第29話 『鴨平の自慢話』
「…………、」
「…………、」
睨み合う切矢と大谷。
殺気は尚もぶつかり合うが、しかし二人は未だに動かない。
それは互いに、少しの考えに耽っていたからだ。
(……あの影人)
切矢は大谷を睨みながら考える。
黒いロングコートを着た男性。彼は切矢の放った刺突の雨を受けて尚、完全に無傷なようだった。
それは肌の傷にとどまらず、ロングコート等の衣類でさえ傷付いた様子もない。
この部屋で最初に仕掛けてきた時と同様の姿を保っていた。
切矢の攻撃を躱していた様な動きは無かった。
と言うよりも、あの言葉通りに雨の様な攻撃の中を単純な運動神経のみで躱せたとも思えない。
雨の中、傘も差さずに濡れる事なく歩ける者などいはしない。
それは単純に雨雫の量が多いからという事の他に、雨雫同士の間隔が近すぎて人間の様に身体の大きい生き物はその間を通り抜ける事が出来ないからだ。
現に他の影人達はその雨の様な刺突を躱せずに直撃し、気絶した。
別に切矢は大谷を避けて攻撃をした訳じゃない。
大谷も他の影人と同様に攻撃を加えていた、はずだった。
……なのに結果はこれである。
この結果から導き出される答え。
それは、大谷が“物体をすり抜ける”といった能力を持っていない限りは一つだけ。
大谷が“フェイズ4”という事になる。
大谷が着ている服が無傷な事も同様だ。
影人は“フェイズ4”ともなれば着ている服さえ影と同化させ、実体を変化させる事が可能らしい。
大谷が“フェイズ4”だというのなら……つまりは、そういう事だろう。
もちろんそれは想定していたし、疑ってもいた。
しかし、確定してはいなかった。
だから切矢も、本気で戦って良いのかを決めかねていた訳だ。
が、それがようやく確定したと言っていい。
大谷が“フェイズ4”である確証を……切矢はついに手に入れた。
まるで肩の荷でも下りた様に、切矢は不敵に微笑んだ。
(相手が“フェイズ4”だってんなら、斃しちまっても問題ねぇなァ……!!)
大谷は切矢を睨みながら考える。
先程の攻撃。あの雨の様に降り注いだ刺突の連撃。
あんなもの、まるで人間業じゃない。
一度目の刺突から、次の刺突が繰り出されるまでの流れが不自然なまでに速すぎる。
いや、思い返せばそれ以外でも不自然な点はいくつかあった。
影の大剣を振るい、その後半数の影人を切り伏せたあの行動。
一体を倒して次に行くまでのあの速度。
移動速度だけならまだ影を足裏で操って滑るような移動をしたとかでも説明は付くだろう。が、一体一体を仕留めていく早業はいくら達人であっても出来るかと問われれば頷きはしないだろう。
他にもだ。
大谷の攻撃に対して、攻撃を受け流すか躱すの二択を取っていた。
それ自体の行動は別に不自然なものじゃない。
大谷の“能力”についての情報を、一度戦った真城から共有されていたならば“受ける”以外の選択を取る事も頷ける。
しかしそれは、一対一の状況であったなら、だ。
大谷は複数の影人と共に、切矢へと攻撃を仕掛けていた。
いくら“影操作”しか使えない無能な連中であっても、逆に言えば“影操作”は使える人材だ。
その戦闘方法は、一般人のそれじゃない。
にも関わらず、それら全ての影人を相手取り、且つ大谷の攻撃でさえ的確に対処した。
これがただの技術の一言で済まされる問題か?
……いや、違うだろう。
切矢は持っているのだ。
何らかの“能力”を。
そしてそれは、まず間違いなく“身体の動き”や“脳の処理”の速度を上げるもの。
(……面白くなってきたじゃねぇか。どっちの“能力”が上なのか、勝負といこうぜ!!)
