第46話 いびつな町と乳
「なんか乳デカくなってね?」
鶏マスクを吹き飛ばされ、肉の顔が露になったトリニティが訊ねる。
「……はい」
気まずい表情をしてそれを肯定したのは、双成町内の高校制服を肩に着た、派手な髪色のツインテールをした羊備洲 くくる。
「肩に」というと、制服前面は――ビリビリに引き裂かれ、中から彼女の身長の半分ほどもある巨大な乳房があふれ出しているためだ。
一連のやりとりを、17時の日没景は残りわずかな夕焼け色に照らしていたが、やがて非現実感を没収するようにオレンジは衰退していった。
現場となった清栗駅近くのファミリーレストランでは、ただトリニティとくくるの2人、肌色のシルエットが克明に浮かび上がっている。
「この胸……いや、それ以外もですが、『人生逆転整形』でやりました。あれは去年の10月のこと……」
(乳まる出しのままいくの!? まあいいか! 黙って見とこ!)
2人の間に起きている事態の詳細などつゆほども知らないレストランの客たちは、世間体を気にして困惑するそぶりを見せていた。
しかし、くくるのあまりに美しすぎる成果物を眺めることで、静かなる傍観者に徹することを決意させた。
「清栗駅に巨大なクジャクがあらわれたとき。トリニティさんは誰よりも前に立って、みんなを助けようとしているのを見て……僕も力になりたい、そばにいたいって思って」
「それと整形に何の関係があっ……待てよ。あんた、『ショーをしてほしい』って言ってくれた人だよな? いや、まあ可愛い顔ではあったがどう見ても男……」
「はい。男です……。その、トリニティさんのことを知ろうと、町の人に色々教えてもらってるうちに、ぼ、僕のこと好きになってほしいなって考えちゃって……」
くくるの思いがけない告白。
トリニティは頭の中が、飛んでいった鶏マスクの塗装のように、真っ白になる。
「トリニティさんの中学時代のお友だちとか、商店街の人とか、どんな女性がタイプなんですかーとか聞いちゃったり……そ、それで、トリニティさんが『胸はやっぱりWカップがいい!』と言っていたと聞いて」
「そんなクソみてえな冗談を真に受けんな! ガキの(頃の自身の)たわごとだろ……」
ふざけた問答だ。
しかし、くくるは吾が身を投げだすほどの本気で、トリニティの理想像を体現しようとしていた。
その証拠に――くくるは顔を、これまで見せたことのない、イチゴ色に染まった「乙女の相」へと変貌させる。
また彼がしっとり汗をにじませると、女性特有の体臭めく甘い芳香が一面に広がった。
「ほ、本当はずっとわかってたんです。自分のやってることストーカーみたいだし、男だし、嘘がバレたら僕なんて……何もない、つまらない人間だって。キモいことして、ホントにすみませんでした!」
くくるは思いきり頭を下げようとする。
超乳に顎の先が埋まる――その前に、トリニティが声で制止した。
「待てよ。俺は別に、キモいなんて思ってねえ。まあ、なんて言うかな……普通に嬉しいよ」
「えっ……?」
身構えるくくるに、トリニティは声質にふさわしくない穏やかな言葉をかけたのだ。
「『好かれたいから』って自分のからだをいじるのはやり過ぎだが、俺だって同じようなもんだし、気持ちはわからなくもない。ずっと『トリニティ』として生きていくって決めた、誰に後ろ指を差されても虚幌須市のみんなを守れるのならそれでいい、ってな」
トリニティは一度立ち上がり、床に転がった鶏マスクをかぶり直すとまた、くくると対面する席についた。
「『人生逆転整形』のこと……俺に黙ってたのは、後ろめたさもあるだろうが、自分のからだの問題だ、知られたくなかったんだろ? だからさ、話してくれてありがとな」
「トリニティさん……ぇぐッ……」
トリニティはくくるの想いを受け止め、まっすぐに感謝を述べた。
変態2人による人情ドラマを目の当たりにした、レストランの人々はしめっぽい空気に呑まれていた。
◆
「さて、本題だ。どんな連中かも気になるが……まずは『人生逆転整形』とはどこで会った? そいつはどこにいる?」
「……1か月前、叔父さんにトリニティさんのことで相談していたら、人を紹介されて。その人から招待されたのが『人生逆転整形』のグループチャットでした」
「焼鳥屋の店主もグルだったのかよ……」
「あっ、で、でも僕も叔父さんも、その人たちの仲間じゃありません! 施術のとき以外は会ってもいないです!」
弁明をするくくる。
おずおずと、手ブラの片手を空けて、自身のスマホのチャットアプリ画面を見せてくれる。
トリニティの目は画面よりも、あらわれた桃色の花芽に飛びかかりそうになる。
(こいつは男だ! が、ああ!)
