第9話 ラブレターを届ける2
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『ピンポンパンポーン♪
ここからはより一層の臨場感を求めて、三人称での描写となりますー。
カケルさんの語りを聞けないのは残念ですが、ご了承くださいませー。
以上、ういちょんこと深渡瀬卯衣でした!
久しぶりに苗字付きで名乗っちゃった、きゃは♪』
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夏の体育館。そのむせかえるような暑さの中、一匹の鳥が飛んでいた。
体長182センチ、体重77キロ。決して小型ではないその鳥は、翼を持たない。
しかし、他の動物をあざわらうかのように誰よりも高く飛んでいた。
否、跳んでいた。
「うりゃっ!」
バシッ、と。
ボールが叩き落とされる音。
「カケル、ナイスブロック!」
「気をつけろ! 11番かなりやるぞ!」
歌川高校側の攻撃。選手がシュートを打った瞬間カケルは常人離れした跳躍力で宙を舞い、ボールを右手で弾き飛ばした。延長始まってもう五本目になるハイジャンプブロック。
ボールを叩き出す位置はデタラメで敵の真正面に落ちることもあったが、それでも相手にしてみればこの高さが脅威であることに変わりはない。
延長開始から四分。カケルは歌川高校の攻撃をすべて防いでいた。
写楽高校はカケルのジャンプ力を後ろ盾に、思い切りよく攻めていく。点差は広がっていないが、代永を中心にコツコツと点を積み重ね、スコアは写楽76-歌川70。
『やりますねー、カケルさん』
「うむ、さすがの運動神経なのだ」
カケル爆発のきっかけをつくった二人は、身内の活躍に少しドキドキしながらも冷静に戦況を見つめていた。
カケルが持つ異常なまでの運動神経。
それをミーナが精神的に、卯衣が戦略的にサポートする。
歌川高校は実質的に、デリバリスト三人の助っ人を相手にしているのだ。
トラウマ物である。
「しかしういちょん、カケルは素人であろう。何をアドバイスしたのだ?」
『あー、簡単なことですよー。カケルさんにはディフェンスだけに集中するよう言ったんですー』
「ディフェンスだけ?」
確かにカケルは、写楽攻撃の時にもその輪に加わっていない。センターライン付近でいつでも戻れるようチームから独立した動きをしている。
そこには卯衣の意図があった。
『素人がファウル取られずに攻撃参加は難しいですからねー。その点ディフェンスなら、選手と接触せずにボールを弾くだけで仕事できますからー。……おーっ』
言っている間に攻守が切り替わる。歌川の攻撃。カケル一人に対して三人が連携して攻めてきた。
しかしカケルはパスの連鎖を無視。冷静にシュートだけに反応し、またもボールを弾き飛ばす。
この連携攻撃も卯衣の想定内だった。カケルにそれは通用しない。最初からシュートだけを撃ち落とすつもりなのだ。相手の選手じゃまものの動きなどは眼中にない。
カケルの集中力を乱すことは誰にもできなかった。
『あの狭いコートに10人もいる中で、ボールだけを追うってほぼ無理なんですけれどねー』
「カケルもさらっと超人だのう……む?」
しかし次のプレー。状況は少なからず変化する。
カケルにマークがついたのだ。しかも二人。
「おうっ、危ねぇ!」
ジャンプをしようにも、おしくらまんじゅうのように体を寄せられればうまく踏み切れない。
その乱れを突いて歌川は延長初得点、そして追加点。あっという間に4点差に詰め寄られてしまった。
残り時間4分。お互いに堅守でゲームを進める中ではあったが、この点差を守りきれる保証はない。
「やばくないかの?」
『こんなこともあろうかと別のアドバイスをしてありますー』
「ふむ、何とアドバイスしたのだ?」
『チャンスを見て攻撃に行け、と言いましたー』
瞬間、ミーナは眉をひそめて不信感をあらわにする。
とてもではないが、具体的な指示とは言えない。
「抽象的過ぎぬか?」
『問題ありませんよー。確かにカケルさんはバスケ素人で、戦略には疎いかもしれませんけれど……』
写楽高校の攻撃。
点差を広げようと代永の放ったシュートが、リングに嫌われて大きく跳ねた。
すかさずこぼれ球を奪おうと身構える両チームの長身選手。この攻防が点に直結する、その意識があったからこそ、二人とも全力で優位置を奪い合う。
位置どりで優位を取ったのは、ディフェンス歌川高校。
写楽の選手も負けじと足に力を溜める。
彼らが今まさにジャンプしようと踏み込んだ瞬間……
『勝負所での思い切りの良さは、デリバリスト最高水準ですからねー』
パシッ、とナイスキャッチの音を立てて。
写楽11番カケルの両腕は、はるか上空でボールを捉えていた。
「カケルっ!?」
「いつの間に!?」
神風のような走り込みと、爆発的な跳躍に絶句する両チーム。
しかし、プレーは終わらない。
ゴールリングに頭を突っ込めるほどの高い位置、その不可侵領域を行く鳥カケルは上からボールを叩きつけるようにして……
ガツンッ!
