215 金色の救世主
「――」
暗い……。
何も見えない……。
皆の声も聞こえない……。
一体俺はどうなってしまったのだろうか……。
まさか負けたのか……?
エリュシオンの言ったように、選択を間違えたから……。
「……っ」
いいや、そんなはずはない。
微かだが、力の流れを感じる。
これはたぶん、世界中に張った結界術への流れだ。
かなり弱くなっているが、それでもまだ俺は結界術を張り続けている。
皆を守り続けている。
なら俺はまだ負けちゃいない。
選択も、間違えてなんかいない。
俺は……俺は……っ。
と。
「……?」
ふいに小さな光が目の前に現れて、俺はゆっくりとそれに右手を伸ばしてみる。
すると、どこか懐かしい女性の声が聞こえてきた。
『やはりあなただったのですね、イグザさん。私たちを、ハーゲイの皆さんを守ってくださって本当にありがとうございます』
「……リサ、さん?」
そう、この優しい感じの声は、俺がエルマと別れてはじめて一人でクエストを受けた際に出会った、港町ハーゲイのギルド受付嬢――リサさんだ。
確かとても笑顔の可愛らしい人だった気がする。
でもどうしてリサさんが……、と俺が困惑していると、また一つ目の前に新しい光が現れた。
なので俺はその光にも手を伸ばしてみる。
次に聞こえてきたのは、やはり懐かしさを覚える少女の声だった。
『あの時は亀さんを追い払ってくださって本当にありがとうございました。お母さんもわたしもイグザさんのおかげで無事です。どうかまたイグザさんにお会い出来ますように』
「ティアちゃん……」
そういえばはじめてマグリドを訪れた時は、彼女たち親子のためにあの馬鹿みたいにでかいアダマンティアを気合いでどかしたんだっけか。
せっかくプレゼントした旅行が中止になりそうだったから、ティアちゃんも凄く喜んでくれたんだよな。
元気そうでよかった……、と感慨に耽る中、俺の周りにはどんどん光が溢れていく。
『またお母さんのお店にいらしてくださいね。フィオはいつでもイグザさんをお待ちしておりますので』
『なんかとんでもないもんと戦ってるみたいだけど、負けるんじゃないよ。あんたが負けたらフィオが悲しむからね』
武術都市レオリニアのフィオちゃんとレイアさん。
『マグメルからお話は伺っております。どうか皆さまにご武運を』
城塞都市オルグレンのフレイルさま。
『娘を頼むぞ、救世主殿』
『ご武運を祈ることしか出来ない私たちをお許しください』
『イグザさん、お姉さまを、皆さんをどうかよろしくお願いします』
軍事都市ベルクアのゼストガルド王とリフィア妃、そしてアイリスを含む妹たち。
『里の者たちも皆無事です。全てが終わったら、またティルナと一緒に遊びに来てくださいね』
ティルナのお母さんで、人魚の里――ノーグのセレイアさん。
『え、イグザさま負けそうなんですか!? ちょ、あなたが負けたら私の女神さま方まで死んじゃうじゃないですか!? 意地でも踏ん張ってください!? それが無理なら今のうちにナザリィとマグメルさまの交換をぶえっ!?』
『鬼畜か、このクソデブ! むしろおぬしがイグザと代わってこんかい!』
「はは……」
ポルコさんとナザリィさんも相変わらずだなぁ……。
でも二人とも無事で本当によかった。
思わず笑みがこぼれる中、ほかにも色々な人たちの声が光とともに聞こえてくる。
今までに出会った人たちは言わずもがな、人間亜人を問わず、小さな子からお年寄りまで、本当に多くの人たちの声援が聞こえてきたのだ。
「……ああ、そうだな。やっぱり俺は間違っちゃいなかった。だって皆の声を聞いていたら、絶対に負けられない……いや、〝負ける気がしない〟って気になってくるからな」
ぐっと拳を握り、俺は決意を秘めた表情で再び前を向く。
すると。
『――そうです。イグザさまは何も間違えてなどおりません』
「!」
カヤさんの声が、俺の言葉に反応するかのように聞こえてきた。
――しゃんっ。
「――っ!?」
そして何か鈴の音のようなものが響いたかと思うと、周囲を覆い尽くしていた光が一斉に俺の方へと向かってきて、身体の奥底から力が湧き上がってくる。
「これは……」
『あなたさまの皆さまを思う優しいお心が、今度はあなたさまのお力となるべく戻ってきたのです。――この世界に住む全ての人々の〝祈り〟となって』
「ああ、そうか……」
だから皆の声が聞こえたんだな。
俺たちに力を貸してくれるために。
「ありがとう、カヤさん。君のおかげで俺は……いや、俺たちは再び立ち上がることが出来ます。一緒に戦ってくれて、本当にありがとう」
『いいえ、お礼など必要ありません。だって私もまた――あなたさまをお慕いする〝妻〟の一人なのですから』
「ええ、もちろんです。でも、それでも俺はあなたにお礼が言いたい。ありがとう、カヤさん。全部終わったら必ず迎えにいきます。だからもう少しだけ待っていてください」
『……はい!』
そうして、世界が光で溢れたのだった。
◇
「こうして終わってみれば、存外呆気ないものだったな」
凝縮された球体状の〝汚れ〟を見下ろし、エリュシオンはそう独りごちる。
イグザたちに焼かれた傷はすでに再生し、半壊した外殻もまた元の姿へと戻っていた。
もはやこの世界にエリュシオンに敵う者はなく、もうすぐ人と亜人も全て滅び去る。
エリュシオンの――完全勝利だ。
――べきっ!
「――っ!?」
そう、思っていたのだが、
――ばきんっ!
「ぬっ!?」
突如として〝汚れ〟の檻がヒビ割れ、中から色とりどりの光の玉が六つ同時に飛び出してくる。
玉はそれぞれ赤、青、黄、緑、紫、白の六色に分かれており、白以外の五色が一つとなってもう一つの白となり、二つの白は螺旋を描きながら再びヒビ割れた檻の中へと戻っていった。
すると次の瞬間。
――ぱあああああああああああああああああああっ!
「ば、馬鹿な……っ!? なんだ貴様のその力は……っ!?」
目映い金色の輝きが一瞬にして〝汚れ〟の檻ごと外殻の両腕を消滅させる。
そしてその中央で静かに佇んでいたのは、同じく金色の装束を身に纏い、髪の毛すらも黄金色に輝く救世主――イグザであった。