…… ……
自身を『黒幕』などと名乗った男、鴨平。
そんな一見、不良などといった人種とは程遠いような平凡な風貌、雰囲気を纏った男性は、真城の驚きようなど意に介さず鼻歌まじりに笑って見せた。
「お前が……黒幕?」
「そっ、俺がこの街の治安を悪くした。……さっきもそう言ったじゃん」
まるで悪びれる様子も無い。
ただ平然と、やれたからやりましたといった口ぶりでそう告げる。
「何で……そんな事を」
「何でって、そりゃあ面白いからでしょ? 俺は好きなんだよ。人が苦しんでいる姿を見るのがさ」
「この街の、人達が……困っているのが分からないのか!?」
「分かってるよ。だからやってるんじゃない」
くつくつと口角を歪に吊り上げて笑う鴨平に、真城は嫌悪感を滲ませる。
(この街の状況が、分かっててやった事だって? 街の人も、学校の生徒達も、不良達でさえ……全部。コイツが意図して、苦しむ人間を量産したって言うのかよ……?)
苦虫でも嚙み潰したかのように、真城は顔を歪ませる。
沸々と、心の奥底から怒りが溢れ出す。
話は平行線のまま。
それでは、いつまで経っても埒が明かない。
もういい。これ以上は十分だ。
そう考え、話を切り上げようとした真城だが、しかしそれよりも早く鴨平は更に呟いた。
「いじめは楽しいからなぁ……。弱い人間をいたぶって貶めて、精神的に追い詰める。それはこの長い歴史上、ずっと行われていた事だ。それは言い換えるなら“人間の本能”だと言ってもいい。“仲間意識”、“同調圧力”、“自然淘汰”、“適者生存”。……そうやって人間社会は築き上げられてきた!! お前もそう思うよなぁ? だからこれは“当たり前”。人間としての自然な行動だ!! 俺はそれをほんの少し後押しし、刺激してやっただけなのさ!!」
その表情は、先程まで感じていた“平凡”といった風貌……ではなく、ひどく加虐的な含んだ笑みを浮かべていた。
「……ッ!! ――……、」
真城は一瞬、怒りに任せて反射的に飛び出そうとする身体を抑え込む。
荒れ狂う怒りの感情を何とか今は飲み込んで、先に真城が聞いておかねばならない情報を……平常心を装って質問する。
「……お前の仲間が拉致っていった男子生徒は何処に居る?」
「ん? あぁアイツか。それなら隣の部屋に監禁中」
鴨平は乗っていたデスクから飛び降りると、顎を使って左の部屋を指し示す。
真城は一瞬、“隣の部屋”という単語に疑問符を浮かべたが、鴨平が顎で指した方向へと目をやって納得した。
あったのは一つの扉。
それはつまり、この社長室を経由してしか行けない部屋があるという事だ。
三階の三分の一を占める程の大きな社長室の中で区切られた、何かしらの用途がある“隣部屋”。
しかしよく見れば左側だけでなく、右側にも同じような扉が付いていた。
この場所から左右の部屋の中を確認する事は出来ないが、おおかた荷物置き場の倉庫や、資料をまとめたファイルなんかをしまっておく場所だろう。
事前に三階を見て回った時には確認しようのない場所に存在した二つの部屋。
どおりで残り一つしかなかったはずの社長室を最後に確認したにも関わらず、男子生徒の姿が見えなかった訳である。
最後だと思っていた社長室のその中に、更にもう二つ。部屋が隠れていたのだから。
「あん中で、今は姫川と一緒に待機してもらってるよ。あぁ、姫川ってのは……」
「知ってるよ。女性の影人だろ」
「あぁなんだ、知ってたか。流石に情報は共有してるんだねぇ」
知りたい情報を聞けたので話を無理やり切り上げる。
それだけ知れればいいだろう。
隣の部屋で待機しているという姫川。
彼女が参戦してくる気配が“現状”は無い以上、この鴨平という男を早急に処理するべきだろう。
突然現れた想定外の影人ではあるが、早めに片を付けなければ……いつ姫川が参戦してくるか分からない。
姫川が変に心変わりを起こして二対一。なんて状況は、真城からすれば一番避けたい戦局だ。
「……行くぞ!!」
その瞬間、真城は一気に駆け出した。
怒りの感情に身を委ねるようにして、鴨平を一撃のもと沈める程の勢いで距離を詰めていく。
左手に影を纏い、右手には光を纏う。
そうしてまるで組み付きでもする様な体勢で、一気に鴨平に両手を押し付ける。
はずだった。
真城の手が触れる直前で鴨平の身体が黒く変色し、その人型が崩れ去る。
