第13話★ 力の使い方
「――アルウゥスじゃない」
影が言う。
それは当初アルウゥスと勘違いした少女。
しかしどうにも、似通った特徴(主に尻まわり)をもった存在が、トリニティの前にあらわれた。
――姿を見ただけで、トリニティには2つの事実がわかった。
彼女は、アルウゥスらと母星から逃げ出してきた後継生物の1体であること。
そして自身が見た、マジモスの記憶にいなかった。
つまり、マ・ラと地球へやって来た裏切り者……トリニティの「敵」であること!
「セーは、セーメンティス」
尻のデカい、異質な空気をまとった少女は、吐き捨てるように言う。名を名乗ったつもりという傲慢さをにじませる。
雲が過ぎ去り、また煌々たる太陽がトリニティの視界をくらませる。
かざされた少女の顔は見えづらくなる。
ただし、彼の脳は、先に見た鮮烈な姿と偉ぶった顔を焼きつかせ、「影=赤褐色の少女」と認識することができた。
同時に、思い出される。
少女は運命の日に――貝釣大学から化石骨を持ち去った、あの!
「おい、セーだか何だか知らねえが、化石骨はどうした!」
「……アルウゥスは、一緒じゃない。助けてほしい?」
「スルーすんなッ! 俺の質問に答えろ!」
「そう。……わかった。トリニティは、頭よわい。トリ頭。クスクス」
「はあ?」
「マジカルパウアーが、後継生物が、どれくらい強い、知ってるでしょ? でもアルウゥス手放して、トリニティ1人が、戦った。勝てるわけないのに。トリ頭で。クスクス」
セーメンティスはたどたどしい口調で話し、必要以上にトリニティを挑発した。
つり目をいやらしく細める。
腹にイチモツあると自白するに等しい、あからさまな態度だ。
ヒーローたるトリニティが乗せられるはずはない。
「俺のマスクを笑うなッ! ケツがデカいだけの宇宙人のくせに! お前もクジャクも、俺が絶対倒してッ……」
「倒す、したら、添い寝したいの? クスクス」
……残念なことにトリニティはまんまと挑発に乗せられた。
嘲笑しながら、セーメンティスが畳みかける。
「トリニティは、ざこい。セーが、力、貸してあげる」
長話はそこまでだ、と発光したクジャクが猛烈な脚で走り出す。
セーメンティスに迫る!
対するセーメンティスは余裕のままに、どこからかブルーシートを取り出す。
先ほどショーにてトリニティが包まっていたものだ。
そしてブルーシートを、クジャクの鼻先目がけ、展開するッ!
「――どう、なったんだ……?」
トリニティは傷にまみれた上体を恐る恐る起こす。
ブルーシートのブルーは見当たらず、同じ形をした赤褐色のシートがいつの間にか2人を守っていた。
シートは一部が、セーメンティスの右腕と一体化し……、
違う!
彼女の右腕そのものが変形し、皮膜状に広がり、ブルーシートを巻きこんで壁のような組織を形成しているのだ!
「――セーの、マジカルパウアーは、『遺伝子を操れる力』。生き物は、セーのおもちゃ。生き物の時点で、セーに勝てない」
強気な発言を繰り返すセーメンティス。
恐ろしいことに、信じ込ませるたしかな迫力がある。
もしも彼女の自己申告が真実であれば、トリニティが生物である以上、けっして侮れない相手となる。
まだ、自他の四肢を変形させる程度で済むのなら許容できる。
「遺伝子を操れる」の言葉が意味する能力の限界とは……考えたくもないと、トリニティは思考を振り払った。
「この力あったら、トリニティは、後継生物、殺せる」
「殺せる、って……」
「そうしたい、でしょ?」
蠱惑的に言うセーメンティス。
外からクジャクの啄みと体当たりが、防護シートをガン突きする。
時間の猶予はあまりない。
「いいのか? 俺は一度決めたら、やるぞ。いつかお前のことも――」
「好きに、したらいい。でも、それは力手に入れてから。クスクス」
「ホントに……何がねらいなんだ」
「セーの、手をとって? 『家族』になって」
変わらない生意気な態度のまま、セーメンティスは空いた左手をトリニティへと差し出した。
トリニティは拍子抜けした。
「手をとったら、『通り道』、どこまでもつながる。それは、家族になる。セーは、家族が欲しい。それだけ」
間もなく、トリニティは理解する。
彼女のマジカルパウアーは、「対象との接触」が必要条件なのだ、と。
そしてトリニティの遺伝子を掌握するつもりなのだ。
……それは目的なのか?
