第20話 変身
双成町の第二みもみじ商店街が火災にみまわれた、同日の夜。
トリニティは厘月町へ。
ラーメン屋の店長まで、小型バイクを返却するためだ。
バイクの後部座席には、戦闘による疲労と酸欠の影響でふらついたアルウゥスが乗る。
マジモスがヘルメットになっていた。
アルウゥスは10℃を切る寒さにブルブルしながら、ひっしでトリニティの背中にしがみつく。
少し子コアラのようだと、トリニティは考える。
第一みもみじ商店街のラーメン屋に到着した際は、店員から2人乗りの相手について質問攻めにあった。
バイクを貸した先で少女(少女ではない)も連れて帰ってきたとあれば、不思議がられるに決まっている。
語ることもないと、トリニティは店員へ邪険に接する。
しかし、気の利く店員から、徒歩すぐのファストフード店で使えるクーポン券を渡されてしまった。
「腹減ってきたし、せっかくだから使うか」
トリニティはよろよろ歩くアルウゥスを先導し、商店街の中にある当該店舗へ歩いた。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
鶏をかたどる木目調の看板。
不釣り合いなゴシック体のカタカナで「バードナー」と書かれている。
鶏料理専門のファストフード店、バードナーだ。
「――らっしゃっせー」
入店するとまず、いかなる新人でも発声困難な、ベテランのやる気のないあいさつが出迎えてくれる。
トリニティたちは店の最奥にあたる四人がけのテーブル席につく。
タッチパネルによる注文を免罪符にして店員たちは全員厨房の中に身を潜めている。
「アルウゥス、前と同じバラエティパックでいいよな?」
すばやく注文用機器を操作するトリニティ。
問いかけに、アルウゥスはだまって首を縦に振る。
「おい、大丈夫か? どっかケガさせたか?」
「違うよ。心配かけてごめん。……商店街、ホ・テルのせいで燃えちゃって」
「ああ。そうだな。それで?」
「代わりに、謝りたくて。本当にごめんなさい!」
アルウゥスは声をしぼり出して、深々頭を垂れる。
トリニティはなおも機器の操作を続ける。
「なあアルウゥス。そりゃ、何に謝ってるつもりなんだ。お前の監督責任か、それとも何となく?」
「それは……」
「俺が(現場に)着いたときはもう燃えてたし、お前が来たのもホ・テルが暴れ回った後だ。俺たちは自分のできることをした。だから、たとえ代わりでも、お前には頭を下げてほしくない」
「ご、ごめんね、トリニティ」
「ほら、もう注文したぞ。食いたいもんあったら自分で頼めよ?」
トリニティは朗らかに語りかける。
縮こまっていたアルウゥスも、彼に感化されじょじょに自然体を取り戻す。
しばらくして注文の品が運ばれてくる。
フライドチキンの各種詰め合わせ。
つまりバラエティパックとセットドリンク、さらにバードナーの隠れた名品フライド鶏足までついている。
なお、クーポン券の対象は、地に足のついてなさそうな名前の商品のみだった。
「……トリニティ、この木の枝みたいなのはどうやって食べるの?」
怪訝な顔のアルウゥスがおそるおそる、フライド鶏足を持ち上げる。
細い四本の指と足首は、黄金色をした薄い衣を履いている。
トリニティを見ると、鶏マスクの下半分が開き、すでに人間の口は木の枝みたいな揚げ物を咥えている。
四本指を根元から頬張り、プリプリ言わせ、しゃぶった。
「ひゃぶれ」
光景を前に、目を真ん丸にしてアルウゥスは固まる。
「しゃぶれ。俺みたいにな」
先駆者の威圧感に負けて、アルウゥスは真っ赤な肌に朱を差しつつフライド鶏足を咥える。
横目にトリニティや通ぶった店内客を見るが、やはり真顔でしゃぶっている。
席から席へ距離があっても、ねちっこい咀嚼音が聞こえてくるのではと思うしゃぶりっぷりだ。
「ほれ、マジモスもたんと食えッ!」
トリニティはしゃぶる手の一方を空け、テーブル端で静かにしていたマジモスへフライドチキンを渡す。
バラエティパックの残りすべてを容器ごと、複眼の前へ差し出した。
マジモスはすぐに食らいつくッ!
