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第41話 支部長代理として届ける


それから時間は経って、5日後。


「えーっと、まあ、なんだ。ミーティング始めるぞ」


ぎこちないのは百も承知で、俺は事務所の席に着いた。

ちなみに今は平日、午前中。

いつもなら学校のある日だが、行く必要はない。

5日前に休学届けを出してきた。

これによって俺の進級はかなり危ういものとなったが、そうしている場合ではない。

同じく席に着いているみんなを見回す。

トーキョーエリア支部のピンチを前に、真剣そうな表情で俺の俺の言葉を待っていた。

偉そうに咳払いしてみるものの、サマにならないのは百も承知。


「今日の依頼は今のところ……7件な」

「今朝増えたので8件ですー」

「あ、ああ、すまん。8件な」


早速無能さを晒してしまった。

俺は慌てて手元の資料をめくって、依頼プラス1と書き込む。

気を取り直して、本日の予定確認。


「今日の卯衣の予定はどうなってる?」

「フリーですー。何かあったらすぐ連絡くださいー」

「了解です。じゃあリンゴの仕事は……これな」

「ほいほいっと」

「それじゃあ残りの仕事は俺と……」


俺は、普段俺が着席している席に顔を向けた。

ミーナでも卯衣でもリンゴでもない、第三の人物。

その正体はーー


「頼むぞ、千島」

「御意、かける支部長代理」

「次そう呼んだらオーサカエリアに突っ返すからな」


オーサカエリア支部に在籍しているハズの、千島千鳥。

感情の反映率が薄い表情で「てへ」と呟いた。かわいくない。

その真横に座っているリンゴが、抗議の声を上げた。


「てかさー。もうちょっとマシな応援いなかったワケ?」

「私では不満か?」

「べっつに仕事に不満はないけどさー」

「むしろ、忍者さんだけあって任務遂行能力は抜群ですねー」

「これくらい、おーさかえりあ支部では自慢にもならない」


言いながら千島は、俺に意味深な視線をやった。


「れべるの高い環境で人に揉まれるほど、人は強く大きくなる」


そしてすぐ、真横に座っているリンゴに向き直る。

アメリカンジョークのオチを言う時のようなドヤ顔で


「ちょうど君のおっぱいのようにな」

「これよ! これが不満なのよ!」


オチに使われたことが気に食わなかったのか、目を下弦の月の形にして怒るリンゴ。

しかし、俺は「まあまあ」と仲裁に入る気にもなれなかった。

千島の意味ありげな視線が伝えるメッセージを、俺は読み取ったのだ。


『れべるの高い環境で人に揉まれるほど、人は強く大きくなる』

『だからかける。成長したければおーさかにおいで』


千島がここにいる「表向きの」理由は、オーサカエリア支部からの応援。

しかし、表があるところには当然「裏」がある。

つまり、俺をオーサカエリア支部に引き入れるという裏。

千島がトーキョーにやってきた当初の目的は継続中なのだ。

俺たちとしてもありがたかったのでその応援を受け入れることにしたが……。

俺にアピールする最高のポジションを与えてしまったことは少し後悔している。

ちなみにこのことは、俺と千島以外誰も知らない。


「とりあえず仕事だ。じゃれ合うのは後にするぞ」

「……わかったわよ、ふん」

「そうだな、巨乳いびられ嫁の乳で乳繰り合うのは後にしよう」

「あんたあたしの胸でなにする気よおおおおっ!」


イマイチ場が締まらないのは、本物の支部長がいないせいである。



★★★★★★★★★★



本日分の仕事を終えて。

クタクタになった俺が向かったのは、支部の仮眠室。

代理じゃない、本物の支部長がいる部屋だ。

