表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
金曜クラブ  作者: しうちさん
1/10

序章

 夕暮れ時、それぞれの部活動がそろそろ終わろうかという頃、暗い廊下の片隅にある一室で、二人の生徒が低い声で話をしていた。

 部屋の真ん中で直立して、ずいぶんと緊張した様子で何ごとか話をしている男子が一人。額には冷や汗がにじんでいた。彼は合唱部の副部長だ。その向かいで椅子に座っている、メガネをかけた少し太めの男子。髪の毛は軽いくせ毛でウェーブがかかっている。目を閉じて、少し眉をひそめながら、向かいの男子の話に耳を傾けていた。

「……というわけで、次の生徒総会でぜひとも、わが合唱部の予算を増やしてもらえれば、と……」

 合唱部副部長が話し終えると、部屋の中に静寂が訪れた。外から野球部の掛け声と、金属バットの無機質な音が聞こえてきた。

 椅子に座っている男子、「帝王」内海憲隆は微動だにしない。

 居心地の悪い静寂。

 沈黙に耐え切れなくなり、副部長が何か言おうと口を開いた瞬間、内海が目を開けた。副部長は慌てて口をつぐんだ。

「それはできないな」

「えっ……」

 副部長が二の句を告げないでいるうちに、内海が話を続けた。

「君に言っておくべきことは二つ。一つ、ぼくはただの放送部の部長だ。ほかの部の予算をどうこうするなんて、ぼくにはできない」

 内海はここで一呼吸置いた。

「二つ、各部活の予算は生徒会が管理している。そういったことを訴えていく場はここではなく、生徒会だ」

 副部長は自分の心臓の鼓動が高まるのを感じた。話が違う。

 いまの生徒会がお飾りに過ぎないというのは、この学校では公然の秘密だ。合唱部の部長の話によれば、内海こそ、この桜木高校を裏で取り仕切るボスなのだ。だからこそ、わがままな部長の代わりに自分がこうして「陳情」に来ているのだ。

 副部長は意を決して口を開いた。

「いや、でも……」

 内海がそれをさえぎった。

「ただし」内海は副部長の目をじっと見据えながら言った。「合唱部とは長い付き合いだ。友人としてなら、聞ける頼みもある」

 一瞬、副部長と内海は見つめ合った。

「それは、その、どういう……」

 内海は目をそらして立ち上がった。副部長は思わず一歩あとずさった。内海はそんなことには頓着せず、そのまま窓のほうへ歩いた。外はもうほとんど暮れかかっていた。

「噂は聞いている。合唱部のいまの部長はとてもわがままだそうだ。独断専行。今日だって、部活の予算にかかわるような大事な話なのに、部の代表者が自ら来ずにほかの生徒に任せるなんていうのは、普通はあり得ない。前回の生徒総会でも、事前の相談もせずに勝手な主張ばかりしていたね……」

 内海は窓を見つめながら言った。

「文化部は足並みをそろえなくてはいけない」

 もう暗いので外は見えない。窓は校庭ではなく、鏡のように部屋の中を映していた。内海の目は窓に映った副部長の怯えた顔を見据えていた。

「まず、君たちで部の整理をすることだ」

 口調はあくまでも柔らかだったが、それは命令だった。

 合唱部の現部長を、即刻クビにせよ。

「わ、わかりました……」副部長が深々と頭を下げた。

「よろしい」内海はくるりと振り返り、にこやかに言った。今度は部屋の出口に歩み寄っていった。

「いつかぼくが、君たちの力を借りなければいけない時が来るかもしれない。そのときまでは……」

 内海は部屋のドアを開け、副部長に退室を促した。

「ぼくに借りができたなんて、思う必要はないからね」

 合唱部の副部長は逃げるように部屋を出ていった。


 合唱部の副部長が、わき目も振らずほとんど逃げるように走り去ったあと、入れ替わりに女子生徒が一人、部屋に入ってきた。ショートボブの髪型で眼鏡をかけている。生徒会事務局の次長、麻生晴美である。

「何がお望みだったの?」きびきびした口調だ。

 内海はまた窓の外を見ていた。しばらく黙っていたが、やがて麻生のほうへ向きなおりながら言った。

「合唱部の予算を二割増し。それから、部長が交代するからその手続きの準備も」

「了解」麻生は間髪を入れずに応じた。

「それと……」きびすを返して出ていこうとする麻生を引き留めるように、内海が言った。

「青野くんに見張らせて報告を受けるように。彼が約束を反故にするとは思わないけど。ただ彼らは、ぼくらに頼めば何でもできると思い違いをしているようだから」内海はため息をついた。

 麻生が出ていき、ドアが閉まった。部屋には再び静寂が訪れた。屋外の部活も完全に終了したらしい。校庭の木々が風に揺れてザワザワと音を立てた。廊下にも人の気配がなく、校舎はしんと静まり返っていた。

「潮時かな……」内海がポツリとつぶやいた。

 三月。校庭の桜の木々のつぼみがふくらみ始めた、ある肌寒い日のことだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