第40話 爆乳と爆乳はひかれ合う
1月の厳しい寒さ。
縁石に沿って積まれた残雪を石灰岩のごとく固めている。
車道には水と氷の混合したシャーベット状の雪が張り、小型バイクが走っただけでビシャッと飛び散る。
飛んだものが甘くスウィーティな氷菓ならよかったが、あいにく暗黒物質そのものだ。
それはもはやシャーベットを超えてシロップ状と化し、沿道の残雪へ、降りかかる。
汚物味のかき氷の完成だ!
……どうでもよい情景がわざわざ目につくのは、トリニティたちの「作戦」があまりにお粗末で見ていられないためだった。
「悪いッ、このあたりで2メートル以上ある化物みたいなカエルを見たことはないか!」
「何言ってんのトリニティ?」
道行く人を呼び止めて、何を訊ねるかと思えばこの調子。
また別の人を呼び止めては、
「すまないッ、2メートル以上あるデカいカエルが棲めそうな怪しい場所を知らないか!」
「何それキモッ。変なこと訊かないでください」
と、当事者の真剣さに反する、手酷い返事しか得られなかった。
当たり前に決まっている!
覆面の変態や宇宙人、巨大生物との戦闘にいくら寛容な町の人々も、日常生活にいきなり異常性をインサートされれば堪ったものではない。
「ねえ、園治……言いづらいんだけど、今のやり方はあんまり効率がよくないかも」
見かねたアルウゥスが苦言を呈する。
バカバカしい聞き込み開始から約2時間が経っていた。
「そんなことねえぞ! 最近よく騒音がするって怪しい廃工場と、何年も使われてないって怪しい廃ビルが2軒もあるって聞けたんだ!」
「『怪しい』って頭につけただけの廃墟の気がするけど……」
ツッコミの後、アルウゥスは静かに自身の考えをのべた。
「思うんだけど、本当に怪しいものっていわば町の暗部で、こういうクリーンな場所では見つからないんじゃないかな。だからもっと暗いって言うか、アングラな場所で聞き込みしてみない?」
「アングラとか、どこで言葉覚えてくるんだか……けど、一理あるな。アングラかあ……」
代案に同意を示すトリニティだが、口元には苦渋の相を浮かべていた。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
アルウゥスの提案をもとに、一行は双成町の西部へ。
途中に中学校や高校の景観を見つつ、目的地へといたる。
歩道と車道が同じくらいの広さをしたメーンストリートとでも呼ぶべき大通りに、中高層のビルが林立する。
そばには辺園生川水系の小川も流れる。
右方向遠くにはトリニティの近所の清栗駅駅舎も見えた。
「このへんは天衝椿地区って言って、オモテはビジネス街だが、ウラ側はな……」
トリニティは言葉を喉に詰まらせる。
川に渡した橋を渡ると、ビル景の大通りとはガラリと雰囲気が変わった。
ほの暗くみょうに圧迫感のある――まさに「怪しい」が頭につきそうな場所だ。
「クラブにスナック、フーゾクとか色々……いわゆる歓楽街ってやつだ。俺が知る限りはヘンな店はないと思うが、悪い話はだいたいここに集まる。通称、『バキバキ通り』」
「バキバキ、通り……」
アルウゥスが深刻な声で繰り返す。
聞いて、「ふぁふ!」耐え切れずトリニティは噴き出した。
バキバキ通り。
中高大生が喜ぶだろうネーミングはともかく、白昼の歓楽街は特有な圧迫感があってもそれ以上に寂れた空気が漂っている。
これでは先の聞き込み場所と大差ないだろう。
「来たはいいけど、やっぱ夜じゃないとダメか。出直すぞ」
出直した。時刻は夜の20時。
昼間、ゴーストタウン状態だったバキバキ通りだが、気温ゼロ度付近という極寒と夜闇の中でも熱気を思わせる人混みがあった。
スナック、大衆酒場といった客層の比較的広い店舗は、暖をとるカマクラと化している。
反対にクラブ、ラウンジといった嗜好性が高い店舗は、物色や物見の人波を生み、熱源を運ぶ。
そうした薄汚い生態系めいた活動の中――せわしなく動き回る鶏マスクの男。
「あの、ちょっと聞きたいことがあうんッ!」
トリニティだ。
1人ひっしに声かけを敢行するが、人波の勢いにかき消される。
加えて珍妙な格好がわざわいし「コスプレして気を引くタイプの客引きか」との勘違いを終始受けていた。
「くそッ、やっぱ人はいても話しかけられる状況じゃねえ……」
思い通りにならないことへ、いらだちを募らせるトリニティ。
今さら後悔していた――約30分前、自宅から出発する直前の、アルウゥスとのやりとりを。
『なんでボクはついてきちゃダメなのッ? ねえ、園治!』
『夜のバキバキ通りは治安もくそもねえんだ、ガキのお前には行かせられない。留守番してろ』
トリニティは自身の判断そのものが誤っていたとは考えなかった。
アルウゥスに背中を見せて出てきたくせに、聞き込みどころか声かけすらまともにできない自身が情けないのだ。
(せめて、夜は俺、昼はアルウゥスで分担しようとか、そういう言い方すればよかったな……)
「――園治?」
幻聴だろうか、アルウゥスの声。
――いや違うと、トリニティは寒中に冴えた頭で直感する。
声がしたことを喜んではいけないと理解しながら、弱った心が彼の顔をそちらに向けさせた。
やはりアルウゥ……ス?
