第21話 ひみつ基地
虚幌須市は、妊婦の下腹部にあたる双成町清栗。
若い活気と欲望が渦巻く町を、年の瀬に、空前の寒気が襲った。
それから雪の日が続いている。
町の中心部に位置する鉄道・清栗駅。
本来の通勤・通学ラッシュから1時間半も前というのに、利用客でごった返す。
積雪や架線凍結による、電車の遅延・運休を案じてのことだ。
駅の喧騒は敷地内に限らず、周辺一帯まで聞こえる。
場所変わって駅北口に面する、外観の綺麗なアパート。
ご当地ヒーロー『商店戦士トリニティ』の自宅として近所では知られている。
アパートもまた、駅方面からの騒音の範囲内にあった。
1LDKの居間、ベッドの上にて。
青年は、望まない覚醒をした。
やはり、騒音のせいだ。
しかし、青年を起こしたのは駅の騒音ではなく「屋内の騒音」だった。
キッチンからの遠慮ない仕事音。
彼はからだを起こして音のする方に向かう。
「あッ! おはよう『園治』!」
「……なんで居んの?」
青年はいぶかしげに、音の発生源へ声をかける。
キッチンでは、真っ赤な髪に真っ赤な肌の人物・アルウゥスがにこにこしながら立っていた。
隣では三角巾をかぶる巨大バエのマジモスが、鍋の火加減をみていた。
――――
時は1日前へさかのぼる。
トリニティの生家に等しい第二みもみじ商店街を、後継生物の巨大ヒツジのホ・テルが急襲した。
ホ・テルのマジカルパウアー「自然発火する体液を生み出す力」によって、商店街は火災に見まわれ、傷つけられた。
トリニティは、利害の不一致から一度決別したアルウゥスと、ふたたび手を取り「仲間」となることで、なんとか事態を収束する。
そして同夜、因縁の場所である厘月いんせき公園で、「より強い」ヒーローになるとアルウゥスに誓いを立てた。
『トリニティ』のアイデンティティである鶏マスクを脱ぎ、「みんなを幸せにするヒーロー」へ「変身」をすることで。
人相悪い面長の顔の青年。
彼こそトリニティであり、珠辻 園治なのだ。
――――
――などという経緯は、あくまで2人の間の話。
トリニティを知る市民にすれば、鶏マスクをかぶっていれば『トリニティ』、脱いだらただの中の人に過ぎない。
彼自身も承知している。
だから「園治」の名は、アルウゥスだけが知ってくれていれば、それでよかった。
「『急用がある』とか言って、先に帰ったよな? 電話で、ワープゲートみたいの呼び出してさ」
園治改めトリニティが訊ねる。
彼には確かに公園で、アルウゥスと別れた記憶があった。
「荷物をとりに帰ったの。今日からボクもここに住むから。そのほうが色々便利でしょッ!」
「はあ? まあいいけどさ……前(に一度手を組んだとき)は別行動だっただろ」
「それは……本当はすぐここに引っ越ししたかったけど、『仲間』にすんごく止められて。でも今回でちゃんと納得させてきたからッ、安心して!」
声を弾ませて事情説明するアルウゥス。
手元には調理中のため、包丁を強く握りしめている。
「へえ。何はともあれ、メシにしようぜ。腹減ったわ」
トリニティが眉根を寄せ、胃から強い音を鳴らす。
アルウゥスは微笑んで目を細める。
トリニティがそばのダイニングテーブルに腰かけたことを確認してから、朝食の準備を再開した。
しばらくして、食卓には、三角に切った食パンとポーチドエッグ、レタスのサラダ、コンビニのサラダチキンが並ぶ。
サラダチキンはトリニティの皿だけに乗っている。
「えへへ、こんなものしか用意できないけど……」
「人んちの食材使っといてこんなものとか言うな!」
トリニティはツッコミを入れつつ料理を口へ運ぶ。
「宇宙人の手料理」と言うと、いわゆるゲテモノを想像するが……先に吐いたツッコミを呑み込みたくなるくらい、まともな味がした。
利き手と反対の手で、トリニティがスマホに触れる。習慣がそうさせる。
だが、向かいにアルウゥスが座っている状況では気まずいと考える。
とっさに、BGM代わりにとテレビを点けた。
『――と、市長は遺憾の意を表明しました。市内で絶えないゴミの不法投棄問題への早急な対応が待たれます』
テレビからは環境音めいたニュース番組が流れる。
『続いてのニュースです。津羅海にッ、ニコちゃんイルカあ? 市民をいやす可愛らしいアイドルたちに注目が集まっていまあす!』
しかし、社会問題から動物の話題に移った瞬間、キャスターが躁鬱かと思われる勢いでテンションを切り替えた。
「園治! 見て見てッイルカだって! いいなあ。後継生物には、海の生き物はいないから。会いに行きたいなあ……」
「行こうと思えばあの穴で――今さらなんだが、捕まえた後継生物は、お前らどうしてるんだ? あの穴で、どっかにテレポートさせてるんだろ」
「えっと、ちゃんと話してなかったっけ。この後、見に来る?」
トリニティの指摘に、アルウゥスはうやうやしく問いかける。
もっとも、トリニティはアルバイトを複数かけもちしており多忙だ。
スマホのスケジュール帳を確認する。
本日は13時から17時半まで魚屋、19時から25時まで居酒屋と、シフトが入っている。
いずれも双成町の仕事だが、時間的な余裕はなさそうだ。
ところが、居酒屋のある第二みもみじ商店街は昨日の火災が影響し、各店舗へ営業自粛を要請していた。
トリニティの勤める居酒屋も、要請に応じたうちの1店舗だった。
「ハハッ……神様が行け、ってさ。朝はゆっくりしたい。夕方に行こう」
トリニティの返事を聞いて、アルウゥスは大きくうなずく。
また顔に喜色をともしていた。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
冬の季節特有な、空も地も一体となった夜闇の中。
もう少しで18時という時刻。
エスニックなツーピースに防寒着を羽織ったアルウゥスはマジモスとともに、魚屋まで、仕事終わりのトリニティを迎えに行った。
トリニティは鶏マスクをかぶり、アルウゥスとお揃いの上着を着ていた。
2人と1匹は人気のない場所へ移動する。
アルウゥスが所有のスマホから電話をかける。
すると目の前で突如空間がゆがみ、楕円形の「穴」が出現した!
「穴」の先は、夜闇をも呑みこむ、色彩ひとつない暗黒が広がっている。
「ミセ・ヤリと戦うときに1回通ったとはいえ、やっぱ怖えな……」
「大丈夫? 手つなごっか?」
「んなことより先に行って安全性を見せてくれ……」
トリニティはアルウゥスの茶番に付き合わない。
ブーたれるアルウゥス。
真っ赤な髪と大きいオレンジのような2つの髪飾りを揺らして、その黒洞々たる「穴」を通過した。
続いてトリニティも「穴」へと入る。
といっても、空間は切れ目なくシームレスに続いており、入るというより、ごく短いトンネルをくぐる感覚に近いものだ。
まさしく、楕円形の「穴」による移動は、瞬間移動ではなく空間歪曲移動だった。
――「穴」を抜けた、トリニティたちの目の前に、ぱっと!
ふたたび夜闇の色。
そして、雪化粧した、どこかの雑木林の光景が浮かび上がった。




