「いいえ、つまらない悋気を起こして御免なさい。貴方なら必ず私を助けてくれますもの」
「そんな君も可愛いよ、私のネル」
チラチラと……鬱陶しい視線ですわね。
グリシェルの指摘通り、本当の覗きですの。壮年の立派な経歴をお持ちの殿方達が情けないこと。
ですが……母も私と同じような、いえそれよりも沢山の気持ち悪い横恋慕に悩まされていましたのね。
母は私のように『導き星の巫乙女』に……、温室育ちの私の中身を野草のような乙女に改造されることは無かったようですが。
「高貴な花瓶の高貴な花に見向きもされないからといって、野草を詰める趣味は、本当に……許せないね、ネル」
「まあ、私ったら……詰め替え容器のようですわね」
詰め替え容器なるものは初めて知りましたけれど、するりと出て参りました。
少しばかり、私の中にいたウメコとやらの知識が溶け込んでいるようですわ。
彼女もご苦労様ですわね。
「所で皆様。私と離れたグリシェルは魔力不足ですの。これだけ高位な方々がおいでだもの。少々分けてくださっても……宜しいですわよね?」
「そうだね」
幼い頃の私と……古城で出会い、愛を誓い合ったグリシェル。
父も義理の母も反対致しましたが、愛を育んで参りました。
父は仕事に没頭し、義理の母は私を蔑ろにしてきたではありませんか。聞く気はありません。孤独を愛で埋めてくれたのはグリシェルですもの。
私の成長が進むにつれ、周りの雑音は大きくなるばかりでしたが、私達は幸せでしたのよ。
何がいけないのでしょう?
グリシェルに実体がないから?
私の美しさに殿方が惑わされるから?
「貴方達のお体をグリシェルの外側にするのは気持ちが悪いので、沢山の魔力で体を作りますわ!」
「生活する内に循環するから、私のものになるね。遠慮なく頂こう」
あら、殿方達?そのお顔は何ですの?
私、とっても、怒っておりますのよ?
「………少しばかり、いえ、10年ほど……」
「私は100年がいいねえ」
「あら、それでは国が破綻してしまいますわ。私とグリシェルが楽しい生活を一生送れるくらいの、倍の賠償を頂ききらないと」
お顔の色が白っぽい方、青い方赤い方……色とりどりですのね。
乙女の1年間は高くつきますのよ?
「私だけでなく、ふたりぶん。ウメコの分も請求致しますので御免あそばせ?」
古いお城は素敵ですけど、内装の改装は大変なんですって。補修して、取り替えて……いちから作るよりもお金がかかるそうですの。
そうですわね、いっそ私とグリシェルが後100年住み続ける為にもこまめな修理が必要ですわね。
私とグリシェルの愛の巣が完成していくのを見ながらの、お茶は最高ですわ。
あの愚か者達から提供された魔力で、姿を保ったグリシェルは相変わらず素敵で、身震いが止まりませんわね。
「私にしか触れられず、フワフワと漂うグリシェルも素敵ですけど、貴方とお茶が出来るなんて感激ですわ」
「ふふ、視野が狭い者の魔力でも役に立つね」
「異世界召喚が出来る位ですものね」
本当に……それだけの魔力をお持ちの方々でしたのに。フラれた女の中身をすげ替えるだなんてくだらない。もっと良いことにお使いになれば宜しかったんですわよ。
「まあ、魔力が貯まれば……彼らの一番誇りに思っていた姿に戻れるだろうね」
魔力を大量に吸い続けられると、4、50お歳を余計に取られたような見目になるそうですわ。
中身が大事だと嘯くも、見目に拘っていた方々には覿面な罰ですわね。
今までお気付きで無かった、ご婦人方からの視線も厳しいものでしょう。
それを傍観してらした殿方達も同様ですわ。
「私の中にいらしたウメコさんとやらも、お幸せに暮らしておられるといいですわね」
「ああ、それは偽名だ。彼らに呼ばれたくないと、偽名を名乗っていたんだよ。本名は興味ないから聞いていない」
「まあ、ウメコもやりますわね!」
彼女もお好きで私を乗っ取った訳ではありませんしね。
最近やっとモヤモヤが落ち着いてきましたの。
だって、1年間も私のグリシェルと一緒に居たのでしょう?
悋気も怒りも溜まりますわよ。
理不尽でしょうけど、だから遠くよりお幸せを祈っていますわ。
私の体を、グリシェルと共に悪者から守ってくれて有り難う御座います!
お陰で私は幸せですわ!!
異世界召喚に巻き込まれたウメコと、ネルお嬢様と悪霊と呼ばれるも実体を得たグリシェルの物語で御座いました。
このどっかの古城で暮らすグリシェルとネルお嬢様の子供達が力を増し、父譲りの悪霊と呼ばれた力で国を乗っ取っていくやもしれませんね。
お読み頂いた貴方に、心よりの感謝を!