まるで夜空で大輪の花火でも咲いたかの様に、鴨平の身体が放射状に弾け飛ぶ。
それは文字通りに爆発するように広がって、真城の両手を躱しきる。
「――ッ、何!?」
予想してなかった訳じゃない。
鴨平が自身で口にした様にこの街を貶めた黒幕であるのなら、それはこの街のどの影人よりも早く生まれたという事だ。
切矢から事前に情報は受けていた。
立花を襲った女性の影人は、“フェイズ4”であったのだ、と。
という事はこの影人、鴨平も“フェイズ4”である事は……簡単に予想が立てられた。
なのに、感情が行動を逸らせた。
「……ッチ!!」
真城は急ぎ、飛散した影の行方を追って振り向いた。
真城の後ろ。先程まで真城がいた場所で影は再び集合し、そこで鴨平が形成されていた。
「何だよ、もう決めに入るのか? もう少し遊んでも良いんだぜ? 俺も少し聞きたい事があるしさぁ」
鴨平の言葉。
しかしそれを真城は完全にシカトする。
すぐに身体を反転させて向き直り、再び鴨平へ接敵する。
今度は攻撃を外さない。
相手が不定形の影になって避けるなら、それも込みで予測して、この“力”をぶち当てる。
「はぁ……。だから、早いって」
鴨平の身体が黒くなる。
それは身体が流体化する合図である。
鴨平の身体が、再び放射状に弾け飛ぶ。
が、しかし今度は真城も外さない。
前もって予測して、おおかたのアタリは付けている。
飛散する鴨平。
そんな鴨平の影の身体へと向かい、右手を伸ばした時だった。
「――ッ、!? な、……ぇ??」
真城の動きが固まった。
それは物理的に石になった訳ではない。
突然あり得ないものを見て、身体を強張らせた為だ。
しかし。
それでも。
真城には十分な効果はあった。
それは何せ先程。
三階に上がって来た直後にガスで眠らせたはずの不良達。一般人がそこにいたからだ。
「……ぐ!!」
真城は急いで右手の“力”を引っ込める。
それと同時。状況を理解する為に、脳をフル回転して思考する。
(こいつらは影人では無いかったはず。ガスの効果がもう切れた……? 身体だけが操作されている?)
不良達をよく確かめる。
意識はハッキリとあるようだ。
少なくとも睡眠ガスで寝ているにも関わらず、念動力か何やらで身体のみを操られている訳でもないらしい。
「まだまだいるぜ?」
鴨平の声のした方を振り向いた。
気が付けば、鴨平は社長室の右側にある部屋の扉を開けていた。
「さぁ出てこい。仕事だぜ」
ぞろぞろと、扉から五人の男が現れる。
その全員も、見たところ一般人な様だった。
一般人の身代わり。或いは人質か。
ただでさえ一般人の目をある内は、真城は“力”が使えない。
それだけでも十分なハンデであるというのに、それ以外で肉壁として使われるなら厄介だ。
こんな事に使う為、部屋で待機をさせていた?
「貴様……ッ」
真城は怒りがこみ上げる。
感情のままに拳を握り締めて、わなわなと身を震わせる。
がしかしその者達の顔を見て、或いは服装を見てとって、真城は再び動きを停止した。
「波嵐校の、生徒達……? なんで」
しかもよく見れば、それら五人の内の三人に真城は見覚えがあったのだ。
それは輪縞。林。井口。
彼ら三人は、波嵐高校で起きていた幽霊騒動。……その元凶であった稲守賢史の影人からちょっかいをかけられていた者達だ。
そういえば輪縞のグループには後二人、稲守賢史の影人に半殺しにされた奴がいるといった話も聞いていた。
もしかすると、真城が見覚えの無い残り二人の人物がそうなのか。
咄嗟に真城の口をついて出た疑問。
しかし、それに対する答えなど、真城は期待してはいなかった。
なにより、立ち塞がる生徒らの顔に浮かぶのは恐怖の感情ただ一つ。
そんな生徒らが“真城の放った疑問”に対して、“回答する”などといった行動を起こせる余裕は無いだろう。……そう思っていた為だ。
しかし、
「それは俺が呼び出したから、だな」
解答はあった。
真城の表情を見て嘲笑う、一人の男が放ったものだった。
「……ッ!!」
それは当然、鴨平だ。
「……どういうことだ? 何でお前がこいつらを!?」
知っているのか? という事だ。
それが仮に、稲守賢史の影人であったなら手駒として呼ぶのも頷ける。
しかし今回はそうではない。呼んだのは鴨平だ。
この三人は、……鴨平とも何かしらの繋がりがあるという事か?