真っ赤な髪と、オレンジのような2つの髪飾りがかろうじて本人だと認識させる。
だが、その顔にはなぜかマジモスをヘルメットにしてかぶっている。
「アルウゥス、だよな? 留守番してろって言ったはずだろ」
「ごめんね。で、でも、やっぱり園治のこと放っとけなくて……背伸びして来ちゃった」
人波の中、流されないようにとアルウゥスがトリニティに身を寄せてくる。
……アルウゥスがデカい。
2人の間には親子ほどの身長差があったはずだ。
先の言葉を真に受けるのなら、マジカルパウアー「細胞を生み出す力」を利用して、身長をごまかしているのか。
「ん!? おッ、おい! 何か当たってるんだがッ」
「当ててんのよ……っで、いいのかな? えへへ」
アルウゥスの胸がデカい。
アルウゥスの胸がデカい?
アルウゥスの胸がデカい!
おっぱいだ! やった!
「意味わかんねえよ!」
それは上着越しであるかなど関係なしに、前方へボインせり出している。
しかし、肉だ……。
感触は鶏モモか豚肩ロースあたりの肉だ。
断じて脂肪ではなかった。
◆
「大人」に背伸びした長身爆乳アルウゥスをともなって、トリニティは聞き込みを再開する。
ナゾの覆面長身爆乳尻デカ女性(生物学的にはオス)が登場したとあり、猿山を制すがごとく人混みには秩序が生まれ、人波は静まりかえった。
冗談のような光景だが、現実だ。
その中でトリニティと長身爆乳アルウゥスは、これまでになく有意義な聞き込み調査を行うことができた。
「んあーそげ、デカいカエルちゅうのは知らんけど、最近ヘンなうわさが出回っちょってなあ」
「ああ。どんなうわさだ?」
「なんでも『人生逆転レベルの整形ができる!』ちゅうクリニックがのお、ほとんどタダみたいな値段で整形手術をしちょるらしい。反社のシノギにしちゃ違和感がある。しかも院を探してもコロコロ場所を移しちょって見つからんらしい」
「思ったよりヤバそうな話だった……」
ビル陰で酩酊したテキトーなおっさんに話を聞くだけでも、やはり住宅地などでは到底知り得ない情報が飛び出してくる。
ものの1時間で、それらの総数は2人の手に余るほどまで集まった。
「ここまでにするぞ! さすがに今日だけでマ・ラにたどり着くのは無理か……けどアルウゥスのお陰で、すげえうまくいった。ありがとな」
道の混雑から外れた路地裏で、トリニティと長身爆乳アルウゥスは一息ついた。
「さっきは、言い方キツくて悪かった……」
「いいんだよッ。園治が心配してくれてるのは、わかってたから。でも忘れないでね?」
長身爆乳のアルウゥスはステップを踏み、路地裏から躍り出る。
トリニティも目で追う。
長身爆乳アルウゥスは手を後ろで組み、胸のふくらみを主張している。
「園治の力はボクの力。ボクの力は、園治の力だよ! だから、まずは信じて、任せて!」
誠心のこもったアルウゥスの回答。向かい合うトリニティは安堵する。
点滅する激しい街灯りが2人に降り注いでいた。
その魅惑的な女性のボディと相反する、子どもらしい仕草をするアルウゥスにフォーカスすると、点滅の輪郭はぼんやりとにじむ。
季節感もそうした事実もないが、トリニティは「親しい誰か」と夏祭りにでも来た気分におちいった。
ドキドキと、ほっこりした感情。
この胸中にある、長身爆乳アルウゥスへの親しみは、仲間の絆か、それとも別の――どうせ性愛だろう。
「あ、あの! トリニティさん!」
バキバキ通りの中で、名指しをされ呼び止められるトリニティ。
アルウゥスに比べてやや低いだけで、可愛らしい声色をしていた。
鶏マスクで振り返ると、声の主はやはり少女だった。
少女――否、「美少女」は!
はち切れんばかりの爆乳をぶら下げてきた。
またおっぱいが来た! やった!
でもなぜ?
美少女は派手な髪色のツインテール、作務衣に似た服にダウンを羽織ったいでたちをしている。
腰回りは細くしなやか。
そして何より胸、重力によって下方へたわわに実った奇跡の果実だ。
彼女が靭帯に負荷をかけ、長年大切に育んできたことがうかがえる。
赤肉メロンめいた当人の派手な髪色にちなみ、奇跡のメロンとでも名づけるべき爆乳だろう!
「トリニティさんが来てるって聞いて……。その、ずっとずっと応援してました!」
「あ、ああ。うん。ありがとう」
トリニティは自身の胸を撫でおろす。
ただ、美少女はけなげさから声をかけに来てくれたのだと思った。
ところが次の瞬間、あどけない口元から予想外の言葉が発せられる。
「あの、デカいカエルっていうのはもう見つかりましたか……?」