一度ドロドロにされた体も、マジカルパウアーにより生成した細胞を貼り直して、何事もなかったような無傷さをしていた。
「ま、マジモスがしゃぶるなら……」
マジモスはハエらしからぬ大口を開きフライド鶏足をしゃぶる。
その姿をみて、諦めがついたアルウゥスもしゃぶってみる。
結局、揚げた衣の香ばしさ、鶏足のコラーゲンによるぷるぷる食感に舌鼓を打った。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
「――トリニティ、ねえ寒いよぉ」
「悪い。ちょっとだけ付き合ってくれ」
バードナーでの食事を楽しんだ2人は、飲み残したドリンクを手に夜の公園を訪れた。
2人が一度袂を分かった、厘月いんせき公園。
中央に設置されたジャガイモ的隕石のオブジェが名称の由来だ。
その他にもいくつか、形の悪い巨大なジャガイモも転がっている。
2人は暗い寒空の下、すべてのジャガイモが見えるベンチへ並んで腰かける。
「俺はセーメンティスを裏切っちまった。家族になるって言って、実際はあいつの力しか見てなかった。いや……それすら見てない。俺は力をどう振り回せるかしか、頭になかった」
トリニティが告白する。
罪悪感が声という現象に変形し、表れている。
「あいつ、今どうしてんだろ。晩メシもう食ったかな。ってか宿あんのかな……?」
「トリニティ、ボクが思ってたよりセーメンティスと仲良くしてくれたんだ。よかった」
2人は肩を寄せ合い、根拠ない心配ごとを虚空に打ち上げる。
すると、雪になり落ちてくる。
アルウゥスの真っ赤な髪に、服にふれ、小粒の雪は瞬間水のシミへと変わった。
「俺はあいつに、後継生物を全部どうにかしたらメスになれ、って約束したんだ。そしたらあいつは後継生物じゃなくなる、本当の家族になるって思ったからさ……」
「えっと、その、それってキャンティマが卵巣優位になるってこと……あ、ううん。トリニティ、ボクたちが性転換すること、聞いたんだね」
トリニティのあいかわらず唐突な言いぐさにも、アルウゥスは短い時間で理解して素直な態度を示した。
ただわずかに、しかし看過できない違和感が心にはこびりついていた。
「後継生物を全部どうにかしたら」
「後継生物じゃなくなる」
まるで、自身が後継生物であることを否定されているような言葉。
顔に少しの陰を落とすアルウゥス。
「何にせよあいつとは、どっかで必ず話をつける。トーゼン、どっちも納得できる形でな」
続くトリニティの言葉に、アルウゥスは思い出した。
まだ、この話は途中にある。結論は出ていない。
(だったら、これから! これからトリニティの中に、「後継生物を守る価値」を作ることだってできるんだ!)
「……それに関してな、前々から思ってたことがある」
「なに?」
しずみかけた心を鼓舞してアルウゥスは、ぱっと明るい顔をトリニティに向ける。
「俺には力が足りない。『トリニティ』が俺自身だから、変身しないヒーローだからだ」
耳を傾けるアルウゥス。
だが、トリニティの発言の意味は理解できても、発言の意図はあまり理解ができず哲学的推理へと飛躍しそうになった。
「ヒーローには変身っていう力がある。変身ってのは、自分の器を何十倍にもデカくできる。普通ならあふれてしまうものも、救えなかったはずのものも、ぜんぶ背負いきれるように……。トリニティには変身がなかった……アルウゥス、お前に会うまではな」
トリニティは持論を述べる。
ただそれが、アルウゥスの同意につながるかはどうでもよかった。
このような話題を切り出した理由こそ、彼にとって重要なものだからだ。
「今がちょうど、潮時なんだ。今の俺から、もっとデカいものを守れるヒーローになる――それこそ、地球とか、さ」
「ッ!」
トリニティが照れくさそうに言う。
アルウゥスは、以前彼に対して自身が「トリニティは絶対、地球を守るヒーローになれる」と豪語した記憶を思い起こす。
――突然、トリニティは鶏マスクに手をかけるなり、アルウゥスの目の前で脱ぎ去った!
「何してるのトリニティッ!」
アルウゥスはとっさに両手で目をおおった。
だが、好奇心からチラリとのぞいた。
そこには人相の悪い、色白の角ばった面長の男顔がある。
三白眼、わし鼻、ぶ厚い口唇。
人間の顔面において好ましくないとされる特徴の見本市が、アルウゥスの美しい面立ちと向かい合わせになっている。
――そこからよく知った声が発せられる。
「変身ッ!」
男の振る舞いはぶかっこうに過ぎた。
アルウゥスは何度目か、状況に置いていかれている。
「えー……っと、トリニティ、大丈夫ぅ?」
「うるせえ。あと、変身したんだから『トリニティ』じゃねえよ」
「ええ?」
「珠辻 園治! それが俺の名だ!」
「エ、エン……それが、変身したヒーローの名前なの?」
「いや、悪い。名前はただの本名だ、ヒーロー名じゃない。けど、変身したってのは本気だ」
アルウゥスは目を白黒させ戸惑っている。
彼のようすを、男はにたにた笑って観察する。
「今後、俺は後継生物と戦うとき……たとえ姿が『トリニティ』だったとしても、俺は変身している。このくそったれな顔に! 『トリニティ』より強いヒーローに!」
男の息に熱がこもる。
天からの雪より、吐いた息が白くなる。
アルウゥスはそれを見つめる。
「それを、アルウゥスには覚えといてほしい。俺たちでヒーロー、だろ?」
「よく、わからないけど……うん。えへへ。ありがと、園治」
アルウゥスもまた熱をこめて感謝を述べる。
真っ赤な肌は直接、熱を放射しているかと男に勘違いさせるほど、色を濃くしている。
並んで座る、2人の肩の間。
どこまでも亀裂が入ったクレバスに、やがて一条きりの雪が積もった。
「……やっぱ、ヒーロー名は考えとく。いざというときに実名言うのは、キツいからな」