「……最後に答えろ。それは、マ・ラの命令か?」
「ちがう」
「俺と、家族……になって、どうしたい?」
「トリニティは、最後って言った」
「これでホントに最後だ」
思えば、質問の方向性が本来の問答からずれている。
「なぜ俺を家族にしたいのか」そう訊ねるべきだったのだ、彼は。
「どうしたい」と訊ねた彼の心は、実際もう、一に決まっていた。
「セーは、家族のために力、使う。今まで、も、これからも……トリニティ、一緒に戦お?」
「……わかった。俺もお前も、好きにしよう」
覚悟は決まった。
トリニティの右手が、セーメンティスの空いた左手をとる。
「――触れた。これで、家族!」
セーメンティスが激しいピンクに発光する。
トリニティの腹部に激痛が走る。そして彼の世界は転調した――、
ついにセーメンティスが形成した防護シートが破られる!
しびれを切らしたクジャクは、怒りから小刻みに震えている。
あるいは、英雄譚第2幕の始まりに歓喜しているのかもしれない。
しかし――その期待には添えそうもない。
セーメンティスのマジカルパウアーを一身に受け、臨戦態勢となったトリニティが新たな装いを見せる。
元はアルウゥスの真っ赤な色をした腹部のカサブタが、セーメンティスの赤褐色に染め上げられ、1枚の皮膜となってトリニティの全身をおおっていた。
またマスクは『商店戦士トリニティ』の面影もなければ、目も口も何もかも失われた、のっぺらぼうとなる。
首と胴の境目はなく、もはや人型のクリーチャーという不気味さ。
それを率直に表すのなら、「悪魔」の装束だ。
かつてトリニティだった彼が両腕を構えると、皮膜が変形し、肉色の大剣をつくり出す。
「イヤーン!」
クジャク渾身の叫び! 脚を振り切る。
トリニティを死へと誘う、強靭な蹴りが真正面から向かう。
トリニティは臆さず進む。
クジャクまで達すると、真正面から蹴りごと、その巨体を両断した。
「アーン!」
クジャクの、断末魔の叫びがこだまする。
鮮やかな青色から、さらに鮮やかで光沢を帯びた血が飛び出し、広場を赤くする。
クジャクは――即死だった。
昏倒する間もなく、絶命した。
本当に、あっけなく……。
ただし、この現場に居合わせた者がいたのなら、腹が裏返るほど悲鳴を上げていてもおかしくはない凄惨なシーンだった。
今や清栗駅前広場に一般人の姿がなかったことは、不幸中の幸いだ。
「イヤあああ! クジャクが死んでるうッ!」
予想外の、なさけない声。
トリニティが目を遣る。
年若い男性警官が2人で抱き合っている。
そういえば、トリニティのファンの青年と、警察へ通報するかどうか話していたが……。
今さら来ても、もう遅いだろう。
それに、中身は一般人といえども、警官としてトリの死骸を前にここまで動揺しているのは、平和ボケが過ぎるとトリニティは心配する。
「……セーメンティス、終わりだ。俺は事情を話してくる」
「そう。セーは、先に帰ってる。あとで、いっぱい話そう、ね?」
トリニティのそばに歩いてきたセーメンティスは、あどけない顔に明るい笑みをともして告げる。
何も言ってやらないでいると、どういうわけか地面に転がったクジャクの死骸を漁り始める。
トリニティは気味の悪さから、止めることはしない。
「お前……家に来るつもりだろ。先に、って場所知ってるのか?」
「……いじわる。あっちで、待ってる」
セーメンティスは微笑から仏頂面へころっと表情を変え、トリニティに背を向ける。
それを見届けて、元の鶏マスクに戻ったトリニティがクスクス笑い声を出す。
おかしい話だが、彼の体は心地よい安心感で満たされていた。




