第42話 メロンの水流れ
翌日。
トリニティは普段通り、双成町の第二みもみじ商店街でのアルバイトに励んだ後、またバキバキ通りへやって来て聞き込み調査を開始する。
日が高いうちは気温20度にせまる盛暑を喫した町中も、夜になるとすぐ氷水のような冷たい空気に閉ざされる。
いまだ1月の冬季だと忘れかけた人々は、冷や水を浴びせられた気分を味わった。
バキバキ通りで、肌寒さにふるえる通行人たちは、それでも外套を着て、暗い路地を端から端まで歩いた。
目当ての店にたどり着くために。
やはり、そうした強い意志を留めることはトリニティにとって難しく、聞き込みは難航する。
声をかけて「知らないな」と返事をもらえれば良い方。
多くはそもそも聞く耳をもたないし、「兄ちゃん、いい店教えてくれよお」とヘンに絡まれて時間を取られてしまうこともあった。
トリニティを知る者もそうでない者も、バキバキ通りの中においては関係ない。
等しく、愉悦の探求者なのだった。
「まあ、昨日よりはひとつ進歩ってとこだな。……はあ。そろそろ行くか」
鶏マスクの上からもわかるほど、落胆を隠しきれないようすのトリニティがとある向きに足を速める。
ありふれた和風の外観をした焼鳥屋。
入口の引き戸に手をかけたトリニティは、背筋を正してからゆっくり店内へと入った。
「いらっしゃいませ――あっ、トリニティさん!」
シリコン製の鶏冠がのれんをくぐる。
そして対面する前に、待ち構えていたように店員はあいさつし、あわせて来客がトリニティだと理解してトコトコ近寄ってくる。
黄緑色と蛍光オレンジからなる派手な髪色のツインテール。
1.5メートル前後の小柄な背丈に、メロン……否、もはや大玉スイカサイズの乳房がバルンぶら下がる。
店の衣装だろう作務衣に収まりきらず、上部のあふれ出た肌色と谷間をシャツで隠している。
マ・ラ捜索の手伝いを買って出てくれた羊備洲 くくるは、1日経ってさらに爆乳美少女として磨きがかかって見えた。
「お疲れさまです! 僕もこれから休憩時間なので、一緒にごはんにしましょっ」
くくるはトリニティの腕をやさしく掴まえ、健気に店の奥へと連れて行く。
その際……きっと不可抗力だろう。
作務衣のコットン地越しの爆乳が、トリニティの腕に押し当てられる。
肉の感触。花の香り。
腕を包み込むように広がり、くくるの色っぽい体温が伝わってくる。
(ふおおおおおぉ!)
席についたトリニティとくくる。
2人して湯呑みの茶をしばく。
それから焼鳥丼とだし巻き卵、キュウリの和え物、大玉スイカを夕餉のテーブルに乗せ、聞き込み調査の成果を披露し合う。
「つっても、俺はたいしたことなかったな……あいかわらず、ヤバそうな整形クリニックの話は出てきたが」
「えっと、少し整理させてください! ――トリニティさんたちは巨大なカエルを探していて。そのカエルは人間と同じような場所を好むこと、別の棲処とみられる場所が鈴ノ口鍾乳洞にあったことから、双成町内で生活していると推測したんですね」
「ああ」
ふざけた外見に反して理知的な語りをするくくるに、トリニティは感心しながら応じる。
「ちょうどさっき、お客さんから聞いたんですけど……粧町の『三美湖』、ってあるじゃないですか? そこから御露出町まで流れてる辺園生川は、むかしはよく水害があって、水路工事とか頻繁にやってたみたいなんです」
「それは、中学とかで聞いたことあるかも」
「その工事の影響か、辺園生川水系にはたくさんの横穴が開いているそうで。もしかしたら、穴のどれかが地下空間――それこそ鍾乳洞とかにつながっているのかも……」
「すげえッ! たった1日で、大進歩じゃねえか。頼りになるな、くくるは!」
トリニティは心からの賞賛を述べた。
くくるは緩んだ口元から八重歯をのぞかせ、「えへへっ」と言ってデレデレした顔を浮かべる。
だし巻き卵をもった箸先から出汁が垂れ、シャツの谷間にシミをつくる。
「僕は、どこかの横穴が、巨大カエルの今の棲処になってるんじゃないかと考えてます」
「うーん……それは違う気がする」
「えっ?」
「俺たちの探してるやつは確かにカエルだが、その取り巻きには水生の生き物じゃないやつも多くいる。陸生のやつが水辺の穴に棲むってのは、リスキーだろ? おまけに近くはビジネス街……人目を避けるならうかつに出歩けないときてる」