「そりゃまぁ波嵐校は元々、俺が一から育てた支配領域だからな。当然こいつらの事も俺は知っている。何をどうすれば言う事を聞くのか、とかな? まぁ、稲守が“影人化”して以降は丁度いい頃合いだとも思って、生徒らの支配と影人の育成を稲守ら学校の影人に一任し、俺は好き勝手にブラブラと街の支配領域を拡大していたから“手駒”として使うはこれが初、なんだけど」
鴨平はそこで一度言葉を区切ると、
「だから俺は言っただろ? 俺がこの街の黒幕で、大ボスなんだって。この俺にかかればこの街の人間は誰であろうが俺の駒に出来るのさ。すぐにでも言う事聞かせてここにこうして来させれる。……どうだ、すごいだろ? お前がこのアジトで出会った影人達全員、俺が生み出した様なものなのさ。これだけ!! 大量の!! 影人を!!」
胸を張り、自慢げに高笑う。
「お前も見て来ただろ? この街の、あの高校の惨状を。“影人化”ってのは人間にストレスを与え続けることで発生する。だから俺は、あの高校で“いじめ”を流行らせた。いじめってのは、いじめられる奴だけじゃなくそれを目撃する人間やそういったものが容認されているっつう環境なんかでもストレスを発生させられる。つまりは“影人化”にうってつけ。一石二鳥……いや、三鳥以上の優れものってなわけだ!!」
「……ッ!!」
真城は怒りに任せて、鴨平へと接敵する。
一般人の目がある以上“力”は使えないが、“影操作”なら問題ない。
影で武器を形作る行為は出来ずとも、元々拳に影を纏わせて戦うスタイルの真城には関係無い。
しかし。
「ほら、行け」
鴨平が顎をクイッと動かして、完結な命令を不良へと下すとただそれだけで、それに応じる様に不良達が行動を開始した。
そしてその中には当然、輪縞ら生徒達も混じっていた。
「うおおおおおお!!!!」
「だあああああああ!!!!!!」
まるで自身を鼓舞する様に、怒号をあげて真城へと一直線に駆けてくる。
鴨平を身を挺して庇う様に行動し、真城の動きを阻害する。
迫り来る不良達。
そんな不良の攻撃を捌く真城へと、鴨平の声が届く。
「なぁ知ってるか? いじめってのは増やせるんだぜ?」
自慢話でも聞かせる様に。
「なんならいじめだけに限らずに“恐喝”も“暴力”も“盗み”も、な。影人を作り出すのにこれ程適した環境もそう無いぜ? 何せ“学校”という領域での出来事は、すべて学校がもみ消してくれるからだ。……そういった環境が整っているからこそ、俺は“学校”っつう領域を最初の支配領域に選んだ訳なのさ」
ゲームの裏技でも語る様に。
「面白いよな。“いじめ”も“恐喝”も“暴力”も“盗み”もすべてが犯罪に値する。とっとと警察に連絡して解決してもらえばいいものを、学校ってもんは何故か"学校で起こった問題は学校内で解決しよう"とするんだぜ? 生徒が起こした問題に対して教員が警察に頼るっつぅ事が教育の放棄だとか、或いはそれを教員が指導していく事こそが学校の役割だとかそんな変な考えに拘っているからか。もしくは単に大事にしたくない、隠蔽したいって腹積もりなのか知らないが、そうやって学校内で起こった問題を外に漏らす事無く負の連鎖を勝手に作ってくれる。だから俺は“最初の切っ掛け”という種さえ蒔けばいい。そうすりゃ後は勝手に疑心や不安を発芽させ、ストレスという蔦が生徒や教員に絡みつく。後は問題が花開き、実が出来るのを適度な水をあげながら待てばいい。簡単な作業だったぜ」
面白可笑しく、武勇伝を自賛する様に。
「なぁ。“遊び”と“いじめ”の境界ってのは具体的にどこからなんだろうな? 被害者が自殺しちゃったり何かして事件として取り上げられたから、“いじめ”って事になっただけのお話で、事件として認知されるまでは“遊び”の範疇で“いじめ”ではない、って事なのかね? それこそ『バレなきゃ犯罪じゃない』みたいな? ……『やられている側がいじめだと感じなければいじめじゃない』なんて話もあるが、じゃあソイツの心を破壊していじめだと感じないようにしちまえば、何をしてもそれはいじめじゃないって事になるのか?」
