第23話 舟に乗って やっと乗る
試験的にイラストを入れています。
今後、正式な挿絵などに差し替える予定です。
「――これが、ボクたち後継生物の乗ってきた『舟』だヨ」
ナゾの閃光がトリニティとアルウゥスとマジモス、他2人を呑み込んだ。
次の瞬間、動物園の管理棟から「幻想的な平原」へと、景色が一変したのだ!
幻想的な平原とは、たそがれ時のような紺藍の空と、開けているが風ひとつ立たない緑の大地。
地球儀の内側に、マントルではなく空間があるとすれば。
加えて自身がそこにいるとすれば。
空間から外側を見たとき、今トリニティが見ているものと同じ光景が見えるだろう。
その通り、平原はまさに「地球儀の内側」という様相を呈しているため、幻想的だった。
「へえ。全然フネ感ないけどな。これでどうやって地球に来たんだ?」
「その前に。トリニティ様は、捕獲した後継生物の収容方法についてお知りになりたいのでは? そのためにいらっしゃったのでしょう」
「あ、ああ。そうだな、悪い」
気分に任せて発言したトリニティをたしなめたのは、身長2.5メートルはあろうかという地球人らしき巨人テラ・ケルだった。
テラ・ケルは特注のスリーピーススーツを着た紳士的な男性。
意図は不明だが凛々しい顔の口元を一切動かさず、腹話術の形式で話した。
「今からお見せします。私のマジカルパウアー、『舟』に乗って」
テラ・ケルが手元にもった土気色の球体に触れる。
すると、トリニティたち5名の地面がすべり始め、地点の移動が起こる。
体感はレースゲームの画面を眺めているものに等しい。
足元が固定されたまま、景色のみゆっくりと流れていく。
地球儀の回る間、トリニティの目には多種多様な生き物が映り込んだ。
無論、中には後継生物も含んでいる。
彼らは体がとても大きいためひと目でわかった。
「見たことないやつばっか――おっ、なんだっけ、コ・キユだ! コ・キユがいる!」
「ほとんどはボクが捕まえた仔か、マ・ラについていかず残ってくれた仔だね」
「ああ。けど、こんな自由に放牧されてる感じとはな……また脱走されない保証はあるのか?」
アルウゥスの横ではしゃいだと思えば、急に深刻な質問を投げかけるトリニティ。
自身を客人に見立てての放縦なふるまいは、ペルウィアたちからの心証を悪くするおそれがある。
しかし紳士然とした巨人テラ・ケルは冷静で平然としたまま、トリニティの問いかけに応じてくれた。
「トリニティ様の意見はごもっともです。しかし、通常であれば『舟』の性質によって、後継生物はマジカルパウアーを使うことができません。したがって心配は無用でございます」
「マジカルパウアーを使えない?」
「はい。『舟』の性質……端的に言うと『生体活動の停止』、これによる作用です。生き物が『舟』の空間へ立ち入るとその瞬間、からだの状態が固定化されるという現象が起こります。固定化された状態では、いかなる変化が起こっても、一定の時間が過ぎることで元に戻ります」
「はあ……また、わけのわからん話になるのか。訊いたのは俺だけど。それで?」
身振り手振りで戸惑いをあらわすトリニティ。
彼の死角から、ペルウィアが飛び出してきた。
何をするのか。
脇目もふらず、トリニティの指に噛みついたのだ!
「いって! 何すんだよこの野郎ッ!」
激痛を覚え、ペルウィアをとっさに引き剥がす。
トリニティの噛みつかれた右手親指は第一関節に歯型がつき、皮ふが破れて血も染み出している。
ところが、先ほどテラ・ケルの説明した「一定の時間」が過ぎると――、
親指は元に戻ってしまった!
