開花
これにて終了です。
開花
「ふぅ…」
リリィは息をつき、肩を回した。
手の中の手帳は後少し。
こんなにも歩いてきたのだと、少し笑った。
「何をみているの?」
声をかけられ、リリィは顔を上げた。
そこには、すっかり成長したフィルが立っていた。
彼は彼女の持つ手帳に気がつくと、それを取り上げる。
「いつまでも、昔の僕をみていないで欲しいな」
「だって懐かしいんだもん」
フィルは微笑むリリィの手を取った。
「あなたのフィルは今ここにいる僕だよ」
♦︎♢♦︎♢♦︎♢
リリィが小さなタネをもらってから半年が過ぎた。
小さかったフィルは、もう素敵な殿方だ。
だがそれは、別れの日が近いことを、2人は感じ取っていた。
フィルは毎日の様に精霊の森へと通っていた。
リリィはその間、仕事の調合をする。
幼いあの日の様に手を繋いで行く必要はない。
幼いあの日の様に足元で泣いたりしない。
ただそれぞれ過ごす。
どんな未来を迎えたとしても、それがフィルの選ぶ道だ。
精一杯応援しよう!
そう、リリィは心に誓った。
♦︎♢♦︎♢♦︎♢
母なる精霊の樹木に抱かれて、フィルは考えた。
この先、どうしたらいいのか。
最後の精霊として世界を見守るのか…
それとも…
不意に思い出したのは、先日の市での出来事。
リリィに馴れ馴れしく声をかけていた男。
幼い頃の記憶でも…といってもそう前のことではないけれど、リリィに声をかけていた記憶がある。
考えると不安になる。
自分がいなければ彼女は彼と行くのだろうか?
ーーーでも僕は、リリィのそばにいたいんだ。
風が大樹を揺らした。
フィルは風を感じて笑った。
ーーーだから、もう少しだけ待ってて
精霊の大樹に誓う。
いつか、大事な人と一緒にここに帰ってくるから
その笑顔は晴れやかだった。
♦︎♢♦︎♢♦︎♢
その日の夕方、フィルは足取り軽くアトリエに帰ってきた。
「おかえり。何かいいことあった?」
調合をしていたリリィが顔を上げる。
フィルは少しだけ緊張した面持ちで、彼女の前に立った。
「リリィ、話があるんだ」
ぎゅっと拳を握りしめている。
リリィはそっとその手をとった。
「どうしたの? どんなことでもきくよ?」
いつも背中を押してくれる優しい声。
「僕、決めたよ」
フィルは一度だけ息を吸った。
「僕は、精霊の森には帰らない」
それは彼の覚悟。
「最後の精霊として、森を守る道もある。でも、それより僕は――」
彼はリリィの手を握り返し、引き寄せた。
「リリィのそばにいたい」
優しく抱きしめる。
「フィル……」
「僕は精霊だから、人間とは違う。きっとリリィよりずっと長く生きる」
その声は寂しそうだった。
「それでも、僕はここにいたい」
リリィはそっと抱き返しながら尋ねた。
「……私が、おばあちゃんになっても?」
「うん」
フィルはうなづく。
「ずっと?」
「ずっと」
「私が先にいなくなっても?」
フィルは一瞬だけ目を伏せた。
そして、穏やかに笑った。
「その時は――」
♦︎♢♦︎♢♦︎♢
長い年月が過ぎた。
いつしかリリィも老い、顔に手に皺が刻まれている。
もう、長くないだろう…彼女自身も悟っていた。
彼女の最後をあの日と変わらぬ姿のままのフィルは優しい顔で見送る。
この子に会えて楽しかった。良い人生だった。
リリィは静かに目を閉じた。
ーーーはずだった。
「起きて、リリィ」
呼びかけられて顔を上げる。
「やっとこの日が来たね」
フィルは嬉しそうに笑って、リリィに手を差し出した。
「約束通り一緒に行こう」
そして、優しく微笑んだ。
リリィの身体はそこに横たわったまま動かない。しかし、リリィはその手を取った。
フィルを育てたあの時と、寸分変わらぬその姿で。
「これからも、ずっと一緒にいられるね?」
手を取った彼女の魂をもう離さないと、フィルはぎゅっと抱きしめた。
「ずっとあなただけを見てました、大好き」
対戦、お疲れ様でした!