両手ボースハンドダンクシュートを叩き込んだ。
歓声と悲鳴が同時に湧き上がる。
「カケル、ナイス!」
「おうよ、外れたら次も行くからな!」
カケルの活躍に大いに鼓舞される写楽高校と、対照的に大きな恐れを抱く歌川高校。
カケルの攻撃参加により、試合のリズムは大きく崩れる。
マークが甘くなりカケルのディフェンスも復活。リバウンドに容赦なく反応して点数を稼いでいく。
心を折られた時点で、歌川の反撃は終わったも同然だった。
「これは将来バケるのう……」
『ええ、苦労してスカウトした甲斐がありましたねー』
かくして伝統の写楽・歌川の練習試合は、カケルの才能を見せつけるためのステージに変わった。
写楽89-歌川74。
写楽の歓喜と歌川の悲鳴とデリバリストの畏怖をすべて丸ごと巻き込んで。
試合終了のホイッスルは、鳴った。
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「おうカケル、お疲れ」
「おうよ」
試合終了後のベンチ。
誰もいなくなった体育館でぼけーっとしていた俺に、代永が話しかけてきた。代永が声をかけなかったら、あと二時間くらいボーッとしていたと思う。
「いやー、大活躍だったな。最強の幽霊部員だよ」
「……サンキュー」
「なあ、カケル。本格的にバスケしないか? 鍛えればインターハイ間に合うぜ」
「ごめん。バイトあるから無理だわ……って、ああっ! そうだった!」
ここに来た本来の目的を思い出し、慌ててカバンから例の配送物を取り出す。
首を傾げる代永の前にそれを差し出した。
「これ、知り合いが代永に渡してくれって」
「うん……? ああ、そういうこと」
「そういうこと。できればきちんと読んでくれると嬉しいんだが……」
「読むよ。カケルの頼みだからな……誰とも付き合う気はないけどね」
「そこまでは強制しないよ。一応伝票にサインくれないか?」
「……宅配便みたいだな。ほれ」
ちょっと呆れ顔の代永がサインし、それと引き換えに手紙を渡す。
代永が笑いながら手紙をカバンに入れたのを見て、ほっと一息。
これで俺の仕事は終わり。
ベンチに体を預けて、だらしなく首を後ろに向けた。
逆さになった景色に、見慣れた顔のちっちゃい娘が映る。
「……ミーナ、まだいたのか?」
「あっ! カケルー、お疲れ様なのだー!」
俺に気づいて、ベンチごとふっ飛ばしそうな勢いでミーナは迫ってくる。
こんな場所で轢かれたくないので、ミーナの突進をくるっと避けた。
不満いっぱいの膨れ顔で抗議してくる。
「むう、つれないのう。祝福のハグくらいよいではいか、よいではないか〜」
「今、汗臭いからダメ」
「それがいいのだ」
「気持ちわりっ!」
卯衣のみならずミーナまで!
いつものようにコントをしていると「あ、あの……」という声が聞こえてきた。後ろを振り向くと戸惑った顔をした代永がいる。完全に置いてきぼりにしていた。
ミーナも気づいたようで、一つ咳払いをして代永に向きなおる。
「ふむ、無視してすまぬ。我は秋月美奈なのだ。よろしく頼む」
キラキラリ〜ン!
