第22話 舟に乗って 乗るまで
続いてトリニティも「穴」へと入る。
楕円形の「穴」による移動は、瞬間移動ではなく空間歪曲移動だった。
「穴」を出るとすぐ、暗黒が一面広がる。
振り返ると、来た「穴」は純白に発光していた。
あたりを見回すと、じょじょに景色のシルエットが浮かび上がってくる。
そこは雪化粧した、どこかの雑木林の中だ。
「ここは御露出町だよ。ちょっと歩いたら、建物が見えてくるから」
防寒着を着たアルウゥスが説明する。
巨大バエのマジモスを抱きかかえながら、先行してトリニティに道筋を示す。
2人は舗装された林道を歩いていく。
御露出町。
虚幌須市の最南端にある町だ。
その広大さは、隣接する双成町の2倍以上にもなる。
丘陵と多様な植生に恵まれた、自然とも密接な土地を有している。
その反面、人口が1000人を割る過疎地域、つまり田舎町でもあった。
「――うおッ! なんだここ!」
トリニティが驚きの声を上げる。
しかし、それはしかたのないことだった。
日没から約2時間、闇に包まれた林道。
そこへいきなり謎の施設があらわれた!
ホラー小説の世界であれば惨劇の始まりを予感してしまう展開だろう。
「ぷる、くら、動物園……?」
鶏マスクの下で夜目をとがらせ、トリニティは施設の看板文字を読み上げる。
ポップな施設名はその場の不気味さをまったく和らげることもない。
アルウゥスはなおも進み、ためらいなく施設の中に入っていく。
トリニティも慌てて後を追う。
(なんか、こいつ妙に静かだな……まさか、後継生物に操られてる? もしかして罠か?)
トリニティは、「穴」をくぐってから口数少ないアルウゥスに疑念を抱く。
ぷるくら動物園の園内と思しき空間は、わずかな屋外灯の明かりに照らされている。
一応、展示用のスペースや古ぼけたポップが見当たるものの、夜間のため動物の姿もない。
本当にこの場所が動物園なのか、確かめる術はトリニティたちにはなかった。
「園治? 着いたよ」
「わあッ! 急にしゃべるなよ! ってか、何だここ……カンリトウ?」
真っ赤な全身に2つのオレンジボールという、アルウゥスのシルエット。
小さい照明に当たると完全に異形のソレとなり、トリニティを恐怖させる。
彼は思わずマジモスに抱きついた。
2人が行きついたのは「管理棟」と掲示のされた小屋。
園の関係者が利用するものだろう。
ところがアルウゥスは躊躇のひとつもなく、扉に手をかける。
金属の摩擦音を上げるノブ。
扉が開かれた先には、まばゆい室内灯によって照らされた――、
「ッ、後継生物!?」
が、待ち構えていた。
それも恐らく、2体。
◆
1体はアルウゥスと同じ、低身長尻デカの宇宙人骨格をしていた。
赤みを帯びた鼠色――ちょうど梅鼠という色がある――の肌に、真っ白いセミロングヘアで、パーカーを着ている。
もちろん、普通の宇宙人という可能性もあった。
体の内側からピンクに点滅していなければ。
◆
もう1体……と、言ってよいのか?
どう見てもトリニティと同じ、地球人の見た目だった。
加えて黒髪のお下げに、上着とベストがセットになったスーツ姿、という只者ならぬ印象。
ただし身長は2.5メートルほどあり、頭頂部が天井にめり込んでいる。
◆
「アルウゥス、待ちくたびれたヨ。『穴』は閉じたけど、連れて来るのはその人間だけよネ?」
「うん! 遅くなってごめんね。ただいま!」
当たり前のように白髪の宇宙人が口を開き、アルウゥスがなごやかに話す。
一方トリニティは腕に抱えたマジモスを強引に鶏マスクの上からかぶり、半ば触手スーツも拡げて、臨戦態勢をとっていた。
「園治、紹介するね! ボクの『仲間』……ペルウィアと、テラ・ケルだよ」
アルウゥスは口にした名、前者を宇宙人、後者を地球人らしき巨人へ、指差しで紐づける。
同時に白髪の宇宙人・ペルウィアはため息をつき、呆れ顔を浮かべる。
その紹介によって、アルウゥスからトリニティへ一切合切を話していないことが露呈し、説明義務が発生したためだ。
――トリニティは、ペルウィアの顔に既視感を覚えた。
状況にそぐわない、どこか達観した表情。
目に焼きつくほどの白色の髪。
「ペルウィア、マジモスの記憶にいたやつかッ!」
声を荒らげ、トリニティが言及したもの。
貝釣大学で瀕死の重傷を負ったところ、アルウゥスのマジカルパウアー「細胞を生み出す力」で生成されたカサブタを移植され、一命を取り留めた。
その際に流れ込んできた、2つの映像のことだ。
1つ目は、アルウゥスが非道な人体実験を受けているもの。
2つ目は幻想的な平原でアルウゥスと、白髪の子どもが会話するもの。
ペルウィアの容姿はその2つ目の映像中。
アルウゥスの話し相手となっている子どもと、瓜二つだった。
今では少し髪が伸びて大人びている。
「へえ、マジモスの記憶……アルウゥス? もう一度確認するケド、この人間を連れて来たのは本当に『口封じ』のためじゃないよネ?」
「ちょ、ちょっとペルウィア! そんなわけないでしょお!」
アルウゥスが取り乱す。
トリニティへあらぬ誤解をさせたくなかった。
ペルウィアは嘲笑する。
「冗談だヨ。それで、ええトリニティだっけ? 園治? 何でもいいケド、ここからは真面目な話になるので、仮装は解いてくれるかナ?」
「……それはマジモス(との合体)のことを言ってるんだよな?」
トリニティは発言の意図を訊き返す。
もし、鶏マスクをバカにするつもりであったのなら後悔することになるぞ、とドスを利かせた声で。
ペルウィアは相変わらず飄々とした態度で「さあね」と、追及をかわした。
トリニティはようやく、ペルウィア相手に腹を立てることが無意味だと理解し、マジモスによる武装を解除する。
「とにかく、これから先に来たら、引き返せない……いや引き返させないケド。いいんだネ?」
「ああ。お前らも、隠しだてはナシだぞ」
「ハハッ! それは人間次第だヨ」
ペルウィアは軽口を返した。
あくまでも、この場ではトリニティより自身が優位であると信じて疑わない。
……あるいは、トリニティをどこまでも疑っている。
その腹にあるのは、慢心か、反対に猜疑心か?
(俺次第……か。いつだったかアルウゥスに言ったことへの、仕返しみたいだな)
決心を固め、たたずむトリニティ。
隣ではらはらした表情を浮かべるアルウゥス。
2人と対面するペルウィアが合図をした。
するとこれまで一言も喋っていない、地球人らしき巨人テラ・ケルは、ジャケットの懐から「土気色の球体」を取り出す。
それから黙ったまま、球体を持ち上げていると――稲光に匹敵する激しさで、白い光が放たれた!
室内は一面光に包まれる。
「うッ!」
トリニティは生命の危機すら覚える閃光に、目を両腕でおおいたくなるが、ひっしに耐える。
瞼の裏から見える光も、3秒しないうちに収まったためだ。
「――これが、ボクたち後継生物の乗ってきた『舟』だヨ」
そしてナゾの閃光がトリニティとアルウゥスとマジモス、他2人を呑み込んだ。
次の瞬間、動物園の管理棟から「幻想的な平原」へと、景色が一変したのだ。