葛藤するトリニティ、どうにか理性によってのぞき見を抑止する。
「グループチャットに施術したい日付と時間を入れて、『既読』のマークがつくと、個人チャットから行先の情報が送られてきます」
「ほぼ毎週行ってたのか。っておい、今日もかよ……」
「すみません! 気合入れたくってッ」
「まあいい。これで会うたんびに乳がデカくなってた理由がわかったわけだし」
美容整形手術には、骨の切削やシリコン注入、脂肪吸引など、被術者の身体的負担が大きい施術がある。
こうしたものは複数回に分けて行われることも少なくないのだ。
「それで、見させてもらう感じ、毎度行先が違うみたいだが……憶測でいいんだが、この連中はどうやってそんな高頻度で拠点を変えてると思う?」
「いえ、その……行けばわかることなんですが、施術をするのは1人なんです。その人さえいれば運営が成り立つので、場所をいくらでも移せるんだと思います」
「よく知らない俺でも、そんなの絶対おかしいってわかるぞ……」
「施術自体も早くて。部屋に入ってお金を置いたら、先生に目隠しをされて横になるように言われます。だいたい5分もしないうちに終わって。術後に腫れが出たりすることも、ないんですよね」
「んな魔法みてえなこと――って、ああ、あるなそういうもんが」
ここまで聞けば、いやでも察しがつく……。
トリニティがじっとスマホの画面を眺める。
その意図を汲んだくくる、細い指で、アプリのメッセージ入力欄に「明日の日付」を仮入力する。
「……いや、今日だ。このあと18時、無理なら19時。これ以上コイツらに好き勝手はさせたくねえ」
「わかりました!」
くくるはあらためてメッセージ入力欄に「本日の日付」「18時」と入力し、グループチャットに送る。
メッセージへの既読はすぐについた。
行先情報も間もなく、くくるの個人チャットに返される。
「……18時15分、ネットカフェか。なるほどな、あんたの言った通りみたいだ」
施術のたびに行先が異なる。
施術者は1人だけ。
短時間で終わる。
そしてタダ同然という安価さ。
バキバキ通りのアングラ界隈で聞いたうわさと、くくるから聞き取りした情報とをかけ合わせ、インターネットカフェでの施術という事実を加える。
すると、トリニティは真相めいた考えにたどり着いていた。
「その、トリニティさんはどうしたいんですか? 僕は警察に届け出たほうがいいかと……」
「ただの犯罪者ってならそれが正しい。けど安心してくれ。今回は俺たちの出番だ」
くくるの告白によって事態は急進し、このあとトリニティは清栗駅から徒歩約10分の場所にある某インターネットカフェへ赴くと決めた。
ファミリーレストランでの会合を終えて、トリニティはくくるを一度清栗駅北口前の自宅まで連れ帰る。
わいせつ目的ではなく、超乳インフレーションによって破れた衣服の代わりを着せるためだ。
「あの、ほ、本当にご迷惑をおかけしてしまって……」
「あのさ。あんたが女の子になろうとした理由のことだけど。もし、俺のタイプ? みたいになったからって、あんたのこと好きにはならねえよ」
「どうして、ですか……?」
「だって、俺はもう虚幌須市のみんなが大好きだからな! あんたも含めて。『家族』だと思ってる。俺にとって、ヒーローになるのは『みんなと家族』になること、それを守ることなんだ」
トリニティは、かつて誰かにも自宅で同じ話をしたことを思い出し、覆面の下で嘆息する。
「これは思い上がりだが、もしあんたが、それでも俺のそばにいたいって思ってくれるなら……そんときは一緒に『商店戦士』になってくれ。『仲間』はいつでも募集してるからな」
「――はいッ!」
くくるは満面の笑みを浮かべて、トリニティの言葉を受け取る。
くくるのデカい胸の中で言葉がどのように解釈され、彼自身を動かすのか。
今はまだ未知数だ。
しかし、きっとうまくいくはずだ。
結局トリニティの所有物だけではくくるの超乳を封じ込めることはできず、くくるは下乳を露出させながらも晴れやかなようすで帰り道をたどっていった。
――すっかり日が落ちた。
煌々と光りだした外灯の中、くくるの背を見送り、トリニティはアルウゥスに電話をかける。
仕事中なのか、帰りの電車の車中なのか、すぐに出ない。
留守番電話に言伝を吹き込んだ。
「アルウゥス、バイトが終わったら(メッセージで)送った住所に来てくれ。最悪、戦闘になる。……じゃあな、頑張れよ」
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
ナゾの怪しい存在「人生逆転整形」が、マ・ラと何かしらつながりをもっていると推理したトリニティ。
その疑惑の人物に出会うため、約束の時刻10分前の18時5分に、目的地のインターネットカフェへと入店する。
カウンターにある端末へ情報を入力。
部屋への案内がポップアップする。
それはこれから会うエセ整形外科医――医者ですらないので単なる詐欺師――が、あらかじめ押さえた部屋だろう。
建物2階にある、天面が開放したボックスルームに向かう。
利用者の常識頼りの設計を前に、ほとんどインターネットカフェを利用したことがないトリニティは無意識に興味をひかれる。
「234……ここか」
神妙につぶやくトリニティだが、部屋は周囲のものと同じ作りだ。
スライド式の扉がゆるく閉まっている。
大胆にも手をかけ、開け放つが清潔なチェアとパソコンがあるのみだった。
トリニティはチェアに腰を下ろす。
チェアの緩衝材からいっきに空気が押し出される。
1月だがインターネットカフェの室温は快適だ。
ペットショップにいる気分になる。
そちらより静謐なのでさらによい。
……いやに足音が気になる。
それは、トリニティに向かっているからだ。
ガラッ!
容赦ない開扉。
もう足音は聞こえない。
代わりにと小さな息遣いがする。
「――セーメンティス。久しぶりだな」
言葉が先行し、続いてトリニティはチェアとからだを半回転させる。
正体に気づいていたが。
たった今目にした赤褐色の肌をした子どもの驚愕ぶりは、トリニティの想像を超えていた。




