第12話★ 栄光に翳された影、影
双成町は、午後の蒸し暑い、清栗駅前広場。
キジ目キジ科クジャク属。
つまりクジャクのそれが、バス停留所の雨除け高にギリギリ収まる形で立っている。
尾羽はしまわれており平らだ。
「まずい! 後継生物が出たッ! 全員避難しろッ!」
いの一番にトリニティが叫ぶ。
――彼の判断はまさに早計だ。
クジャクの体高は約2メートル以上あり、近づけば危険がおよぶことには違いない。
それでも、トラブルで、どこかの動物園や一般家庭から逃げ出してしまった個体という可能性も考えられる。
後継生物とは、言い切れないはずだ。
「駅員は、屋外にいる人を全員中へッ! あと俺の荷物を取ってきてくれ!」
もはや直感の獣と化したトリニティは、何者かに操られるようにためらいなく指示を飛ばす。
「トリニティさん、あの、これ!」
ショッキングなグリーンという派手な髪色をした、トリニティファンの青年。
駅員の代わりにトリニティの所望の品を取りに行き、もどって来た。
息を切らして、トリニティへ品を手渡す。
無地の筒状袋は、サイズからして彼の金属バットだ。
「サンキュー。あんたも早く逃げてくれ」
「も、もしかして、追い払うつもりですか? 危ないですよ! 警察を呼んだ方が……」
「じゃああんたが呼んでおいてくれ。俺はそれまでヤツを――」
トリニティが言い終える直前、前方でクジャクがバッ! と、尾羽を広げた。
仏の後光とは似ても似つかない、100の目をもつ禍々しい怪物がクジャクの背後に顕現する。
怪物の貌は雨除けの上をやすやす見越し、1本の樹木が伸びてきたとトリニティを錯覚させる!
そして、遮蔽物がなかった昼下がりの駅前広場を呑み込む、巨大な異形の暗影を落とした。
「今日はまた、ずいぶんと静かなのが来たな。おい、自己紹介の一つくらい待ってやるぞ?」
ひと呼吸を置いてトリニティが挑発する。
出方を探るねらいもある。
彼の意に反して、クジャクは沈黙したままだ。
「……ヤる気満々、ってか。それとも俺にサカってんのか、トサカ野郎ッ!」
言葉のブーメランで遊ぶと、トリニティは走り出す!
金属バットを肩にかつぎ、いつでも振り下ろせる姿勢を作っている。
まだ、クジャクは誇示行動に夢中で攻撃の意思表示をしない。
あと一歩で――いや、ゼロ歩だ!
トリニティはクジャクの鼻先で加速、ひといきに距離を詰め、バットを叩きつける!
打撃はかわされ、空を切った。
予想通りだ。
トリニティには、彼なりの思惑があった。
(この隙に、コイツは絶対反撃してくる。アルウゥスみたいに何か作って攻撃するか、あるいはミセ・ヤリみたいに俺へ触ろうとしてくるか……さあ、どう出るッ?)
みずから、標的となることもいとわず飛び出したトリニティ。
クジャクに接近し、様子見する。
「――何も、してこないッ!?」
トリニティは素早い速度のまま無傷で、クジャクの懐までたどり着いた。
その間、クジャクは何もせず、ただ野生の無邪気なようすで佇んでいるのだ。
「それならそれで好都合ッ!」
無抵抗のクジャク。
しかし、これはまぎれもない戦いだ。怯んでなどいられない。
クジャクの、うっとりする美しさの深い青色へ、トリニティは手の金属バットを全力で振り抜くッ!
一撃は命中する。
クジャクの内側で、いずれかの骨が折れたとわかる音がはっきり聞こえた。
「ニャアーン!」
クジャクが初めて上げた鳴き声は、苦悶とも快感ともつかない悩ましいものだ。
同時に、生存本能が、反射的に敵対者へと蹴りをみまう。
セクシーな鶏足のジャンプキック。
トリニティはキックを防御できず、腹部に受ける。
元の肌地と異なる真っ赤な色のカサブタが張りついた腹部は、キックの距に切り裂かれた。
血が潮と噴き出し、足までしたたる。
トリニティは言葉を失い、足を止める。
クジャクが間髪を入れずにもう一方の脚で、第二撃を繰り出す。
頭が回らないトリニティは、体にぶつかる寸でのところで金属バットを割り込ませ、どうにか免れた。
「痛てえッ! ……へえ、これでもまだマジカルパウアーは使わないってか。舐められたもんだ」
よろめきながら、トリニティは言葉で対抗心を示す。
そのとき、トリニティの体から力が抜けた。
血の気が引き、金属バットの重量すら支えられずフラフラ痙攣する。
トリニティが足元を見下ろす。
裂傷を受けた腹部からしたたった血で、血溜まりができている。
彼は、さらに体内の体温がさーっと引く、危険な感覚にとらわれた。
(なんだっけ、この感じ。知ってる……ああ、思い出した。死ぬかも、ってやつだ)
彼の理解と体感は、先日貝釣大学の襲撃事件で負った瀕死の重傷を、フラッシュバックする。
気を失うように、トリニティは音を立てて地面へと倒れた。
「ぁ……くッそ! ただの、クジャクにすら、勝てねえのかッ。俺は……」
最後までクジャクは、人間を簡単に圧倒できる力を使わなかった。
トリニティの実力を見抜いての判断か。
使い方を知らないとでもいうのか。
ともかく、敗者が知ることは叶わない。
(やっぱ、無理だったか。アルウゥス……)
この期におよんで、力を拒んだ記憶を思い出す。
強がりを言っても、後悔は消えなかった。
「どっちが、町の脅威だよ。くそッ……バカ野郎だ、俺は……」
トリニティの視界が揺らぐ。
睡魔か、悔し涙か。意識にも靄がかかる。
そのとき、自身を見下ろす「影」が現れた。
トリニティは逆光の中、影を確かめる。
……脚だ。
美脚とはほど遠い、ぶっとい大根脚 。
何より、赤い―― 肌が赤い。
「アルウゥスッッ!」
思わず大声を出すトリニティ。
仰ぎ見る、影はびくんと肩を跳ねさせる。
空の照明に、小さな綿雲がかかった。
時間にしてわずか10秒。
だが、影の正体をくまなく視認するには充分な時間だった。
「―― アルウゥスじゃない」
影が言う。
影は、アルウゥスよりやや黒みがかった赤褐色の肌、髪色も暗い色をしている。
上部のふくらんだ黒いキャップ。
膝上丈の古代ギリシャめいたチュニックを着た小さな少女。
胴がやや太い!
ものの、やはり尻は規格外にデカい!
腿から足首まで、大根脚が露出している。
「セーは、セーメンティス」