一応ノックしてから仮眠室に入る。


「よっ、ミーナ。元気か?」

「……………………むぅん」


ミーナは今日も、眠っていた。

ケンカ別れの気まずさが残っているので、起きていないことに少し安心する。

俺はベッドの横にパイプ椅子を置いてミーナの寝顔を横から眺めた。

清潔感ある白いベッドに仰向けになってスヤスヤ寝息を立てている。

いつもなら掛け布団も敷き布団もぐちゃぐちゃにしているところだが、今回は行儀が良かった。

しかし、決してそれは喜べることではない。

今のミーナに寝返りを打つ気力も体力もないことを示しているから。

ミーナはもう、一週間近くまともに目を覚ましていない。


「お医者さんが言うには、身体と心の疲れが同時に限界突破だってさ」


1日23時間睡眠。

世話役の卯衣によると、起きている時間も夢遊病患者に近いとのことだ。

たまにぬぅっと起きて無言で食事をとってすぐ寝るという生活を送っているらしい。

一度だけ俺が見舞いに来ている間にミーナが目を覚ましたことがある。

目が合って気まずい思いをしたが、ミーナは虚ろな目で軽食をとってすぐ眠るだけだった。

この一週間、ミーナの脳は春眠暁を覚えず。

少し前までの俺なら「さすがに寝すぎだろ」とツッコミを入れるんだろうが……。

俺の価値観は、この一週間くらいで大きく変化していた。


「そりゃ、そうなるよな。あんな激務を毎日こなしてたら……」


実際、支部長代理という役職にはとんでもない激務が伴っていた。

危険な仕事を率先して請け負い、オペレーターと密に打ち合わせをして仕事に出る。

クタクタになって事務所に戻れば、新年度の準備に追われてデスクワーク。

事務仕事はほとんど卯衣に引き継いだのだが、すべてを丸投げにはできない。

そんな仕事量に俺は文字通り忙殺されて……。

支部長代理体験1日目、高校の休学を決めた。


「今日で休学5日目だよ。勘弁してくれ、ミーナ」


マジでダブるぞ、これ。

そんな学業をおろそかにする俺が支部長代理でもトーキョーエリア支部が回っているのは、千島のおかげ。

その働きに裏があるとはいえ、表の仕事を処理能力には毎日驚かされている。


「千島はすごいぞ、ミーナ。俺の倍は働く」

「……………………ぬぅん」

「千島がいてくれれば、なんとかーー」


言いかけて、慌てて口を押さえる。

『千島がいてくれればなんとか仕事はこなせる。だからゆっくり休めよ』

ミーナを安心させるために言おうとしたことだが。

俺がそれを言ってしまうと別の問題を認めることになる。


『我が現場で行う仕事もなくなる。ゆえに一線を退くのだ』


悲しいかな、ミーナの言葉は事実だった。

ミーナがいなくても、支部はなんとか回っていた。

大抵の依頼は俺たちだけでなんとかなっている。

助っ人が一人来てくれただけで、仕事は十分こなせている。

じゃあ……在籍してくれるデリバリストが5人も来たらどうなるのか。

新年度の様子を思い浮かべてみる。

5人が5人とも、キャリアのあるデリバリストだ。

ミーナほどでないとしてもガンガン宅配していくだろう。

そしてコストパフォーマンスはミーナのそれよりも遥かに良い。

だから……

認めたくないけれど、俺はミーナのいないこの支部が繁栄する未来を見てしまった。


「俺は……どうしたらいいと思う?」


目を覚まさないミーナの問いかける。

ミーナがいなくても支部はやっていけるし。

俺がいなくてもそれは同じ。

俺がトーキョーエリアにいる理由が、すっぽり抜け落ちたように思えてしまう。

だったら、俺がここにいる意味はあるのか?

必要とされる場所に行った方がいいのか?

オーサカエリアへの異動に心が傾く俺は許されるのか?


