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猫時々彼  作者: mia
本編
34/58

15.その猫、ギャルソン(1)


 「お待たせ致しました。本日のデザートとカモミールティーです」


 にこり。実に麗しい笑みである。

 ティーポットを掲げ、流れるような所作でカモミールティーをティーカップに注ぐ。

 穏やかな日差しが明るい茶色の髪を煌かせ、まるで童話に出てくる王子様さながらの気品に溢れていた。

 周囲で黄色い歓声が沸き起こり、笑顔を向けられた女の子はうっとりした表情でその人物を見ている。


 …何なのあれ


 離れたテーブルにいた祥子はその光景に呆けるしかなかった。

 「ごゆっくりどうぞ」

 一礼してティーポットを乗せたトレイを手に持ち、女性客の注目を集めながら軽やかな足取りで厨房に戻る。

 だがその足音は、メニューを開いて見ていた祥子の真後ろでピタリと止まった。


 え?


 背後に迫るものに嫌な予感がする。振り向いてはいけないと本能が告げ、そのままでいることにした。

 しかしそんな抵抗も無駄だったようで――


 「お客様、ご注文はお決まりになりましたか?」


 灰色の瞳と至近距離でかち合った。傍から見れば、今からキスでもするのかというくらい顔が近い。

 空いた方の手がさりげなく祥子の肩に置かれている。


 どうしてそうなるのよ


 当然、店中の視線が痛いほど刺さってくる。

 祥子は持っていたメニューを閉じ、咳払いをひとつして言う。

 「“トマトとバジルのパスタ”と“カボチャのスープ”でお願いします」

 「お飲み物はどうしますか?」


 スープを頼んだから水でいいわね


 「水を…」

 「お飲み物は?」

 完膚なきまでに遮られた祥子は顔をしかめる。

 「……水でいいって言ってるでしょ」

 小声でそう言うと、彼は面白くなさそうに唇を尖らせた。

 「俺の出番無しじゃん。せっかく祥子に俺の仕事ぶり見てもらえると思ったのに」

 子供みたいに拗ねまくる彼に、祥子は頬杖をついて息を吐く。

 「分かったわよ。じゃあ“ブレンドハーブティー”を下さい」

 「かしこまりました」

 打って変わって満面の笑顔で頭を軽く下げ、彼は踵を返した。

 厨房から聞こえ漏れてきた低い声に応える彼の声。二人分の声がやや険悪な調子に聞こえるのは気のせいだということにしておこう。

 注文した料理が運ばれてくるまで、祥子は何も問題が起きないことを祈った。



 ここまでの経緯でお分かりの通り、彼は“Un chat noir”のギャルソンとして働くことになった。

 なぜこうなったのか。数日前にさかのぼろうと思う。



 その日、祥子は英とともに散歩に出ていた。

 夕方の涼しい時間帯だったこともあり、少し遠回りをしようと言った祥子に、英は賛成の意を込めた鳴き声を返した。

 そうして気の向くまま歩いていた1人と一匹がちょうど“Un chat noir”の前を通りかかった時、店の中から祥子にとって会いたくない人物が現れた。

 「やっぱり仔猫ちゃんだったんだね。夕食を食べに来てくれたのかな?」

 「違います。たまたま通っただけです」

 即座に否定した祥子に、オーナーは残念そうに肩を竦める。

 「仔猫ちゃんは相変わらずつれないよね。いつになったら僕とデートする気になってくれるんだろう?」

 と、顎に手を当てて真面目に考え込む。祥子の顔をじっと見て。

 「…冗談は止めて下さい」

 女性と見間違うほど綺麗な顔に見つめられて動揺していた祥子は、英が店の裏に駆けて行ったのに気づかなかった。

 「冗談じゃなくて本気だよ、仔猫ちゃん」

 オーナーは薄く微笑んで祥子に更に近寄ろうとする。

 店の前で攻防を繰り広げている二人に運悪く出くわした通行人は目を逸らしてそそくさと通り過ぎていった。

 祥子としても堪ったものではない。

 今ここではっきりと言っておこうと意気込み、口を開く。が、


 「祥子」


 耳慣れた声がオーナーの後ろの方から聞こえた。


 は?


 祥子は素早く足元を見る。そこにいると思っていた英がいない。

 なんという早業、と感心している場合でもない。こちらにやって来る彼の周囲を取り巻く空気が重く刺々しいのだ。

 「遅いから心配になって迎えに来たんだ。行き違いにならなくて良かったよ」

 重苦しいオーラを出したまま彼は祥子の隣に立ち、オーナーと正面から向かい合った。

 含みを持たせた灰色の瞳にオーナーは臆することなく、表情も一切変えない。

 「こんばんは。君とは初めましてかな?」

 「ええ、そうですね。祥子からよく話には聞いています」


 私何も話してないわよ


 どす黒い何かを従え、なおかつ笑顔で語らう二人の間に割り込む度胸は無い。

 どうしたものかと思案していると、店からまた1人出てきた。


 「琳、サボっていないで仕事して。いつまで油を売っているつもり?」


 その人はオーナーと同じ顔をした女性だった。店の経営を管理している双子の姉だ。

 冷たい口調で告げた彼女は双子の弟を睨みつけた。

 「姉さん。今大事な所なんだから邪魔しないでくれるかな」

 「仕事放って客を口説く暇があったら新しいギャルソンを見つけて…」

 ふと、彼女の目が祥子の横にいる彼に向けられた。途中で言葉を切る。

 「……何か俺の顔についてますか?」

 穴が開くほど凝視されて居心地が悪そうな彼。美人に見つめられて普通は喜ぶものだろうが、彼の場合は特定の人物(祥子)にしか関心がないため意味が無い。

 そんな彼に構わず、オーナーの姉は声高にこう言った。


 「君、うちでギャルソンやりなさい!正社員として雇ってあげるわ!」


 「いいですよ」


 「………」

 オーナーと祥子は二人して沈黙する。

 夕焼け色に染まった空を、カラスが鳴きながら飛んでいった。



 彼が職を見つけるというお話。

 何か働いてくれたらいいなって思ったんです。はい。

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