C氏の二面性
町にふらりと立ち寄ったC氏は、どこからどう見ても立派な紳士だった。
シルクのスリーピースにシルクのスカーフ、ピカピカのエナメルの靴を身につけた紳士には、町ではめったにお目にかかれない。
そのC氏が町に一件しかない宿屋に長期滞在し、一番最初にしたことといえば、町の住民に贈り物をしたこと。
C氏が町中を歩き回り、出会う人々すべてに、どこからか取り出した、手のひらぐらいの大きさの、六角柱の箱を渡し
「これをどうぞ。よかったら召し上がってください。美味しいですよ。」
と言った。
受け取った人々は見知らぬ人の、理由のない贈り物を、最初は怪しみ、箱を開けようとすらしなかった。
一人が、好奇心からその六角形の箱を開けた。
中から指で小さな六角柱の茶色い塊を摘まみ出した。
箱にはその茶色い六角柱がぎっしり詰まってた。
くんくんと匂いを嗅ぎ、
「今まで嗅いだこともないいい匂いがする!」
ペロッと舐めたあと、口に放り込んだ。
「美味しいっ!あぁ~~~~っっ!!!そして幸せな気持ちになるっ!!なんて楽しくて幸せなんだぁ~~!」
もう一人もつられて箱からその茶色い六角柱を摘まみだし、口に入れてみる。
「本当だ!美味しいっ!!そして心が満たされた、幸福な気持ちになるねぇ!」
ひとり、またひとり、と町中の人々はC氏の贈り物を食べ、幸せな気持ちになった。
その茶色い六角柱を食べると、人々は活動的になり、元気になった。
町の掃除、既存の建造物や道具の部品の製造・交換、人々の行動の記録とその記録の複製。
新たな建造物や道具の設計図の読み出し、転写。
設計図通りの材料の調達、製作、運搬、設置。
古い部品の破壊と廃棄、搬出など全ての活動が滞りなく速やかに行われた。
C氏からの贈り物が、適切な量だったころは、全てが上手くいってた。
町の住民は全てが幸せで気力が充実し、町は栄え、大きくなり、強く美しく、均整がとれ、ますます立派になるばかりだった。
ある日、住民のひとりがC氏に贈り物をもっと欲しいとねだった。
C氏は少し困った顔をしたが、すぐに、どこからかたくさん、六角形の箱を用意した。
ひとりがたくさん手に入れると、われもわれもと大勢が欲しがった。
すぐに町中の住民が食べる以上の量をもらうようになった。
家にはたくさんの消費されない六角柱の箱が積みあがった。
消費しきれないのに、食べたときのほんの一瞬の幸福をもっともっと味わうために、人々はもっともっと欲しがった。
いつでも幸福に浸れるように、手元に置いて、つねに口をいっぱいにした。
それでも消費しきれないぶんは、家から溢れ出て、外の道に積まれるようになった。
人々は部品を作ることや、町を掃除すること、運搬すること、部品の材料を調達すること、破壊して廃棄すること、記録すること複製すること、すべての必要な行動を怠るようになった。
町のいたるところに六角柱の箱がつみかさなり、中身が漏れ出て、雨と混じり、ドロドロのネバネバの物質になった。
ネバネバの物質は排水管を詰まらせ、汚水が洪水となって町中に溢れた。
ネバネバの物体が、路いっぱいに広がり、堆積して冷えて固まり山となり、廃棄物や材料の運搬を妨げ、町へ通行できなくなった。
汚水でとけたネバネバ物質はさらに町中に広がり、人々は足をとられるのを嫌がって、一歩も外出しなくなった。
それでもC氏が配ってくれる食べ物がいつも手元にあるから、飢えはしなかった。
しかし町はやがて、汚物とC氏の配る六角柱の箱とネバネバの物質で埋め尽くされた。
人々は毎日、過剰な茶色い六角柱を食べ、毎日、刹那的な幸せに浸った。
汚物があふれ、建造物が崩壊した町で、人々は永遠の眠りについた。
町は静寂につつまれた。
C氏の正体は『カーボンハイドレート』、またの名を『炭水化物(carbohydrates)』という。




