第26話 赤裸々な2人(1人はただの裸)
ぷるくら動物園を後にし、雪の林道を歩く。
アルウゥス、トリニティ、マジモスの順に進む。
雑木林の闇は果てしない。
おまけに、地面がにわかに凍結している。
時折出現する外灯の光も心もとなく、チェックポイント代わりが精一杯だ。
まだ月のほうが明るかった。
カラオケボックスの間接照明ほどの役には立っていた。
「園治さ、ペルウィアに力を借りるの断ったこと、ちょっと後悔してる?」
「してない、わけじゃねえ……けど」
おそるおそると訊ねてくるアルウゥスに対し、その小さな背中について歩くトリニティは一度歯切れ悪い返事をした。
ぷるくら動物園から自宅まで、マジカルパウアー「穴を生み出す力」を使って送り届けると言ったペルウィア。
ところがトリニティは「ラクをするために力を使うことは、町中で暴れる後継生物と一緒」との私見によって、ペルウィアの心遣いを拒んだ。
トリニティの私見にはある程度の納得感もある。
とはいえ、ペルウィアの立場からすると「お前の力はわざわざ使う必要のないムダなもの」だと断言されたような、胸くその悪い言葉だったかもしれない。
トリニティも自身の発言にすこしの後悔はあったが――やはり、このスタンスを譲ることはできないと考える。
「あいつのマジカルパウアーに頼り過ぎると、俺は絶対焦らなくなる。大事なものより、目の前の時間を優先するようになる、ってわかりきってる。だから、自分でやれることくらい自分にさせなきゃいけないんだよ」
トリニティは己の脆弱さを噛みしめながら、アルウゥスに答える。
アルウゥスが振り返ったり相槌を打ったりすることもなかった。
しかし、今夜の静寂はトリニティを安心させていた。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
ぷるくら動物園を出発しておよそ10分。
トリニティたちは、御露出町の代わり映えしない暗黒林のなかに、異質な建物を見つける。
暖かなアプローチ照明に照らされた場所は、温泉施設「びっしゃびっしゃ湯」だ。
一行は建物へと入場する。
びっしゃびっしゃ湯の中は、10人も入るといっぱいになる湯舟が男女に各1つと、小さな遊戯室があるのみ。
御露出町には他に数か所の温泉が点在している。
とりわけ南部の「原斗淋泉」は優れたロケーションの露天風呂を備えており、全国的にみても著名だ。
比較して、気軽さに特化した慎ましやかなその温泉は、冬の寒さに夜の時間という条件が重なり、トリニティたちの他に利用客はなかった。
「ボクたちしかいないみたいだし、その……『トリニティ』のマスク脱ご?」
「言われなくっても、マナーくらい守るって」
脱衣所。
トリニティは鶏マスクも脱ぎ去った完全なる裸――彼の場合は「変身」した姿か、それになる。
人相悪い面長で色白の男顔が露になる。
細身の長身は筋肉をまとい、デコボコしている。
腹部の肉色をしたカサブタはやや隆起し、以前のものより、トリニティ生来の肌色に近い色へ変わってみえる。
アルウゥスも裸だ。
大きい2つのオレンジのような髪飾りを外し、腰の長さのロングヘアを胸に垂らす。
徳利の容器を想起させる、華奢な上半身から巨大な尻までのシルエットは女性的魅力に富んでいる。
だが、トリニティと並んだ背丈は親と子ほどの差があった。
「お前、ホントにオスなんだよな?」
「えっ。う、うん。もしかして、興奮させちゃった……?」
「んなことはない。さっさと入るぞ」
男湯の入口で益体もない会話を交わす2人。
ゆっくり風呂場へと向かう。
トリニティは初めてながら見覚えある原風景的な浴室へ入ると、すぐにリラックスした気分を味わった。
5台あるシャワーの一番端に、アルウゥスが座る。
トリニティは三白眼をじっとり細め、アルウゥスの1つ飛ばしの場所に腰を下ろす。
2人して入念に全身を洗う。
「寒ううッ!」
トリニティが叫んでいると、マジモスがハエの手で器用に、風呂桶を3つ運んでくる。
男3人は桶で急いでかけ湯をし、マジモス自身は1つに湯を張りのんびりと浸かった。
待ちわびたたっぷりの温泉に、男2人も浸かった。
アルウゥスは腰まで届く長さの髪の毛を、ヘアゴムでまとめ、上からタオルを巻いている。
互いに、無意識にまた肩を並べる。
ごつごつした男のクルミ色の肌色と、若い肌理が朱の光をはなつ真っ赤な肌色とが、湯気に水のきらめきに一体となった。
「あのさ。結局マジモスって、アルウゥスがマジカルパウアーで作った生き物なんだよな?」
カポンのSEがいつ聞こえてもおかしくない情景に、トリニティのゆるんだ声が挿し挟まる。
「あれ、言ってなかったっけ?」
「ああ。っていうか、俺が訊かなかった。なんとなく察してはいたが。『舟』に入れるのが生き物限定ってのと、さっきのデカい塔で確信した。だからアルウゥスと同じ能力が使えるんだな」
1人納得するトリニティの横で、アルウゥスは悩ましい表情を浮かべる。
「その……実は、最初ボクのマジカルパウアーは『ただの肉片』しか作れなかったんだ。でも、セーメンティスのお陰で、『どんな器官にもなれる細胞』を作ることができるようになって……マジモスと友だちになれたの」
「そうだったのか」
「うん。えっと、それで。その……ボクも、セーメンティスと一緒で、無くて」
「……?」
