第30話 場外戦 中
双成町と御露出町の丘陵地帯で、計7地点に、後継生物ク・コロが「触手」を生み出した記録があった。
トリニティとマジモス、アルウゥス1人という2組に分かれ、捜索へとくり出す。
ペルウィアの忠告を受けてトリニティは、「触手」が何か動物とともに移動しているパターンも考慮していた。
もしそれが現実になり、最悪半分がそうだったとしても、1つでも多く「触手」を排除できればいい、と。
すこしの楽観視をしていた。
「触手」捜索は5日間行った。
そして7地点中――「触手」がいたのは、ゼロ地点だった。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
虚幌須市は、御露出町ぷるくら動物園。
閉園後の16時、日が沈んで闇に呑まれた駐車場へ、排気音を立て小型バイクがやって来る。
ク・コロの「触手」捜索を終えた日の、トリニティとアルウゥスだ。
雪が降り始めた。
2人は急いで灯りのついた管理棟へと向かう。
扉の先ではペルウィアとテラ・ケルが、コーヒーブレイクをして待っていた。
真っ赤な肌に透明な洟を垂らしたアルウゥスが、鼻声でふがふがと5日にわたる捜索の結果を話した。
「やっぱり冬越えできなくて、(『触手』は)もう全部死んじゃったのかな……」
アルウゥスが切ない声でつぶやく。
それも極端な推論だったが、動物園の他メンバーもそうだろうと発言に同調しているようすだ。
「前向きに考えよう。いったん、見えていた脅威は取り除かれたわけだシ」
落ち込んだムードに逆らってか、それともただのマイペースか。
余裕の微笑を浮かべてペルウィアが切り出した。
「8月から見て直近4回、観測記録があるのを見ても、ク・コロがまたマジカルパウアーを使う可能性は高いと思うワ。次の動きがあるまで、所在がわかっている後継生物の対応をしていこう」
「……そういや、HCCで場所がわかってるやつもいるんだよな。何のために放置してる?」
「悪意ある言い方はやめてヨ。伝達物質も『無頭症』も、無限にあるわけじゃない。体力的にもそう。1日に戦える限度ってものがあるよネ? もっと、アルウゥスのこと労わってあげてヨ」
「悪い。アルウゥス……」
ペルウィアにさとされ、トリニティが逸った言動を謝罪する。
アルウゥスは気まずさにもじもじとして、押し黙る。
「焦る気持ちはわかるワ。ク・コロも、他の仔の件も、早く片づけたい。でも、マジカルパウアーやHCCがあったって何でもできるわけじゃない。今は、春が来るまで耐えるときだヨ」
「わかったよ。俺も、お前の指示にしたがう」
堅実なペルウィアの提案に、トリニティは自身の無謀さをはっきり思い知らされる。
「そういえば、もう年末か……」
トリニティたちは自宅への帰路につく。
降雪は時間経過とともに強風をともなって勢いを増し、ついに吹雪となった。
かろうじて、トリニティとアルウゥスは雪まみれになる前に自宅へと避難した。
明日から数日間は、また道に雪がこんもりと積もっているだろう。
商店街に公園に、子どもたちがやって来ては銀世界に胸を躍らせ、夢中になって遊び回る。
どこかの山や森でソリ遊びをすることもあるだろう。
そんな中に突然、凶暴な「触手」が襲いかかってきたら――、
「(商店街の)火事の時と一緒か。何もできることがない。少なくとも、派手なことは……」
窓の外を眺める、面長で三白眼の青年は独りごちて、考えごとをしていた。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
12月31日23時59分、日本中のほとんどが同じものを待望する。
必ず来るその瞬間を。
トリニティは双成町の自宅アパートで、アルウゥスとマジモスに年越しそばを振るまい、新年の訪れをともに迎えた。
クリスマス翌日から起こったク・コロの「触手」騒動解決のため、各アルバイト先へ拝み倒してシフトを減らしてもらい、時間を確保していたトリニティ。
だが、年が明ければそれどころではない。
みもみじ商店街は、どこの店も猫の手も借りたいほど大いそがしの状態となる。
トリニティも後継生物への執念をいっとき抑え、仕事に邁進した。
虚幌須市は、厘月町第一みもみじ商店街。
屋根付き商店街の魅力であるアーチの透明な天井は、全体を雪に閉ざされた。
大路には雑踏の足跡を記憶したシャーベットも一帯に広がっている。
「トリニティ、時間だよ。もう上がって?」
商店街にあるケータイショップの、隣。
ラーメン屋「鶏塩ラーメン淡姫」。
トリニティのアルバイト先の1つだ。
昼食時のピークを過ぎた15時、店員の1人がトリニティへ退勤をうながす。
「ああ、わかった。お疲れさま。あの、貝大の図書館が開くのっていつからだ?」
「うちの図書館使いたいの? えっと、たぶん昨日から普通に開いてるよ。この後行けば?」
「ありがとう。そうする」
トリニティは同僚に礼を述べ、店の裏口から出る。
愛車の小型バイクが、店長のものと双子然として並べて停められている。
トリニティは2つの車両を撫でさすり、一方にまたがる。
先ほどの会話をもとに、同町貝釣大学へやって来た。
構内地図で図書館がある位置を確認し、キャンパスを歩いて行く。
途中、グラウンドに真新しいプレハブ小屋を見つける。
かつて隕石資料館があった場所だ。
トリニティの目の裏に、爆発し粉々になった旧館の光景がフラッシュバックする。
敷地内をしばらく歩いて、目の前の広場が目印の、大学附属図書館に到着した。
「さて……来たはいいものの、何からアプローチするか」
図書館へ入る。
情報通り、年始休館を終えて平日のカレンダーにしたがい運営されている。
自然体で足を踏み入れた鶏マスクのトリニティだが、すぐに落ち着きをなくして館内をうろうろ徘徊し始める。
エサを探し歩く鶏をリスペクトし、時折てきとうな書棚から本をついばむ。
(やばいぞ! ク・コロの手がかりを調べに来たのに、何の本読めばいいかわからん。生物? 地理? 統計かそのあたりか?)
トリニティは視界に入る本すべてが重要に思え、すべてが単なるオブジェクトに成り下がる。
寄る辺なく建物2階へと上る。
そのとき、装飾的な手すりの先――真っ赤な色が目についた。
「アルウゥス……?」




