177 処刑の始まり
――ぐしゃっ!
「あぎゃあああああああああああああああああああああああああああああああっっ!?」
容赦なく魔族らしき男の顔面を握り潰した俺は、
「ザナから――離れろッ!」
――どぱんっ!
「ぐげええええええええええええええええええええええええええええええええっっ!?」
同時にやつの腹部に強烈な蹴りを叩き込む。
そして螺旋を描きながらぶっ飛んでいった男には見向きもせず、ふっと力の抜けたザナの身体を優しく抱き止めてやった。
「イグ、ザ……? 本当に、イグザなの……?」
「ああ、そうだよ。遅れてごめんな」
俺がそう微笑みかけると、ザナは我慢していたものが一気に溢れてしまったようで、ぎゅっと俺の胸元に顔を埋めて泣いた。
「イグザぁ……イグザぁ……」
「大丈夫。ちゃんとここにいるから安心しろ」
そう言って、俺はザナの小さな頭を優しく撫でる。
「ひっぐ……私……本当は……凄く怖くて……でも……皆を守らなくちゃって……」
「ああ、分かってる。でももう大丈夫だから。だからあとは安心して全部俺に任せろ」
「うん……うん……ひっぐ……」
いつもクールで気丈な彼女がこんなにも身体を震わせながら泣きじゃくっているのだ。
一体どれほどの恐怖だったのだろうか。
それを考えただけでもはらわたが煮えくり返りそうになるが、俺は努めて冷静にザナをお姫さま抱っこし、フィーニスさまたちのもとへと連れていく。
すると、開口一番アイリスが何かを訴えかけるようにこう言ってきた。
「い、イグザさん、私は……」
ぱっと見は無傷のように思えるが、顔色もかなり悪いし、何か精神的に参るようなことでも言われたのだろう。
だから俺は彼女を安心させるべく、微笑みを浮かべて言った。
「よく頑張ってくれたな、アイリス。君が時間を稼いでくれたおかげで、俺はザナを救うことが出来た。本当にありがとう」
「イグザさん……。いいえ……いいえ……お礼を言うのはこちらの方です……。私は、なんのお役に立つことも出来ませんでした……っ」
ぽろり、と悔しそうに大粒の涙を流すアイリスに、俺は「そんなことないよ」と口元を和らげる。
出来れば頭を撫でてあげたいところだったのだが、今は両手が塞がってるため、俺は先にザナをフィーニスさまに預けることにした。
「フィーニスさま、ザナをお願い出来ますか?」
「ええ、もちろんよ……」
頷くフィーニスさまにザナの身を委ね、俺は未だむせび泣くアイリスの小柄な身体を優しく抱き締めてあげた。
「君がいてくれたからこそ、ザナは最後まであの男に屈しなかったんだ。そしてザナが抗い続けてくれたからこそ、俺はこうして間に合うことが出来た。お役に立ってない? むしろお役にしか立ってないだろ? だからそんなに自分を責めちゃダメだ。せっかくの可愛い顔が台無しになっちまうからな」
そう笑いかけながらアイリスの涙を指で拭ってやると、彼女は「イグザさん……」と別の意味で涙が止まらなそうになっていたのであった。
そんな彼女の頭をくしゃりと撫で、俺は再度フィーニスさまに向き直る。
「すみません、フィーニスさま。ここまでやられた以上、俺はあの男を許すわけにはいかない。今この場で――俺はやつを殺します」
「ええ、分かっているわ……。私の方こそ彼女たちを守ってあげられなくてごめんなさい……。心の中では分かっているつもりなの……。あの子たちをもとに作られてはいても、彼らはあの子たちではないと……。だから私のことは気にせず、あなたの思うままに力を振るってちょうだい……」
「ありがとうございます。そう言ってもらえると助かります。辛い思いをさせてしまってすみません」
すっと頭を下げた後、俺はフィーニスさまにザナたちのことを頼む。
「じゃあ彼女たちのことをよろしくお願いします。エルフの方々と一緒に安全な場所に隠れていてください。出来ればこれから起こることを彼女たちには見せたくないんで。もちろんフィーニスさまにも」
「ええ、分かったわ……。あなたに武運を……」
そう頷き、フィーニスさまが二人を里の奥へと連れていく。
最後までアイリスが心配そうにこちらを見やっていたが、なんとか彼女の姿が見えなくなるまで笑顔を作り続けられてよかった。
――ばちっ。
だってもう限界だったからな。
――ばちばちっ。
この身体中を渦巻く怒りの炎を抑えておくのが。
「ぐ、がっ……ア、アタシの顔がぁ~……」
「いい加減下手くそな芝居はやめろ。目障りだ」
「……」
吐き捨てるような俺の言葉に、男は一瞬無言になったかと思うと、ぐにゃりとまるで軟体動物のように身体を起こして言った。
「なーんだ、バレてたんですか。つまらないですねぇ」
まあいいでしょう、と男は見てくれ同様、道化師のように演技がかった動作で頭を下げる。
「アタシの名はキテージ。以後お見知りおきを、救世主さん」
「いや、必要ない。お前と会うのはこれが最後だからな」
「キシシ、それは面白いことを言いますね。これでもアタシの序列は結構高いんですよ? その証拠にほら、先ほどあなたに潰されたお顔もこのとおり、より強そうに再生しているでしょう? 実はこれ、お顔だけじゃないんですよ」
じゃーん! とキテージが先ほどとは微妙に異なる全身の模様を見せつけて言う。
「分かります? アタシね、ヨミさんとは違って不死身じゃあないんですけど、一度攻撃を受けて再生するとあら不思議――なんと同じ人からの攻撃は二度と受けつけなくなっちゃうんですよぉ! だからアナタの攻撃も……って、あれ?」
どさり、と急に低くなった視点にキテージが呆然と目を瞬かせる。
最中、俺は振り抜いた剣を消失させて言った。
「お前はよく喋るな。どうりでアイリスが怖がるわけだ」
「え、あれ? なんでアタシの脚が斬られて……えっ?」
状況がまったく理解出来ていないのか、キテージは無造作に転がり、燃える腿から下の両脚と俺を交互に見やった後、
「あ、脚いいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいっっ!? ア、アタシの脚があああああああああああああああああああああああああああっっ!?」
真っ青な顔で大絶叫を上げたのだった。
「何を騒いでいるんだ? お前には俺の攻撃が効かないんだろ?」
ずばんっ! と次に宙を舞ったのは、当然やつの両腕だった。