……好感度の上がった音がした。
まさかと思って代永の目を見ると……ハートマークになっている。
「あ、あの! 俺は代永和民! 美奈ちゃん、俺と付き合ってください!」
……こいつ、誰とも付き合う気はなかったんじゃないのか。
呆れ顔で眺めていると、ミーナは案外冷静に対応していた。
「ふむ、そう言われると恥ずかしいのう。……しかしその気持ちは受け取れぬ」
「どうして!?」
「我には仕事があるでの。今は誰とも特別な関係になるつもりはないのだ」
「じゃあ俺もその仕事するよ! それだったらいいかい?」
「それは無理だのう。誰でもできる仕事ではないのだ。それに……」
ミーナは俺の方をちらっと見て代永に視線を戻した。
やばい。何か良からぬことが起きそうな気がする……。
「我の仕事上の相棒はカケルだけなのだ」
「カケルが将来を約束した相手だって!?」
はい、的中。
男子鉄棒G難度カッシーナ級のアクロバット勘違いだった。
一瞬の硬直後、代永は俺に詰め寄ってくる。
「カケル、裏切りやがったな! 彼女いないって言ってただろ!」
「いや、彼女じゃない、彼女じゃないって! だろ、ミーナ?」
「うむ、仕事上の相棒なのだ」
「ミーナそのややこしいルビ止めて! 余計にこじれるから!」
「つれないのう。この前はお姫様だっこしてくれたではないか」
「カケルううううううっ!」
「うわ、やべえ、逃げるわ! 支部は後で行くから!」
妬みに駆られたイケメン代永は、試合フル出場後にも関わらず全力で俺を追いかけてきた。俺よりモテるからいいじゃないかと思ったが、そんな理論は通用しない。ほとぼりが冷めるまで逃げ回るしかなさそうだ。
度重なるジャンプで疲れた膝に鞭を打ち、俺はフルスピードで走り出す。
突然の試合が終わったと思えば、バスケ部キャプテンとの鬼ごっこ。
これも仕事の一環であるのならば……
ああ、デリバリストって本当に楽じゃない。
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今回のエピローグ、行ってみよう。
バーサーカー代永を何とか振り切り、支部に戻ってきた俺はレッ◯ブルを一ダース抱えていた。
一本や二本なんてケチなことして、この疲労がとれるハズない。
約束があったので「疲れた」とは言わなかったけれど。
「あら、おかえりなさいー。お疲れ様ですー」
「お、おう……。バッシュ、サンキュー」
「いえいえ、楽しめましたー」
「面白がってたくせに……」
「むぅん……むにゃむにゃ……」
「そしてミーナはのんきなもんだな……」
騒ぎのきっかけになったミーナはむにゃむにゃ昼寝中。寝息を立てる姿は代永に一目惚れさせるだけあってかなり魅力的だったが、今はあまり関わりたくなかった。
ラブレターの配送も、もうごめんである。
「実はー。カケルさんにもラブレターが来ていますよー」
「え?」
「だからラブレターですよー、この色男ー」
「…………」
卯衣の手から差し出されるネコ柄の封筒。
配送はごめんだが、俺宛に来ましたと言われれば……悪い気はしない。
からかう卯衣から顔と手紙を隠し、そっと手紙を開いてみる。
こう書いてあった。
カケルへ。
試合、感動したのだ。ずっと「カケル頑張れ!」と応援していたのだぞ?
ダンクシュートを決めた時はカッコよくてドキドキが止まらなかったのだ。
この調子でデリバリスト業に精を出してくれると我は嬉しいぞ。
秋月美奈
「…………」
「どうでしたー? ミーナからのラブレターはー?」
ニヤニヤ顔で覗き込んでくる卯衣は無視。
……一言で言うと、胸にズキュンときた。
嬉しすぎて逆に不安になる。
そんな感情の逆行現象を起こすほどに、ミーナは俺のツボを押さえていた。
確信犯だったら「見事なお手前で!」の一言である。
しかし…………何だか口に出すのは恥ずかしい。
だから俺は言葉よりも、態度で示すことにした。
「……俺、配送行ってくる」
「えっ? カケルさん。それはミーナの荷物ですよー?」
ミーナの荷物を担ぐ俺を見て、不思議そうに首をかしげる卯衣。
持てるだけの荷物を抱えてエレベーターを呼び、到着を待つ間に卯衣の疑問に答える。
「ラブレターのお礼。……ゆっくり眠っとけってミーナに伝えておいて」
「…………そういうことですかー。りょうかいです、きゃはっ♪」
ご機嫌な卯衣と睡眠中のミーナを残して、俺はエレベーターで一階まで降りた。
疲れてはいたのの、足取りは軽い。ラブレターが効いているのだろう。我ながら単純なヤツだと思った。
「そういえば、ラブレターをもらうのは初めてじゃないな……」
町中を走りながらふと昔のことを思い出した。
中学一年生の夏。突然ピンクの封筒を手渡されたのだ。
相手の娘のこともよく覚えている。ツリ目で勝気でサバサバしていたけれど、とても繊細な女の子。
思い出は三割増しで美しいというけれど、決して誇張ではない。
今ならミーナとタメ張るくらいの美少女になっていると思う。
「元気かな……リンゴ」
夕焼け空に一言呟いてから、俺は意識を現在に戻した。
……いかん、今はミーナのために働いているんだった。
仕事の時は一意専心するのが吉。デリバリストであればなおさらである。
抱きつきグセのある上司のことを思い出して、俺は配送に向かうのだった。
ミッション:ラブレターを届ける。
進行率:100パーセント 任務完了
次回予告
デリバリストとしてさらに信頼を得るカケル。
しかし彼も人間。
苦手なものの一つくらい、ある。
自分が苦手なものを配送すると知った時、
カケルはデリバリストとしての意地を見せるのか?
それとも恐怖に負けてしまうのか?
次回「犬屋敷に届ける」
これは、カケルの覚悟を問う話。