「……………………む、ぅぅん」


答えは、返ってこなかった。

ミーナからも、俺の中からも。


「…………また明日な。早く仲直りさせてくれよ」


寝ているからこそ言える本音を残して、俺は仮眠室を後にした。

扉を開けた瞬間、壁を背に立っている千島がいた。

俺の倍の件数配達を終わらせたと思えないほどクールな表情。


「…………趣味わりい」

「かけるこそ、また眠り姫とお喋りか」

「悪いかよ」

「悪くはないが妬く」


反応に困ることを言いながら、千島は「ところで仕事の話だ」と目を光らせる。

千島の手に握られているのは、新たな宅配伝票。


「深渡瀬氏より特命だ。他の仕事はすべて後回し。こちらを解決してほしいと」

「妙な伝令だな?」

「深渡瀬氏曰く『怪しい雰囲気がしますー』と」


伝票からして怪しい匂いで充満しているのだ。

送り主の住所氏名はしっかり書かれている。しかし送り先は「同上」となっていて、荷物のところには「USBメモリ」と書いてある。

極め付けに怪しいのは備考欄。


『お願いです! 必ず! 必ず2月20日までに届けてください!』


「その上、この住所に行った一般配達員が行方不明になっているらしい」

「まるでホラー映画じゃねえか」


人喰いホラーハウスが思い浮かんだ。

人が行方不明とあっては、最優先させるが吉だ。


「千島、リンゴは帰ってきてるか?」

「巨乳いびられ嫁はまだ仕事中だ。深渡瀬氏も手が離せない」

「なら一応二人で行くぞ」

「御意」


俺は仕事用のウエストポーチを付け直して、追加の仕事に向かった。



★★★★★★★★★★



無言の移動時間が終わり、俺たちが現場に到着したのは太陽が沈んだ一時間後だった。

そして寒空を突き刺すようにそびえるその建物は……。


「城?」

「立派な一夜城だ」


お城、だった。

周囲を囲むように作られた堀と塀。

世界遺産に登録されそうな瓦造りのフォルムに、城下町を見下ろす天守閣。

屋根の上では金色のシャチホコが二匹、しっかり反っていた。

修学旅行で行ったことのある場所ベスト3に入りそうな建造物。

町の景観と調和しているなら「風流」だの「歴史を感じる」だの言えるのかもしれない。

しかし、それが山奥に隠されるようにしてあるなら話は別である。

この城に何者かの意図と怪しさをたっぷり感じ取ってしまった。


「そう慌てるようなものではない」

「慌てるだろ、普通?」

「私を誰だと思っている? 城攻めなど、得意中の得意だ」

「まあ……そうか」


城とはいわば、忍者のホームグラウンド。

現代に生きる忍者が城で何の仕事をするんだと疑問に思わないでもないが、面倒くさくなりそうだったのでスルーした。

何はともあれ、正体不明の城に入るにあたり千島の存在は大きい。

身長はミーナより少し大きいくらいのSサイズ。

そんな小さい背中が妙に頼もしかった。


「まあ、とりあえず……玄関探すか」

「御意」


城をぐるりと囲む堀を半周して、門とそれに続く橋を見つける。

さらっと半周と言ったが、それでも結構な面積を囲む堀なので時間はかかった。


「かける、門があった」

「だな」


立派な吊り橋と、その先にある巨大な門。

吊り橋と言っても大量の丸太で補強された強そうな橋だ。

時代劇の城攻めシーンでよく見る、あの可動式のヤツ。

トラック一台通ってもビクともしなさそうなほどデカい。


「時代劇とかでよく見るよな、この造り」

「跳ね橋造りだな。城門防備を固くするには道理にかなった方法だ」


城攻めが得意というだけあって、さすがに詳しい。

城や堀についてのうんちくを聞きながら橋を渡ると、その先に新たな疑問が待っていた。

インターホンがあった。


「斬新。過去と現代の見事なこらぼれーしょんだな」

「単にいちいち出てくるのが面倒なだけだろ」


天守閣にいる時来客がきたら、門に到着するまでに客は帰ってしまうだろう。

広い家には広い家なりの苦労があるのだ。

俺がインターホンを押そうとすると、千島がそれを制する。


「どうした?」

「一応、罠を警戒しておこうと思う」


懐からゴム手袋と耐衝撃ゴーグルを取り出して装着し始める千島。


「やりすぎだろ」

「念には念を入れる。それが、でりばりすと」


千島はインターホンをじっくりと観察し、爆発物処理班のように慎重に指を近づける。

そして指でボタンを押す。

