第六話「隠された罪」4 小さな勇気
翌日。
私は、札を持って廊下を歩いていた。
『私が奥方様のカップを壊しました』
大きな字で書かれた札。
それを、胸に抱えている。
手が、震えた。
心臓が、激しく打っている。
(恥ずかしい...)
でも、やらなければならない。
厨房の扉の前で、私は深呼吸した。
そして、扉を開けた。
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厨房では、料理人たちが忙しく働いていた。
私が入ると、皆が作業の手を止めた。
「アンナ?どうした?」
料理長が、不思議そうに聞いた。
私は、札を掲げた。
「私が、奥方様のカップを壊しました」
厨房が、静まり返った。
皆が、私を見ている。
私は、深々と頭を下げた。
「皆様に迷惑をかけました。本当に、申し訳ございません」
しばらく、沈黙が続いた。
私は、頭を下げたまま待った。
そして、料理長の声が聞こえた。
「...顔を上げなさい」
恐る恐る、顔を上げた。
料理長は、優しく笑っていた。
「正直に言えて、偉いぞ」
他の料理人たちも、頷いた。
「そうだ、そうだ」
皿洗いの少年が、言った。
「僕も前に、皿を割って怒られたことがある」
「でも、すぐに言ったから、許してもらえた」
料理人たちが、温かく笑った。
「次から、気をつければいい」
「誰だって、失敗はするさ」
私は、涙が溢れた。
でも、今度は嬉しい涙だった。
「ありがとうございます」
私は、何度も頭を下げた。
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厨房を出て、廊下を歩いた。
(恥ずかしかった)
でも...
(言えて、良かった)
胸の重荷が、ずっと軽くなった気がする。
隠していたことを、全部話せた。
そして、許してもらえた。
私は、奥方様のお部屋に向かった。
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「ただいま戻りました、奥方様」
「お疲れ様」
奥方様は、優しく微笑んだ。
「どうでしたか?」
「...恥ずかしかったです」
私は、正直に答えた。
「でも、皆さん優しくしてくださいました」
「そう。良かったわね」
私は、深く頭を下げた。
「ありがとうございました、奥方様」
「これからは、何かあったらすぐに言いなさい」
奥方様は、窓の外を見た。
「隠さないこと」
「はい」
私は、強く頷いた。
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数日後、新しいカップが届いた。
料理長が、それを持ってきた。
「奥方様、新しいカップでございます」
奥方様は、カップを手に取った。
「ありがとう。素敵ですわね」
でも、少し寂しそうだった。
「前のカップには及びませんが...」
料理長が言うと、奥方様は微笑んだ。
「いいえ、気に入りました」
「このカップも、きっと手になじむようになるでしょう」
私は、その様子を見ていた。
(いつか、そのカップが本当に奥方様のお気に入りになりますように)
そう、心の中で願った。
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春の午後。
私は、中庭でカイザーと遊んでいた。
白い猫が、私の膝の上でごろごろと喉を鳴らしている。
温かい日差しが、降り注いでいる。
コンラートは、王都に送られた。
そこで、裁かれるだろう。
彼の罪は重い。
でも、最初は事故だった。
隠したことで、もっと大きな罪になった。
私も、同じ道を歩くところだった。
でも、奥方様が教えてくれた。
隠すことの恐ろしさを。
告白する勇気の大切さを。
カイザーが、私の手を前足で触った。
遊んでほしいらしい。
私は、微笑んで、カイザーと遊んだ。
メーレスブルクに、穏やかな日々が続いている。
そして、私は学んだ。
小さな勇気が、大きな救いになることを。
メーレスブルグの秘録は、ここで終了とさせていただきます。
次回作は、同じ世界でメーレスブルグを含むアルタ世界の戦争と陰謀の物語です。ご期待ください。




