14.rain(3)
ブランコに乗っている彼の頬に触れると、冷え切った手でも冷たさを感じた。
彼は正面に立った祥子を呆然と見上げる。
「どうしてここに…」
揺れる灰色の瞳は地面に落とされ、決して合わせようとはしない。
「手紙、読まなかったの?俺はもう――」
祥子は彼の頬に手を添えたまま、遮って口を開く。
「英」
たった3文字。だが、その3文字に彼は弾かれたように顔を上げた。
雨で何が何だか分からないけれど、祥子が泣いていることは顔を見ればすぐに分かった。
自分よりも温かい彼女の手から震えが伝わる。
「そう呼んでいいのか、ずっと迷ってた。あなたには、あなたの本当の名前があるからって」
私はあなたのことを何も知らない。名前も、生まれた場所も
「…でも違うの。本当はそうじゃなかった」
私の知らないあなたがいるのは当たり前の事で、どんな過去があろうと、どんな傷を抱えていようと
「私はあなたを、最初からペットとしてなんか見ていなかった。だってあなたは“あなた”なんだもの」
今目の前にいるあなたを私は知っている
「……ねえ、教えて。私たち、何だったの?」
彼の肩が大きく跳ねる。泣きそうに顔を歪め、頬に添えられた祥子の手を握った。
「俺は、逃げてきたんだ。生まれた場所からも、同じ血を持つ人たちからも、全ての事から……」
弱々しい声で紡がれる言葉を、祥子は黙って聞いている。
握られた手にぎゅっと力が込められた。胸の奥に溜まっていたわだかまりを彼は吐き出す。
「俺は…キミを逃げ場所にしたくないんだ」
好きだから
その想いは音にならず、息だけで形を作った。
祥子の瞳は真っ直ぐに彼を捉える。
「そうやって今まで逃げてきたように、あなたは私からも逃げるの?」
「……っ!」
押し黙ってしまった彼。葛藤に満ちた沈黙に、祥子は腰を屈めて彼と視線を合わせた。
「あなたに伝えたいことがあって来たの」
緩めれば嗚咽を漏らしてしまう口を引き結んで堪える。一呼吸置いて、祥子は晴れやかな笑みをたたえた。
「あなたが好きよ」
彼は綺麗な笑顔に見惚れた。やがて脳が入り乱れた情報を整理したのか、灰色の瞳に光が宿る。
「ずるいよ、祥子…」
長い腕が祥子の濡れた体を抱き寄せ、彼は子供みたいに縋りついた。
二人の肌がお互いを引き合わせるように吸い付く。
祥子は地面に膝をついて彼の広い背中にしっかりと腕を回した。今更、服が泥に汚れてもどうってことない。
絶えず空から降り注ぐ透明な雫すら、今この時の彼の目には、色がかった特別なものに映っていた。
「はい。これで拭いて」
全身ずぶ濡れで、靴は脱いだものの電気の点いた玄関に突っ立っている彼に、祥子はバスタオルを手渡した。
彼は微かに顔をしかめ、差し出されたバスタオルを押し戻す。
「俺はいいから祥子が使って。風邪引いちゃうよ」
「あなたの方が風邪を引きそうじゃない。早く体を温めないといけないわ。じっとしてなさい」
有無を言わせず背の高い彼の頭に両手を伸ばしてバスタオルをかける。
わしゃわしゃと頭を拭かれ、為すがままにされる彼。満更でもなさそうだ。
ふと、背伸びをしてくれているのに気づいた彼は何の気なしに腰を折って頭の位置を下ろした。
「なっ…!」
祥子はいきなり彼の顔が近づいたことに驚く。
かあっと耳までも赤くなった祥子に彼は目を細め、頬に口づけた。
「真っ赤な林檎みたい」
吐息が熱を失う前に顔に降りかかるほど近い距離で見つめ合う。
少し顔を傾けた彼が更に頭を下げた。
冷たくて、形の定まらないものが祥子の唇を塞ぐ。
「んっ…」
声にもならない喘ぎが漏れ、祥子は恥ずかしくて目を閉じた。
祥子の細くしなやかな身体を腕の中に収め、彼の唇は徐々に熱を帯びる。
赤く艶めく唇をなぞり、吸い、時には甘く噛んで翻弄する。
自分の胸にしがみついている祥子から彼は顔を離した。
「…ごめん。俺、祥子に謝らなきゃいけないことがある」
上がった息を整えていた祥子は首を傾げる。
「謝らなきゃ、いけないことって?」
彼は祥子の頬を撫でながら、打ち明けるのを渋るように間を空けて話し出した。
「実は俺…その、祥子が寝てる時に……キス、しちゃったんだ」
寝てる時?いつ?
