22.阿久津祥子の試み(2)
目の前を行ったりきたりする彼を、祥子はこたつでくつろぎながら目で追っている。今日は月曜日のクリスマスイヴだが振り替え休日のため学校が休みである。ところが“Un chat noir”はこの時期は稼ぎ時だ。
「携帯持ったし、財布持ったし……あれ、シャツどこやったっけ?祥子知らない?」
「あなた昨日の夜アイロンがけしてたわよね。私のと間違ってクローゼットに仕舞ったんじゃないの?」
「そっか。そうかも。あー、せっかくイヴで祥子一日フリーなのに仕事とか……」
ベッドの前のクローゼットの扉を開けて彼が愚痴を零しだした。
「ぐだぐだ言ってないで早く支度しなさい。遅刻するわよ」
と嗜めつつ、祥子はこたつから出てベッドにそろりそろりと足を進める。ちょうど彼が背中を向けている間にベッドの下に手を差し込み、昨晩から隠しておいた紙袋を取り出した。
「あ、やっぱりあった。色も似てたから一緒に入れちゃったんだね。今度からは気をつけるよ。って、祥子?何してるの?」
振り返った彼にすぐさま持っていた紙袋を後ろにやって見えないようにする。不思議がっている彼に気取られまいと笑みを浮かべた。
「特に意味は無いから気にしないで。ほら、急がないと」
「?うん」
普段使っている茶色のトートバッグにシャツを入れ、肩にかけた彼は首を傾げながら玄関へと。祥子はその後に続く。靴を履き終えた彼がいつものように自分の方に体を向けた時、後ろ手に持っていた紙袋の中身を取り出して彼の首周りにかけた。
澄んだ空色に包まれた彼が目を丸くする。
「……コレ、マフラー?俺の?」
「天気予報で夜から雪が降るって言っていたでしょう?クリスマスプレゼントよ」
風が当たらないように巻いてやり、ちょうど良いところで結んで完了。彼は大人しくしている。
「はい、できたわよ。よく似合ってる。あと手袋もあるから…」
紙袋の中に手を突っ込んで手袋を掴み出し、彼の前に差し出そうとした。が、明るい茶色が近づいて顔にかかり、言葉を切る。
今祥子が持っている手袋の色と同じ色の瞳が間近に迫っていた。
「…キスしていい?」
いつもは聞かないくせに
猫がじゃれつくみたいに鼻を擦り合わせ、彼は返事を待っている。ちょっと意地悪したくなった。
「駄目よ。もう行きなさい」
「……俺、今すごく仕事休みたい気分なんだけど」
「お店が大変な時にサボる人は嫌い――」
「行ってきます」
手袋を受け取って素早くドアを開ける。しっかり戸締りはするように、誰か来ても無闇に解錠しないように、などお決まりの言葉に相槌を打っていると、彼が不意に薄く笑って
「帰ったら祥子からキスしてくれるんだよね?楽しみにしてるよ」
「なっ…!」
そんなこと一言も言ってないわよ!
「じゃ、行ってきまーす」
可笑しそうにドアの向こうに消えていった彼に、祥子は頭を抱える。ガチャリ、と鍵のかかった音も耳に入っていなかった。
大学に進学してからバイトを始めた“Un chat noir”。更衣室でウェイターの制服に着替えていた神城は聞こえてきた足音に顔を上げる。
「ああ、圭。もう来てたのか」
「おはようございます、琳さん」
開いたドアから現れたオーナーは中に進み、腕を組んで壁に寄りかかった。そんな些細な仕草でさえも計算されつくしたかのような美しさを感じさせる。
「お前本当にバイト入って良かったのか?今日はイヴだぞ。杏璃ちゃんと一緒に過ごしたかっただろうに」
「俺は構いませんよ。ただでさえ休みの奴が多いのに俺までいなくなったらどうすんですか。それに杏璃とは明日約束したんで気にしないで下さい」
「そうか。そういえばお前明日休み入れていたな。杏璃ちゃんによろしく伝えておいて」
了承の言葉とともに頷き、腰掛けエプロンを身につけ終えた頃、再び足音が。
心なしか鼻歌まで聞こえてくる。
「おはようござい…あ、お疲れ様です」
満面の笑顔を向けられたオーナーは憮然とした表情で
「お疲れ様。今日は休むかと思っていたよ」
「そういうわけにもいかないんです。祥子に、お店が大変な時にサボる人は嫌いって言われちゃったんで」
なぜか上機嫌な彼はロッカーを開けて荷物を入れ、着替えだす。
ふと神城が気づいて声を上げた。
「そのマフラー綺麗な色してるね。買ったの?」
と言い終えるや否や彼はマフラーを巻いたまま勢いよく振り返った。それもだらしなく緩みきった顔で。
「これね、今朝出る前に祥子がくれたんだ。クリスマスのプレゼントなんだって。顔真っ赤にして渡してきてさ。もう可愛くて仕方なくて」
幸せオーラ絶賛発散なう、な彼に対し――
あ、やべ…
どす黒いオーラを絶賛発散なう、な壁際のオーナーに冷や汗。
その後更衣室で何が起こったのかは皆さんのご想像にお任せする。
暑いから冬にしたのに違う意味で意味がないと気づいたmiaでした。