アルウゥスの態度に違和感を覚え、トリニティは不意に視線を下へ向ける。
アルウゥスは恥ずかしそうに笑い、脂肪も筋肉も薄いやわらかそうな下腹部を、自身の手で強く押し潰していた。
「お前それ、どういうッ」
「同じ実験で、ボクのキャンティマと(脳内)睾丸力も、マジモスの中へ移植されたんだ。ボクたちは、マジカルパウアーを生み出す仕組みも、使うまでの体内経路も同じ。だから――」
「もういい。そういうことか。ホント、お前らはどこまで……」
呆れ果てて、ものが言えなくなるトリニティ。
思い出す。
セーメンティスは、精子――マジカルパウアーの原料をつくるキャンティマと、睾丸力を発現した脳の一部を摘出され、母星にて保管された。
それからマジカルパウアーは「通り道」によって、母星のキャンティマから伝達物質をセーメンティスへと届け、力の行使を可能にしている。
一方、アルウゥスが明かした内容によると、彼は同様にキャンティマ・脳の一部を摘出されたあと、それらを母星に置くのではなくマジモスの体内へ移殖したという。
それは結果的にマジモスを、アルウゥスに近づける……否、相同にした。
2者は、マジモスの体内にて伝達物質を生産し、「通り道」を使って互いのからだに送り届け、力を行使させているのだ。
――マジカルパウアーの観点からすると、ただそれだけの事実だ。
しかし生き物としては事情が異なる。
アルウゥスとセーメンティスは自身のからだでもう、子を成すことができない。
少なくとも、邪悪で非道な科学者に取り出された、超常の力を維持するだけの装置にされた、キャンティマをもとに戻さない限りは……。
点と点が、線でつながった感覚がする。
(アルウゥスが後継生物って種を。セーメンティスが家族を。そのために戦うってのは、だから……)
言葉を発しないトリニティとアルウゥス。風呂桶につかるマジモス。
静寂がおとずれるものの、気まずさはなく、ただひたすらに純潔で趣深い。
黙っていると、温泉が心地良い。
湯全体に体液が、思考も道連れに溶け出していく。
「アルウゥス。きもちいな」
「そうだね……」
「晩メシ、どうする?」
「うーん。動物園と反対方向だけど、コンビニがあるよ。それからもっと遠くにラーメンも」
「じゃあ、ま、行きながら考えるか」
「うん」
短い言葉をかけ合う2人。マジモスは風呂桶の中でそれを聞いている。
またカポンが鳴った気がする。
「アルウゥス」
「なに?」
「俺に、戦える力をくれてありがとな」
トリニティが唐突に感謝をのべる。
アルウゥスは言葉に詰まったようすで彼の顔を見た。
「お前も、マ・ラを捕まえたらテラ・ケルたちと(居場所を探す旅に)行くんだろ? 俺が一緒に戦えるのはそれまでだけど……ずっとヒーローは続けるつもりだ。だから安心して、お前の使命を果たしてくれよ」
「……うん。わかった。ボクも、ありがとね」
アルウゥスはおだやかに、トリニティへ笑顔を見せる。
笑顔はどうしてか、ぎこちなくも感じられた。
2人して湯舟から出た。
マジモスはしばらく2人に応じなかったが、それはハエの巨体が風呂桶にハマっているだけだった。
性癖全開!の備考
●セーメンティスはともかく、アルウゥスはキャンティマがすぐ手元(マジモスの体内)にあるのだから、マジモスから再度移植すればよいのでは?
たとえばペルウィアの「穴」を使って、マジモスからキャンティマを取り出すとか?
→
可能だろうが、アルウゥスからキャンティマが移殖されたのは地球に来る以前(1年以上前)であり、すでにマジモスの体組織に定着している可能性がある。
そのためキャンティマを取り出すと、マジモスがからだに不調をきたすリスクも考えられるため、不用意に手を加えるべきではないのではないか。
という視点により、現時点ではマジモスからキャンティマを取り出すことはしなかった。
●(上記以外の対処方法として)アルウゥスのマジカルパウアーは「どんな器官にもなれる細胞」つまり「全能性を有した細胞」を生み出せるのだから、キャンティマ=精巣・卵巣、子宮などを別に生成すればいいのでは?
→
キャンティマ=精巣・卵巣、子宮などを生成することは可能と思われる。
ただし、ここで言及する「自身のからだで子を成すことができない」とは事実の確認に過ぎず、今すぐアルウゥスがそうした手術を行うことを希望しているという意図を含むものではない。
そのためいずれ卵巣・子宮などを生成、移殖して「女性化」する可能性も考えられる。
しかし精巣(生来のものはキャンティマの一部としてマジモス体内にある)について、本作ではマジカルパウアーの視点から「生成不可能」と定義する。
マジカルパウアーの性質は精子・伝達物質・(睾丸力を有する)脳の一部、その他エピジェネティックな作用(ゲノムによらない後天的な遺伝的変化)によって決定される。
そのため、たとえアルウゥスの遺伝子から作製した精巣であっても、移植後に同じマジカルパウアー「細胞を生み出す力」を発現すると断言することはできないためである。
ただ「精子をつくる器官」という意味上だけであれば、精巣の生成は可能であり、アルウゥスが望むならばこれを移植して雄性の生殖機能を回復することはできる。
とはいえ後継生物は「無頭症」をかならず発症するため、精子は精巣→精嚢のプロセスで生殖能力をうしなうリスクが高く、やはり子を成すことは難しいと考えられる。