と同時にインターホンが爆発。

しかしさすがそこは警戒心を緩めなかった千島。

爆風と同速で体を仰け反らせてダメージを殺しーー


ということはなく。


ぴん、ぽーん


「普通じゃねえか」

「こんなこともある」


悪びれずに肩をすくめる千島。

常識が通用しない建造物であることはよくわかった。


『はい。どちらさまですか?』

「あ、すみません。宅配便です。お荷物お届けに参りました」

『博士からの紹介状はおありでしょうか?』

「博士? いや、そういうのは聞いてないですけれど……」

『まあお入りください』


がちゃん、と扉から音が聞こえて。

ぎぎぎぃっと門が開いた。

インターホンが切れたことを確認して千島と顔を見合わせる。


「楽勝じゃね?」

「やけに簡単に開いたな」


怪訝そうな顔をする千島だが、門に向かって一歩踏み出す。


「じゃあ行方不明者も探しながらーー」


と言いながら千島と二人、門をくぐった瞬間。


がしゃんっ!


真後ろで大きな音がした。


「うえっ!?」

「やられたっ!」


爆発したんじゃないかと思う音と勢いで、門がしまった。

俺より一瞬早く我に返った千島がすぐ門を蹴る。

しかし、門はビクともしない。

唯一の出入り口が壁になってしまった。


「やばいぞ、かける」


さすがの千島も軽くパニックを起こし、らしくなく目線を右往左往させる。

予想できないことは他のすべてに勝って怖い。

これは行方不明者が出たと言われても納得がいく。


『こんばんは』


と。

城の本丸がある方向から、機械的な声がかけられた。

何の特徴もない、30歳くらいの男だった。

いや、特徴がないは言い過ぎた。

真っ白な顔と、その表情が語る空っぽの心。

表情の薄さに定評がある千島と比べても、遜色ない。

むしろ、千島の方が表情豊かに見えてしまうほど。

ある意味薄くてある意味濃い、不気味な特徴がその男にはあった。


『わたくし、この城ーー無尽城(むじんじょう)の管理人でございます』


恭しく下げられた頭が上がると同時に、管理人は厳しい声を出す。


『博士が留守の間、不法侵入は許しません』

「待ってくれ、これは誤解だって……」

『不法侵入は許しません』


聞く耳持たず、じりじりと管理人は迫ってくる。

俺たちに逃げ場はない。開かない門が背中にぴったりくっついているのだ。

二手に別れて逃げ回るという強引なアイディアが浮かんだが……。


「かけるっ、伏せろ!」


千島のアイディアは、より強引で乱暴だった。

千島の切羽詰まった声が耳に入り、俺は反射的に伏せる。

瞬間、闇夜に紛れた千島が体をゆらっと揺さぶった。

それと同時に千島の姿が俺の視界から消える。

千島の十八番を前に、管理人は一歩も動けない。

そして俺が気づいた時、千島は管理人の真後ろの空中にいた。

頭を薙ぎはらう形で繰り出す、超低空アクロバット後ろ回し蹴り。


「ーー甲賀千島流暗殺妙技、破千鳥(はちどり)


突然の暗殺妙技で管理人を襲う。

しかし。

ぱしっ!


「くうっ!」


背中に目でもついているのか。

管理人は振り返ることもなく、後手に千島の足を受け止めた。

千島の表情が驚きに満たされる。

しかし千島はすぐ気を引き締め直した。

管理人の腕を絡め取るように脚で払い、身動き取れない姿勢に組み伏す。

見ている方が痛くなるようなキツく締め上げる関節技。

管理人の動きが止まったのを確認して、すぐ千島は俺の方に向き直った。


「かける、逃げろっ!」

「へ?」

「こいつ、人間じゃない!」


俺がその言葉に戸惑った瞬間、管理人がいつの間にかスタンガンを手にしているのが見えた。

いや。

管理人の腕がスタンガンに「変わった」のが、はっきり確認できた。

そしてその瞬間。

俺は千島の失態に気づく。

関節技は痛いから効果があるのだ。

関節を固め、少しでも身動きを取れば激痛が走る体勢で押さえ込む。

逆に言えば、痛みを我慢できれば関節技に効果はない。

もっと言うと。

痛みを感じない相手には効果がない!


ばきりっ!


という破壊音が静かに響く。

人間ではあり得ない肩の可動域で、管理人の腕が千島の不意を打った。

俺に必死で避難を呼びかける千島に、スタンガンの青い光が迫るーー。


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