乗りに乗っていたくくる。
だが、マ・ラを追うなかで疑うクセがついたトリニティを納得させられず、彼の冷徹な反論に押し返されてしまう。
「せっかくの情報だが、そりゃマ・ラが(川辺に開いた)横穴を鍾乳洞への通路にしてたってだけだと思う。だから棲処は別にある。まあ、横穴の周りを探してみるってのもひとつ手段だろうがな」
トリニティの言葉に、くくるが頭をひねっている。
短い沈黙が続いた後、はにかみながら切り出す。
「そ、それじゃ……えっと。明日、辺園生川の近くで聞き込みしま、せんか? ほら、巨大カエルが通れるような大きな穴があるのかーとか、ホントにカエルしか棲めそうにないのかーとか、現地を見ないとわからないと言うかッ!」
「それはいいな。あんたも来るのか?」
「あっ、はい! 一緒に行きたいです!」
くくるの腹が、最初から2人で出かけるつもりだったことを知ってか知らずか、トリニティも一件落着したような安心した態度をのぞかせる。
料理を完食して、今日はいったんのお開きとなった。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
「お、お待たせしましたぁ!」
声。
鶏マスクに、厚手のロングコートとデニムパンツ姿のトリニティが振り向く。
冬のかわいた晴天、クリアーの青へ切り絵を貼り付けたように、その少女は異彩をまとって躍り出た。
1.5メートル前後の可愛らしい背丈はハイヒールの靴をはいて、ダイナミックな魅力を獲得している。
白いファーコートは天使の羽かシロクマの毛皮か、まぶしい真珠色の光を反射する。
ヒツジの髪留めで結い上げた派手な髪色のツインテールは魔法の国のお菓子という見た目ながらも、少女のあどけなさ、健康さという性愛的な特長を引き立てている。
そして大迫力のビッグなおっぱいがドカン! と迫り出す。
トップスの胸部を引き裂かんばかりの、花火の1尺玉かそれ以上という大爆乳だ。
やった!
「お疲れさん。じゃあ、行くぞ」
トリニティは脳内で大爆乳の花火が咲き乱れていることを気取られないよう、つとめて平静なようすでくくるをいざなう。
くくるは当然至極と、トリニティの隣について歩き出す。
突き出た胸がたんったんっ、と音を立てて弾んでいる。
◆
はじめのうちは川沿いの近隣住民や商店に話を聴いたり、岸の横に開いた件の横穴を撮影したりした。
「おっ、ゲーセン。ここまだあったのか。むかしは毎週来てたんだよなぁ」
「じゃあ、ちょっとだけ息抜きしていきません?」
くくるのさりげない提案。
したがった結果、トリニティは1時間半と現金2000円をうしなった。
「えっと、僕ちょっと喉がかわいてきちゃって。あそこでお茶してもいいですか?」
「ああ、まあいいけど」
2人はくくるの指差した先の和菓子喫茶店に入る。
トリニティは40分と現金1500円をうしなった。
「ここのファミレス、いま平成30年のヒーローシリーズとコラボしてるんです! 今後の『トリニティ』の展開も考えて、勉強していきましょう! グッズももらえるし!」
「ハハ、そりゃ気が早いって。いいけどさ。グッズほしいな!」
気合充分のトリニティたちは店の扉を勢いよく開いた。
明るい店内で食事していた客たちは、異様なファッションセンスの2人を見てギョッとする。
途中、テーブル席から小さな兄妹が駆け寄ってきて、トリニティに写真撮影をせがんだ。
トリニティは40分と現金1960円をうしなった。
聞き込みは、それとは名ばかりのデートに終わってしまった。
午前中の集合に始まり、もう時刻は17時を目前にしている。
1月の日没は早く、辺園生川の周辺は紺藍に呑まれ、横穴の有無を確認することはむずかしい。
トリニティとくくるもまた夜らしい色に染まりながら、遠い天衝椿地区のオフィスビル群からわずかに差し込む夕焼けのオレンジに、目を細めた。
「じゃあ、また後でな」
清栗駅まで歩いて5分の場所で、くくるに別れを告げたトリニティ。
しばらくして、スマホのメッセージアプリに、アルウゥスから連絡が来た。
『お仕事おわった? 帰ったら、一緒に聞き込みしにいこうね』
文面から信頼がにじみ出ている。
それを見て、トリニティは少しの後ろめたさを覚えつつ『ああ』『今から帰る』と返信した。