「って、もう痛くない……これが『舟』の能力か? 実演するために噛んだのか、そうだよな?」
トリニティは驚きと不信感を同居させながら、ペルウィアに詰め寄る。
ペルウィアは素知らぬ顔で黙りこくっている。
「今しがた起こった現象だけでは、傷が治癒したと思われるかもしれません。実際は、傷を負った組織が、傷を負う前の組織――固定化された状態へ戻ったのです」
「そりゃ、ゲームのリセットみたいなもんか……? それはテラ・ケルがやってるのか?」
「リセット、とは巻き戻しのことですよね? その通りです。しかしながら、生体の変化は、呼吸といった不随意のものなども含まれ、無数に存在します。私が制御していてはリセットが間に合いません……それらはすべて『舟』による自動作用です」
「なるほどな、話はわかった」
テラ・ケルがより詳細な説明をし始めることを予測し、トリニティは食い気味に返事する。
「マジカルパウアーを使うには、精子の頭がとれる『無頭症』ってやつが必要だったよな。けど、『舟』の中にいると『無頭症』がそもそも起きないか、起きたとしてもリセットされて無かったことにされる――だから後継生物はマジカルパウアーが使えない、と」
「素晴らしいですトリニティ様! その通りでございます」
トリニティはテラ・ケルの主張を噛み砕いて理解する。
しかし彼の表情はまだ、納得がいっていないというようすだ。
「いや、話はまだある。使えないって理屈はそうだとして、使おうとすることはできるわけだ。んで……なんだっけ? あの、脳にある睾丸力が出すっていうアレ。アレがある状態で『舟』に入れば、『無頭症』がなかろうとマジカルパウアーは使えてしまうんじゃねえの?」
「コソコソ……アルウゥス、この人間見た目によらず頭は使えるのネ……」
感心したようすのペルウィアが、アルウゥスへ耳打ちしている風に丸聞こえの声で話す。
「誰が頭悪そうな見た目だって?」
トリニティの言い分とはこうだ。
テラ・ケルの管理する「舟」の内部では、後継生物のからだに起こる変化――ここでは「無頭症」発症をトリガーとして、マジカルパウアー行使の準備をすること――が阻止される。
そのため後継生物はただデカいだけの動物に成り下がる。
ただし、あらかじめその準備を終えてから「舟」に入った場合では前述の限りではない。
「舟」による変化のリセットがどのタイミングで発揮されるか知れないが、少なくとも後継生物はリセットが起こる瞬間までマジカルパウアーを使うことができるはずだ。
それこそマ・ラが脱走したと考えられる1年前のように、悪意をもった者が何らか「舟」に被害をもたらすような事象を、マジカルパウアーによって引き起こすことも可能ではないのか?
ひいては、完全な安全性を謳うことはできないのではないか?
――トリニティが当事者にした質問へ、横からペルウィアがにゅっと割り込み、微笑を浮かべながら代弁してきた。
「アレ、とは伝達物質のことネ。人間の推察は合っているヨ。だから! 伝達物質がカラになるまで、マジカルパウアーを使わせてから放り込むノ。実質去勢ネ」
「実質去勢ってなんだ……」
「あと、後継生物って『無頭症』がものすごい速度で起きるから、伝達物質をカラにしてもまたすぐに作られちゃうノ。だ、か、らぁ? 先に『無頭症』の原因を、ヌいておくんだヨ?」
そう言うとペルウィアはあどけない顔の微笑を、ニヤニヤといやらしい表情に変える。
成人男性の手にすっぽり収まるサイズの子どもの手、親指と人差し指で穴をつくり、しならせて上下にシュッシュとしごき上げて見せる。
向かい合ったトリニティは背筋に悪寒が走り、脊髄反射で目をそむけた。
「やめろッその手つき! うわ! ヘンなもん想像しちまった!」
ペルウィアにからかわれ、トリニティは悶絶する。
「無頭症」の原因物質を除去する。用語に置き換えていれば一般的で理にかなった方法のようだが……やっていることは淫魔そのものだ。
もっとも当のペルウィアは態度から、その行為を忌避していないらしかった。
「わかったよ! お前らが無策でやってるわけじゃねえってのは。けど、だったら何がどうなってマ・ラはここから脱走したってんだ?」
「その話については、また私から……ちょうど、語るにふさわしい場所へ着きましたので」
テラ・ケルの言葉に続いて、足元で流れていた景色が止まる。
彼の口にした「ふさわしい場所」は、その実これまで目にしてきたものと大差がなかった。
明確に異なるのは、トリニティたち5名のほかに生き物が一切いないこと。
また、幻想的な平原の中に、肉色をした塔が建っていること。
高さは数十メートルもある。
「何の建物だ?」
「いいえ。これは生き物です」
訊ねたトリニティは、テラ・ケルの即答に驚愕する。
肉色の塔には目も口も、手足の区別すらない。
到底生き物とは思えない。
ウニやナマコといった棘皮動物も、外観で構造のわかりづらい生き物だが、肛門・管足などの対外器官は目視できる。
ではその塔……やはり見渡しても対外器官が存在せず、一面をブヨブヨした肉におおわれているばかりだ。
「『舟』には生き物しか入れません。いえ、マスクや結石、寄生虫も含みますけれど……」
「俺のマスクを異物扱いすんなッ!」
「これは失敬……コホン。これは、マ・ラが残した負の遺産のようなものです。トリニティ様は、吾々がどのように地球へ来たのか、気になるのでしたね? 僭越ながらご説明いたします、あの日の惨劇について……」
「ああ、手短にたのむ……」
「念のためすべてお話ししますね」
頭痛に苦しむトリニティへ、テラ・ケルは表情ひとつ変えずに答え、腹話術の形式で回想する――。
(ペルウィアの語尾に全部♡付けたいなぁ……)