真城の反応を楽しむ様に、言葉を繋いでいく。
「……何が言いたい?」
「いや何、世の中は面白いよなってさ。ネットやニュースなんかで悲惨で陰惨ないじめのみを報じてくれるおかげで、その“いじめ”ってもののラインをつり上げてくれるんだからさぁ。やれ『コレはいじめじゃない』だとか『ここまではいじめじゃない』だとか。そうやって“いじめじゃない理由”をああだこうだとこねくりまわしてくれたおかげでさ、“いじめ”ってもののハードルが吊り上がり、相対的に“遊び”や“じゃれあい”と呼ばれる範囲が増している。……いやぁ本当、こちとらやり易くってやり易くって笑っちまったぜ。まるで俺達の味方だな!? 世間様は!!」
腹を抱えて笑う鴨平のそんな言葉を聞きつつも、真城は不良の攻撃に集中する。
「……っく!!」
内心で真城は『まだ効かないのか』と歯噛みした。
真城は一般人がこの部屋に現れた直後から、最後の一つだった“睡眠ガス弾”を室内に投げていた。
そしてその効果が表れるまでの時間を、今か今かと待っていた。
が、いつまで経ってもそのガスが効いてこない。
もう五分近く経過したはずなのに、一向に不良達が眠る気配がない。
「もしかして、あのガスの効果を待ってるのか? ……それならいくら待っても意味ないぜ? 親切心でネタばらしをしてやるが、俺は触れている人間の生体電気を操れる。お前のまいたガスの効き目がどれだけ強くとも、眠気を催す。或いは眠った瞬間に、生体電気をいじくって意識を強制的に覚醒させる事が俺には可能という訳だ。要するにお前らの逆バージョン」
「……!?」
それが鴨平の持つ能力か。
生体電気。
それは生物が身体を動かす際に流れる電気の事である。
生物の身体にはいつも電気が巡っている。
そしてそれは生物の手や足の動きのみならず、肺や心臓、脳といったあらゆる臓器までもを動かして、なんだったら生物の持つ意識……人間に宿る心さえ、そういった信号が生み出しているとさえ言われている代物だ。
そんなものを勝手気ままに操って、意識を覚醒させている?
無理やりそんな事をして……身体や人格に害は出ないのか?
真城は奥歯を噛みしめて、
(絶対に許さな――……、うん? “お前らの逆バージョン”??)
そして脳裏を過るのは、爽やか神崎フェイス。
そういえば昔、何かの知識番組だった学校の授業だかで睡眠薬や風邪薬について聞いた知識を思い出す。
少し齧った知識のみで心許ないのだが……確かそういった薬には脳幹からの信号を抑えるなどして脳の活動を抑制し、その結果“眠くなる”といった事を引き起こす。らしいといった話があったのだ。
鴨平が“逆バージョン”だと言うのなら、それは文字通り“睡眠ガス弾”には脳の信号を抑制する効果があるという事になる。
言われて見れば、脳の信号が少なくなる=眠くなる。というのなら……。
原理を知らなかったからとはいえ。
神崎が作った物とはいえ。
それを使って、真城も鴨平と同じ様な事をしていた事になる。
そこまで気が付き、……なんとも鴨平を責めにくい流れが出来上がる。
(…………、)
とりあえず鴨平の能力による所業は保留にしよう。
その部分を突いても、今の真城では責められない。
責めるなら鴨平がこの街を荒し、影人を生み出したという部分だろう。
真城は一瞬考えに悩むが、すぐに思考を立て直す。
迫る拳、蹴り、体当たり。
不良が繰り出すそれぞれの攻撃を最低限で躱すと同時、カウンターを決めていく。
いくら人数がいても問題ない。
所詮は素人。喧嘩レベルに相違ない。
……だがしかし。一向に不良達の攻撃が収まらない。
「なぁお前。何か今、脳内で変な葛藤とかしてなかったか?」
真城の怒りの感情が一瞬膨らんですぐに萎んだ現象を察知したであろう鴨平が質問を投げてくるのを、しかし真城は「してねぇ!!」と即答し、対する鴨平も別に興味が無かったのか「……あっそ」と目を逸らす。
