第27話 ウワサの巨大ヘビって?
虚幌須市は、御露出町ぷるくら動物園。
先日、後継生物回収の拠点となっていることが判明した、町内北西部にある施設だ。
とはいえ、カムフラージュのため日中は、一般的なふれあい動物園というテイで営業している。
支配人は「舟」のマジカルパウアーをもつ巨大ヘビのテラ・ケル。
人前では精巧なフェイスマスクと、「触手」製の青い手足に紳士服を着。
遠近法を駆使して、身長2.5メートルを超える化物の姿を人間に偽っていた。
そして園内唯一のフリースペース。
本日はその場所を貸し切って、ご当地ヒーローショーが行われている。
もちろん『商店戦士トリニティ』のショーだ。
寒空の下、鶏マスクと全身タイツの正装に身を包んだトリニティが、着ぐるみの怪獣へと攻撃を開始する。
ダメージジーンズ同様、表面のいたみが勲章めいた味を出す二足歩行の怪獣が、大きく怯んだ。
シーンは、これまで防戦一方だったトリニティが怪獣への反撃に転じる、胸アツ展開だった。
「食らえッ、必殺・厘月隕石ストライぃぃぃぃクぅッ!」
そこに渾身の必殺技が炸裂!
垂直2メートルに飛び上がったトリニティが蹴りをみまう。
ドガビシャア!
けたたましい効果音が、スピーカーから放たれる。
怪獣と観客、園の動物たちの鼓膜にすさまじいダメージが及ぶ。
「グオオあああああッ!」
怪獣はスピーカーボイスと悲鳴が混じった鳴き声を上げ、ステージの上にひっくり返った。
「野蛮ネ……」
ショーを遠目に眺めていた、尻がデカい作業着姿の人物がつぶやく。
梅鼠色という肌に、白色の髪をした、宇宙人型の後継生物のペルウィア。
こちらも体格に合わない巨尻は隠せていないものの、一般のスタッフに扮していた。
クリスマスを終えた12月26日。
日曜日であり、また市内全域の小学校で冬季休みが始まっていることも手伝って、動物園には多くのファミリー客が訪れた。
トリニティのショーは、繁忙をかもし出した園の仕事を手伝った彼への、いわば報酬だった。
動物園は千客万来といえども、温泉巡りや地理的名所の観光ついでの来客には違いない。
そこに、トリニティはショーをぶつけることで、自身の宣伝と来客の満足度向上を同時にやってのけたのだ。
「トリニティ、トリニティ! めっちゃ、かっちょよかったです! 応援してます!」
ヒーローショー終了後、恒例の握手会にてトリニティの前には子どもの行列ができる。
ひじょうに可愛らしい。
トリニティへかけられる言葉も純粋で美しい。
見守る保護者一同の笑顔も満開だ。
いつの間に参加したのか、コアな成人ファンも外れ値的に列へ並んでいるが、いちいち気にしない。
「ありがとう、また待ってるぞ。じゃあ次の人!」
「え、えっと、あわ……」
眼鏡をかけた男児に順番が回ってきた。
男児は、恥ずかしがって固まってしまう。
トリニティはみずから握手へ誘導するか逡巡する。
すると男児の後ろに並ぶ、よく顔の似た少年が1歩前へ踏み出してきた。
「あ、オレこいつの兄です! 一緒に握手お願いしゃす!」
「ああ! 仲がいい兄弟だな。よろこんで」
トリニティは陽気な兄と眼鏡の弟に、両手を差し出し握手を交わした。
「えっと、今日トリニティが来るって知らなかったから、こいつ緊張してて。オレら(御露出町中央にある)士里七小なんすけど、厘月町までショー観に行ってました! 頑張ってください!」
陽気な兄はすらすらと喋った。
それにトリニティはあいづちを返す。
しばらく、眼鏡の弟を待ったもののひと言も発することはなく、その場はお開きとなる。
トリニティは泣く泣く次の客に視線を移した。
(なんか言いたげだったけどな……)
ファンサービスの精神か、ただの思い上がりか。
いずれにせよトリニティが疑念を、自力のみで抑えることはできなかった。
握手会待機列をさばき切った後、先の兄弟が退園していないことを祈りながら、園内を探し回る。
「やあやあ! トリニティだ。さっきは握手しに来てくれてありがとう」
すると、動物園の1周に10分とかからない小規模さのお陰で、トリニティは眼鏡の弟を見つけることができた。
陽気な兄の姿はないが、はぐれてしまった悲愴感などはない。
「あっ、はい。どうも」
眼鏡の弟はまるで、トリニティが会いに来るとわかっていたように、握手会の緊張した態度が演技だったというように落ち着き払って、彼を受け入れた。
駐車場側ゲートに面した、木陰のベンチ。
座っている眼鏡の弟の隣に、トリニティが腰かける。
「……ボク、見てて。トリニティさんは、公園で、大きな馬と戦ってましたか?」
「え? あ……ああ。戦ってた、確かに」
