第14話
「――この場をもって、公爵令嬢フィアナ・ノアール・ヴァルトライヒとの婚約を破棄する」
セディリオ殿下の声が講堂に響いた瞬間、世界が静止した。
空気が凍りつき、誰もが息を呑む。
次の瞬間、騒然とした怒号と動揺が一気に広がった。
上級生たちが席を立ち、教師陣すら困惑の表情を隠せず、ざわめきが講堂を飲み込む。
けれど、ただ一人――
フィアナ様だけが、静かだった。
銀の髪が静かに揺れ、白いドレスの裾をふわりと翻して、彼女は優雅に膝をついた。
その仕草はあまりにも美しく、
わたしは息を呑んだ。
処刑台に立つ花嫁のように。
気高く、潔く、そして誇り高く。
「……了承いたします、殿下」
凛とした声が、講堂のざわめきを切り裂くように響いた。
誰もが愕然とする中、彼女はまっすぐ前を向いたまま、顔色ひとつ変えずに立ち上がった。
その横顔が、あまりにも美しくて――わたしは、胸が苦しくなった。
彼女が、ここまでお膳立てしてくれた。
悪役を演じ、噂を被り、捨てられる役を受け入れて――
すべて、わたしとセディリオ王子の未来のために。
(ありがとう、フィアナ様……)
(あなたが、味方でいてくれて、本当に良かった)
その想いを、ただ胸の奥でそっと噛みしめる。
わたしはまだ知らない。
彼女の中に秘められた、もうひとつの想いを――
そのとき、セディリオ王子が再び前に出た。
ゆっくりと王族だけに許された漆黒のマントを外し、地面に置く。
「……加えて、本日をもって、王族としての一切の立場を放棄する。
私は、第二王子という肩書きを捨てる」
どよめきが、爆発するように講堂を包んだ。
「なっ……! 殿下、それは!」
「お待ちください、無断でそのようなことを――!」
側近たちが慌てて駆け寄る。
彼らの動揺は隠せず、数人が顔を青ざめさせて講堂を飛び出していく。
「王に、王にお伝えしなければ!」
彼らの声が遠ざかっていくのを、殿下はただ静かに見送った。
「王家の名のもとに生きるより、大切なものを、私は見つけた」
その目が、まっすぐにわたしを見つめる。
胸が、ぎゅっと締めつけられた。
この人が、ここまでしてくれるなんて――
演技のはずなのに。作戦の一部だったはずなのに。
どうしてこんなに、心が痛くなるんだろう。
けれど、わたしは微笑んだ。
殿下の手をそっと取り、
静かに、その温もりを握り返す。
(わたしは、あなたと生きる)
(罪も、復讐も、過去も――全部背負って)
そして、フィアナ様――
あなたがくれたこの舞台を、
わたしは絶対に無駄にはしません。
私の復讐のために。
本当はフィアナ様を利用したくはなかった。
フィアナ様を尊敬しているし、大好きだから。
私の復讐のためにフィアナ様を利用してしまってごめんなさい。
本当に、ごめんなさい……




