クリスタルの翳(かげ)
【あらすじ】
人々が夢中になり、憧れ、崇拝した宝石の秘密
ただ純粋なだけよりも、一度、苦界に身を沈めた宝石のほうが魅力的に見えるのは、誰の罪?
つい先日まで、その翳りに気づかなかった。
購入したときは、どこから見ても眩いばかりの光を放っていた。
いつ見ても、キラキラ、ピカピカ、透き通る肌。
光を反射し、集め、傾けると、白く、鋭く、目の奥を、突きさすほどの輝き。
自信ありげに、ときには儚げに、虜にするほど魅力的に、隅々まで生気に溢れる。
ガラスじゃなく、クリスタル。
大衆的なのに、宝石の尊さ。
そのクリスタルに、もしかして、塵がついた?
柔らかい布で拭っても落ちない。
表面が傷ついた?
指で擦ってみるが傷の感触はない。
よく見てみる。
中まで透き通って透明。
カットした面は光を反射しキラめいている。
翳りがあるのは、もっと、ずっと、中の、奥。
靄がかかったように曇っている。
その曇りはだんだん大きくなっている。
一週間前より、三日前、三日前より昨日。
曇りが石全体に広がる。
そして今日、その曇りは、宝石全体を覆いつくし、純粋な、透明な、輝きを奪ってしまった。
次の日、曇った水晶の靄が、複雑な形を描き始めた。
何かの図形?を描いているよう。
花?雪?顔?夜空?星?
毎日変化する靄は、目が離せないくらい意味深で、その曇りに隠された秘密を、どうにかして暴こうと必死になった。
手に入るあらゆる情報を集める。
全ての過去を掘り出したくなるぐらい惹きつけられた。
『他の自慢げな宝石と違って、自分を小石みたいに扱う謙虚なところがいい。』
ただ透明なだけの普通のクリスタルにはない、複雑な奥行き。
日々遷ろうそれは、純粋な結晶に、多様な面と複雑な反射があることを示している。
『その翳りは、自分は所詮小石であるという、淋しさ・諦め・自蔑を仄めかす』
誰が、どうやって作ったの?
こんなにも美しい、見ていて飽きない、魅力的なクリスタルを?
多くの人を夢中にさせる、蠱惑の水晶を。
突然、そのマーケットプレイスの秘密が明かされた。
クリスタル商人の暗い秘密が露になった。
その商人のクリスタルの磨き方・カットの方法は卑劣で許しがたかった。
人々は糾弾し、彼は断罪された。
私たちはショックのあまりパニックになった。
『宝石だと思っていた水晶が、何の価値もないくすんだガラス玉に変わってしまった!』
『ビー玉の方が透明なだけまだマシ!!』
たくさんのクリスタルたちに、その商人がつけた傷を、甘受したのは私たち。
水晶の翳りに、夢中になったのは私たち。
彼だけを責められる?