眼鏡の弟は小動物のささやきで、油断していたトリニティを鋭い質問で刺し貫いた。
――彼の指す「大きな馬」とは、おそらく後継生物ミセ・ヤリだろう。
ミセ・ヤリは今年10月下旬、トリニティが遭遇した2体目の敵。
だが、アルウゥスとの連携ミスによって逃げられてしまった。
苦い経験そのものだ。
「あ、あのッ、じゃあ大きなヘビは見たことありますかッ!」
「へ、ヘビぃ……?」
眼鏡の弟は瞳を満月にして、興奮ぎみに、また突拍子もない問いを投げかけてくる。
ヘビと聞いて、トリニティの脳裡にはすぐテラ・ケルの正体が浮かんだ。
当然だろう。
胴体の四か所が食い破られ、内側から「触手」がはみ出した魔改造ヘビ(見た目はトカゲ)。
まさか……考えたところ、遠くでクシャミが聞こえてきた。
「お、お兄ちゃんのクラスとかで、そのヘビを探すのが流行ってて。見た人がいるって言ってて。黒いからだで、木みたいに大きいって聞きました! それから、歯がヘンな形をしてるとか」
「じゃあ見たことはないな」
テラ・ケルの体表は、青みを帯びた鱗におおわれていた。
さすがに黒色、と呼ぶべき色彩と見間違うことはあり得ないだろう。
「そっか……お兄ちゃんの友だち、ヘビに遭ってケガをして、(ペットの)ワンちゃんに逃げられちゃったから。先生が、『探しに行ったらダメ』って言ってました。えっと、その……」
眼鏡の弟はおどおどしながらも真剣に言葉を選んでいる。
「トリニティさん! そのヘビをやっつけてくださいッ!」
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
「――ってことがあってな。たぶん後継生物なんだろうが、決定的な情報がない。とりあえず、小学生がヘビに襲われたらしい場所の地図はもらってきた」
「オッケー! 明日現場に行こう!」
「即答か。景気がいいな!」
トリニティは巨大ヘビの話を聞いたその日の夜、食卓にてアルウゥスへ状況を説明する。
説明だけで、何をしてくれと言わずともアルウゥスは協力の意思を見せてくれた。
翌朝、トリニティはアルウゥスとマジモスを連れて、御露出町中央の士里七近辺へと向かう。
バスの最終便に乗れず、ぷるくら動物園で一夜を明かした失敗を糧に、125ccの小型バイクを中古で買ったトリニティ。
小ぶりな車体にまたがって走っていると、軽くなった懐へ、尖った冷たい風が突き抜ける。
また珠辻 園治としてのツテを頼って、先週から、アルウゥスが輸入雑貨屋でアルバイトを始めた。
生活費を切り詰めなければならない只中。
2人と1匹、バードナーでフライドチキンを食べる日は、もはや祝日と化した。
生きることは厳しい……。
「着いたけど……うん、やっぱり森だね」
士里七へ到着。
アルウゥスは、トリニティがコンビニプリントしたネット地図を両手に握り、片側一車線の道路脇を漫然と歩いた。
右手に水田。
左手に鬱蒼とした森林。
そんなロケーションは、およそ未知なる生命体を匿っているようには見えない。
「襲われた子は普段の犬の散歩ルートから、たまたま遠出した日にヘビか何かと出くわしたらしい。そんで襲われて……子どもは手の骨折で済んでるが、犬は行方不明になってる。あんま悠長にはできねえぞ」
「園治、でもね、やっぱり目的地はここだよ。森の中に棲処があるのかな……」
「移動してる可能性もあるだろ。ああッくそ! あいつっぽいとかこれっぽいとか、何か心当たりはないのか?」
トリニティは漠然とした問いかけをする。
悩まされるアルウゥスが、うーんと小さく唸る。
「そういえば、ここって1回来たことあるかも。えっと、どの仔のときだったっけ……」
アルウゥスがボケている間に、彼のヘルメット代わりになっていたマジモスは元に戻った。
そして、マジモスはなんとッ、高速で森の中へと飛んでいく――!
ブウンッ!
単独で危険区域へ、突貫したのだ!
「おい、マジモス! どこ行くんだよッ!」
トリニティたちが取り乱す中、森の奥から奇妙な光が漏れ出してくる。
視神経の奥までこびりつく、激しいピンクの発光。
それはマジモス――あるいは子どもを襲った巨大ヘビが、まさにマジカルパウアーを行使している証左だった。
マジモスは、その体内にアルウゥスのキャンティマを移植されたことで、自身もまた任意にマジカルパウアーを使うことができる。
巨大バエのからだを頭部に見立て、筋骨隆々とした人型の胴体を生成して合体するのは、マジモスの十八番の戦法だ。
「マジモスう!」
アルウゥスがなさけなく声を荒らげる。
2人は焦燥しながら、森の中にダイブした!