「本当にごめん。祥子が知らない男と帰ってきたの見て、何ていうか…すごく嫌で、焦っちゃって…」
知らない男?一緒に帰った人なんて
「…もしかして、この前居酒屋に行った時のこと?あの人とはあの日に初めて会って、成り行きで送ってもらっただけよ」
「え。彼氏じゃないの?」
「そんなわけないでしょ。あれから一度も会っていないし、そもそも彼氏なんていないわ」
一緒に暮らしてるのに気づかなかったのだろうか
呆れた目で見られていることに彼は気づいていない。口元を手で覆って「うわ、俺恥ずかしい…」とかなんとか言っている。
「すぐ…」
バスタオルに顔を埋めて悶える彼を宥めようと呼びかけた。が、躊躇ってしまう。
不審な動きを止めた彼は祥子が言いかけたことを理解して照れくさそうに笑い、
「“英”って呼んで。猫の俺も今の俺も、どっちも含めて俺なんだ」
アーモンドアイにかかる黒髪を指先で払いのける。
「それに気づかせてくれたのは、祥子でしょ?」
無邪気な笑みを向けられて心臓が騒ぎだす。彼は待っている。
祥子は大きく息を吸って、吐いて、灰色の瞳を見上げた。
「す、英!」
「はい。ここにいるよ」
片手を軽く上げて嬉しそうに応えた。そして蕩けるくらい甘い表情で祥子の耳に口を寄せ、
「愛してる」
耳朶を打つ響きに肩を強張らせる祥子。その顔は様々な感情をごちゃ混ぜにしたものだ。
くすりと笑って彼は目を閉じ、もう一度キスをしようと顔を寄せる。
が、
「くしゅんっ」
祥子はくしゃみの反動で下を向き、その結果、彼は祥子の額に口づけることになった。
「……いい加減風邪引くね」
「そ、そうね」
かなり残念そうに彼は濡れた体を離し、被っていたバスタオルを祥子の肩にかける。
「俺お風呂沸かしてくる。準備出来たら呼ぶからリビングで座って待ってて」
「ん、分かったわ」
素直に頷いた祥子に満足して彼は浴室へと向かう。だが急に踵を返して戻ってきた。
何か言い忘れたのかしら?
「どうし…」
あっという間に顎を掴まれて上向かされ、唇を奪われた。祥子は目を開けたまま固まる。
「さっきのやり直し」
彼は小悪魔的な笑みを浮かべて囁き、浴室に行った。
……こんなの、心臓が持たない
床に座り込んだ祥子はバスタオルで顔を隠し、火照った体を静めるのに努めるしかなかった。
やったね!最後のひとり攻略したぜ!(Sさん)ポチポチ…
僕といるよりも二次元にかける時間の方が多いなんて、いい度胸してるね?(某老舗菓子店の主)サッ、ブチッ
へっへっへー。電源オンにしたら続きでるんですー。ドヤァ(Sさん)
………ニコリ(某老舗菓子店の主)
折らないで下さいっ!調子に乗ってすいませんでしたぁ!!(Sさん)スピード土下座