次々に襲い掛かってくる不良をいなしつつ考える。
今考えるべきは鴨平の能力の事である。
鴨平は「触れている人間の生体電気を操れる」とそう言った。
しかし現状、どう見ても不良達には触れていない。
何より前提として、社長室の外で眠っていたはずの不良達が起きてきたのがもうおかしい。
鴨平は真城と会ってから、一度も社長室の外には出ていない。
それにだ。現在どう見ても触れていない状態であるにも関わらず、能力が発動したであろう瞬間を真城は察知した。
向かってくる不良達。
彼らの急所を的確に攻撃し、意識を刈り取ったはずなのに……何故かその直後、顔を顰めて身体の筋肉を引きつらせ、まるで電流でも流されたかのような苦悶の表情で起き上がる。
そんな事態を、真城は何度も目にしていた。
倒れても倒れても、その度に不良達は起き上がる。
それこそが、鴨平が未だ能力を行使し続けている事の証明であり、真城が未だに十人程しかいない不良達を倒し終えていない理由でもあった。
……だが、それでも。
倒れても起き上がるとはいえ、彼ら不良も機械じゃない。
いくら意識を無理やり覚醒させようと、いずれ限界はやって来る。
何せ体力は無限じゃない。
食らったダメージを回復する時間も無い。
であるのなら、段々と動けなくなってくるのも道理である。
一分。そして更に一分と経過する。
そして。そして……。
真城へとゾンビの様に向かって行っていた不良の攻撃が徐々に少なくなる。
膝を付いて立ち止まり、動けなくなる者が増えていき、……遂には攻撃の手が止まる。
(やっと終わったか……)
真城は内心でホッとして、胸を撫で下ろす。
が、それが徒労だったと、すぐに真城は思い知る。
「チッ、使えねぇな」
荒い息を吐き床にうずくまる不良達を見渡して、鴨平はそう吐き捨てた。
そしておもむろに指の関節をポキポキ鳴らすと、
「根性が無いよね本当に。こりゃあ、お仕置きが必要なのかなぁ?」
不良達へと、質問を投げかけた。
それだけの事だった……にも関わらず。
未だ痛む箇所を抑えつつ、今にも逃げ出したいという感情を押し殺し、恐怖に引き攣る表情で不良達は立ち上がり、
「う、うぅぅ、うああぁぁぁぁあああああ!!!!!!」
再び雄叫びを上げて、真城へと駆けだした。
「なんで、そんなに……」
真城は疑問を口にする。口にせずにはいられない。
何故、この不良達はそこまで鴨平の言いなりになっている?
何故、そんな表情で立ち上がる? 立ち上がり、向かってくる?
これではいくらやっても意味が無い。
それどころが、このままでは不良達が死んでしまう。
命さえも顧みず。
主人である鴨平に従い、尽す不良達。
それはまるで、奴隷の様。
「……こいつらに、何をした?」
そう言って、真城は鴨平を睨みつける。
これは鴨平の“能力”によるものじゃない。
“能力”で強制的に身体を操作している訳じゃない。
もしそうであるのなら、脅す様な口ぶりで不良達を使役したりしないだろう。
わざわざそんな事をせず、無言で真城へと特攻させればいいだけだ。
でも鴨平はそうしない。
あくまでも不良達の意思で、真城へと特攻させている。
自分以外の誰か、……例えば家族や彼女等を人質にでもしているのか、兎に角そういった事をして、不良達の頭で考えさせ、従わせ、動かしている。
“意識を洗脳する”系の能力で操っている訳でもないはずだ。
もしもそうであるのなら、あんな悲痛な表情はしていない。
では何だ。
何が原因で、不良達は“自らの意思”で従っている?
“自らの意思”で従うよう、鴨平に仕向けられている?
未だ自分では戦わず後方で佇むだけの鴨平は、その真城の声を受けると微笑んだ。
これまた自慢げに胸を張り、あっけらかんと……こう言った。
「何、簡単な事だよ。――“痛み”と“恐怖”による支配。……人間を操るなんてのは、な。それだけで十分だ」




